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第一部 その10

この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。

第一部が12話あり、4/4中に12話すべて投稿する予定です。

第二部は4/11以降に投稿する予定です。

「じゃあまさか、タクさんが壁当てをずっとしていたのは」

「そうさ。お前がいう通り、リハビリだよ。……中学校時代、おれは目がどんどん見えなくなり、捕球もうまくできなくなったから、キャッチャーはあきらめた。だが、野球はあきらめきれなかった。投手以外のすべてのポジションにチャレンジした。中三のときは、後輩たちに交じって球拾いして、それでもなんとか、もう一度試合に出れるように練習を続けた。……だが、ダメだった」


 再度めがねを外して、匠が目をぬぐう。風太はなにもいえなかった。


「あきらめようと思った。もうどうしようもないんだって、おれはそう思った。……そんなとき、おれたちの代から、江上西高校が共学になるっていう話を聞いた」


 自分たちの代からということは、部活も自分たちが一番上の学年になるということだ。先輩たちもいないし、ゼロからやり直せるんじゃないか。匠はそう思って、江上西高校を受験することに決めたのだった。


「幸い、おれの学力でも受験可能な高校だったから、なんとか合格することができた。ここでなら、おれの野球人生は再起できるんじゃないか、そう思ったが、現実はそんな甘いもんじゃなかった」


 野球部を設立し、キャプテンとして部員集めに奔走する。ここまでは出来すぎといっていいほどにうまくいった。だが、結局匠のイップスは治ることがなく、キャッチボールすらままならない。キャプテンがそんな体たらくなら、他の部員もしゃんとするはずがない。野球部はほどなくして、お遊び気分の『野球同好会』に成り下がってしまった。


「これじゃダメだと思って、おれはどんどん練習メニューを厳しくしていった。だが、下手なおれがいくらいったところで、まともに聞いてくれるやつなんていないだろう? それにも気づかず、おれはどんどん部員に厳しく当たって、一人、また一人って辞めていった。……今じゃ野球部で活動を続けているのはおれ一人だ。」


 自虐の混じったその声は、記憶の中にある匠の声とは似ても似つかないものだった。風太は記憶を探って、自分を励ましたあの匠の声を思い出そうとした。


 ――この音を、あと三回鳴らしたら終わりだ。簡単だろ――


 風太が突然顔をあげ、「そうだ!」と叫んだので、さすがの匠もビクッと固まる。けげんそうに見る匠に、風太は静かに息を吸って、それからあのセリフをまねた。


「あの音が三回鳴ったら、おれといっしょに甲子園を目指してくれ」

「……はぁ?」


 なにがいいたいのかまったく分からなかったのだろう、匠は丸い目をさらに丸めて風太を見つめた。




「タクさん、どうしてグローブでキャッチングの練習をしているんだ?」


 いきなり風太に聞かれて、匠は警戒するようにまゆをひそめた。


「どうしてって、グローブ無しで練習しても意味ないだろう?」

「違う違う、そういう意味じゃないよ。おれがいいたかったのは、どうしてキャッチャーミットで練習しないんだってことだよ」


 キャッチャーミットという言葉を聞いて、匠はギリギリと奥歯をかみしめた。


「さっきの甲子園発言といい、風太、お前いったいなにがいいたいんだ? わけがわからないぞ。キャッチャーミットだって、おれはさっきいっただろう。捕球できないんだ。キャッチャーなんてとうの昔にあきらめたよ」


 敵意満々の視線を受けながらも、風太は構わず、いつも持っていたあの紙袋の中に手を突っこんだ。ガサガサと音がして、風太がとりだしたものを見て、匠は口をあんぐり開けてしまった。


「……キャッチャーミットか?」

「けっこう高かったんだぜ。なんとか本田さんをだまくらかして、経費で落とさせてもらったがな。……って、なんでもないぜ」


 ごまかす風太の言葉も耳に入らない様子で、匠は新品のキャッチャーミットにくぎ付けになっていた。それを見て風太はにやっと笑って、キャッチャーミットを匠に押し付けた。ハッと我に返って、匠はミットを押し返す。


「なんのつもりだよ」

「なんのつもりもなにも、おれからのプレゼントさ。こんなんで許してもらえるなんて思っちゃいないし、贖罪のつもりでやっているわけでもない。ただ、戦うならなまくら刀じゃどうにもならないだろう? ……このミットで、もう一度おれのスパイラルボールをキャッチしてほしいんだ」


 スパイラルボールという言葉を聞いて、匠の目がわずかに揺らいだ。それとともに、ほんのかすかだが、ひとみの奥が紫色に光ったのだ。それに目ざとく気づいた風太は、匠に気づかれないように、陰陽師としての感覚をとぎすましていった。


 ――小学生のあの頃は気づかなかったが、この目の光、なんだ、なにかおれたち陰陽師の力と同じような雰囲気を感じる――


 しかし、風太の思考は、匠の投げやりな言葉でかき消された。


「今さらこんなキャッチャーミットなんか渡されても、どうにもならないだろう! しかも、お前のスパイラルボールをキャッチしろだと? 寝言は寝ていえよ、なんの変哲もないピッチャーの棒球すら、おれはキャッチできないんだぞ。それなのにお前のスパイラルボールなんて、ミットに当てることすらできないだろ」

「いいや、ミットに当てるんじゃない。タクさん、キャッチするんだよ! 見えないとか関係ない! 捕球イップスなら、構えてるだけでいい。おれがタクさんのかまえたところに投げこむから。タクさんはミットを構えて動かないでいたらいい」

「……本気なのか?」


 再び匠のひとみがゆれる。風太はしっかりとうなずき、そして答えた。


「タクさんはキャッチャーズボックスでミットを構えているだけでいい。そしておれが、三球投げる。おれが投げたスパイラルボールが、三球全部ミットにおさまったら、つまり、あのバンッて音が三回したら、もう一度キャッチャーとして再起を目指そう」

「お前……」

「だが、もし一度でもタクさんが取り損なうボールをおれが投げたら、そのときはあきらめるよ。おれはもうここに来ないって約束する」


 匠の顔が泣きそうにゆがむ。風太はその目をそらさずに見つめて続けた。


「もう一回、あの音を三回鳴らす。あのときは、おれがタクさんを信じて投げた。……今度はタクさんが、おれを信じてくれないか?」

「風太、それって、県大会決勝でおれがいった……」


 まだ匠のひとみはふるえていたが、風太はわざとにやりとして、匠に近づき、そしてめがねを取り外した。


「あっ、おい、ちょっと」

「タクさん、すげぇ顔してるぜ。構える前にちゃんと顔ふいとけよ」

「お前、それもおれがあのときいった言葉じゃないか」


 風太はへへっと笑ってうなずいた。


「あんときのお返し、してなかったからな」

「……チェッ、根に持つやつだな。しかたない、わかったよ。とりあえず三球だけだ。もう一回受けてやる。お前のスパイラルボールが、しっかりミットにおさまったら、もう一度キャッチャーとして再起できるようにがんばるよ。……だが、一球でも収まらなかったら、諦めるのはお前だけじゃないぞ」

「えっ?」

「おれもあきらめる。こんな野球部のまねごとしてたって、どうにもならないからな。もしお前のスパイラルボールが少しでも外れたら、おれは野球部を辞める。二度とボールにも、ミットにもさわらないよ」


 今度は匠が、まっすぐに見かえしてきた。風太もその視線を受け止め、小さくうなずく。


「……おれのこと、信じてくれるんだな?」

「まだ信じると決めたわけじゃない。お前がおれに夢を見させてくれるんなら、風太、そのときはお前を信じるよ」


 匠もにやりと笑みを浮かべて、それから手を伸ばしてきた。


「ミットを渡してくれ。それとめがねもだ」

「ミットは渡すよ。だが、めがねは外しておいてくれ」

「なんだって?」


 すっとんきょうな声をあげる匠に、風太はもう一度首を縦に振って続けた。


「めがねは外しておいてくれ。大丈夫、タクさんはミットを構えているだけでいいんだから」

「だが」

「それとも、おれのスパイラルボールを信用できないか?」


 挑戦的な風太の言葉に、匠は押し黙ってしまった。しばらく考えこんでいたが、やがてしっかりと風太の目をとらえて、目でうなずいた。ひとみの奥に、またしても紫色の炎がともる。風太はにやっとくちびるのはしをゆがめた。


「それなら決まりだな。心配いらないぜ、タクさんはしっかりミットを広げて、構えていればいいんだ。」


 自信満々にいう風太を、匠はまぶしそうに見つめた。だが、すぐにミットをバンッとたたいて、風太を手招きした。


「こっちに来てくれ」

その11は本日4/4の20:10ごろに投稿予定です。

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