4話 不穏な影
村に着いた頃には、すっかりと日も暮れてしまっていた。
元の世界でもそうだが、昔の人にとって、灯は貴重品だ。もちろん電気なんて無い時代には灯といえば蝋燭か油で、そのどちらもが庶民にとっては高価な品だった。だから20世紀に入って電気が発明されるまでは、夜は現代よりもずっと暗くて、長かったそうだ。
それはきっと、異世界でも変わらないと思う。
普段なら村人はとっくに寝静まっている時間だろう、にも関わらず、村には至るところに松明が掲げられていて、物々しい雰囲気に包まれていた。
薄明かりの中、村の男たちが一心不乱に作業をしているのを見ると、まるでお祭りのような、そんな浮き足だった不謹慎な気分になった。
村長の息子のヨランさんは、元々村に商隊が来る事は知っていたらしい。なんとかルーデンスさんに助けを乞おうと、街道を一心不乱に走って来たそうだ。
彼の話から村を襲っているモンスターはトレントという木の魔物らしい。肉食の大型獣じゃなかったのは不幸中の幸いだそうだ。
トレントというのがどういう魔物かは知らないが、積極的に人を襲う魔物ではないらしい。
ただし、トレントは村の中に侵入してそこに根を張ってしまうらしく、トレントに乗っ取られた村は、家は木に飲まれ、畑は枯れてしまうため、廃村は免れないそうだ。
廃村した村の住人は、餓死か奴隷か。
気軽に住む場所を変える事が出来ない農民にとって、それは事実上の死刑宣告だった。
「お、おおっ!ルーデンス様!よくぞ来て下さった!感謝いたしますぞ」
男達の中で指揮をとっていた一際ガタイの良い男が、どうやら村長っぽいな。息子さんの年齢から見て、結構な老齢っぽいけど、それを感じさせない力強さがあった。
というか異世界の男の人ってみんなガタイ良いよね?自分のもやし体型が恥ずかしいわ。
ヨイツ村長と村人の表情には、喜びというか、明らかな安堵がみえた。まるで騎士とか勇者が現れたような期待っぷりだ。ゴルデン伯爵の番頭ルーデンスという肩書きは伊達じゃないんだろうな、と感じる。
農民は貴族に税を納める代わりに、農民の生活に万一があった時は、貴族はそれに全力で対処しないといけないんだろう。
そういえば、昔歴史の先生から、地球で封建制度が時代遅れになったのは。領主と市民の格差が広がり過ぎて、市民の生活を守るという領主の役目が果たされなくなった為、と聞いた事を思い出した。
地球での本当のところは分からないけど、少なくともこの世界では、まだそういう精神が生きているようだ。
実際に村人に救いの手を差し伸べるのは名代のルーデンスさんだけど、村人にとってはゴルデン伯もルーデンスさんも変わらないんだろうな。
村を見捨てるという選択肢もあったのにルーデンスさんがそれをしなかったのは、ゴルデン伯爵の看板を使っている以上はそれに泥を塗る様な行為は出来ない、という事なんだろう。
「ヨイツさん、お久しぶりですね。早速ですが、今の状況を教えて頂けますか?」
「へえ、もちろんです。最初に気がついたのは炭焼きの『豆炭』ホラルドです。
彼は普段は村から外れた炭焼き小屋に住んでいるのですが。なにぶん怠惰な奴でして、今日も昼過ぎから働き始めたのですが、薪を取る為に村の裏手の森に入った時に、入り口で襲われたそうです」
「今日、森の入り口で襲われたのですか、それはまたなんというか、トレントにしては随分と急な遭遇ですね。トレントと言えば、一般的にはマナの濃い森の奥で発生する魔物なのに、今日まで誰も遭遇しなかったのですか?」
「へえ、面目ねえ限りです。森は不気味なんで普通村人は近寄らないんですよ。森に近寄るのは炭焼きぐらいなんですが、今日の朝まではトレントの影も形もなかったそうです。
ただ、炭焼きの話なんてどこまでが本当か……」
なるほど、炭焼きとか言う職業は村人からイマイチ信用されていない事が分かった。
ただ、『豆炭』ホラルドさんには危険を犯してまで村人に嘘をつく理由なんて無いので、話自体の信憑性は高いと思う。ルーデンスさんも同じ考えなのか、難しい顔をして黙ってしまった。
それにしても、突然現れた魔物、か……
RPG的には高い確率でフラグだけど、どうなんだろ?
何か悪い事の始まりじゃ無ければ良いんだけどね。
「魔物は、まっすぐ森を下って来て、村に攻撃を仕掛けて来ました。農夫が何人かと木塁がやられましたが、何とか耐え忍んで、今は奴も休眠状態に入っています。
ルーデンス様のお力に縋ろうと、倅のヨランを走らせたのが今から五刻ほど前になります。
我々は奴が目を覚ます前に何とか木塁の修復をせにゃいかんと、村人総出で補修工事をしているところです」
「トレントは休眠に入ると、近づかない限りは十刻は眠り続けると聞いた事があります。猶予はあまりないですが、それでも考えをまとめる時間があるのは有り難い事です。
まずは負傷者の治療が先でしょうね、少量ですが我々の隊もライフポーションを積んでおりますので」
「おお!それは有り難い。この村にも錬金術師はいるのですが、ポーションのストックが切れてしまい、困り果てておりました」
ヨイツさんは残った男衆に3、4個指示をあたえると、「こちらへ」と言って踵をかえした。
負傷者はどうやらヨイツさんの家で治療しているらしい。
「残りの皆様には実際に魔物を見て頂きたく、私の後に着いて来て下さい」と息子のヨランさん。
「では私が参ります」とミラさん。
「ナナサキ様は如何なさいます?」
口外について来るなと言ってる様に聞こえるが……
「もちろん僕もいきますよ」
「……」
ミラさんは何か言いたそうな顔をして、結局何も言わなかった。まあ自分KYだし、異世界初のモンスターも見てみたいしね。
「こちらです」
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