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3話 チートの片鱗

 突然、俯いていたミラさんが弾かれるように顔を上げた。


「あれ?頭目!街道の先に人がいるようです」


「人?数はどのくらいだ!」


「確認出来るのは一人です。服装から先の村の住民のようです」


 緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。ピリピリとした只ならぬ雰囲気に、ごくりと生唾を飲んだ。


「村人?収穫期でも無いのにか?盗賊の可能性は?」


「気配は1人しか感じられません。枝路に潜んでもいないようです」


 倒れていた自分を見つけた時も、こんなやり取りがあったんだなと容易に想像できた。というか、ミラさんの視力凄いな。自分には人の影すら見えないんだが。


 これも獣人の特殊能力なのだろうか?


「どうやら走って我々の方に向かっているようです。かなり急いでるみたいですね、とても焦っている様子です」


「先の村に何かあったのかもしれないな。よし!全隊に歩速を上げるように通達。村人を保護するぞ!!」


「は、了解しました」


 ミラさんは胸元にぶら下げたペンダントを手繰り寄せると、その先端に付いていた銀色の小さな笛を吹いた。


 ピーという甲高い笛の音が響いて、他の馬車の幌から何事かと驚いた顔が飛び出す。ミラさんがもう一度、今度はリズムを取るように数回笛を鳴らすと、他の馬車の御者も頷いて一斉に歩速を上げた。


 素人が見ても良くわかる。流れるような統率の取れた動きだった。こういうのを練度が高い、というんだろうな。

 隊の動きだけ見ても、ゴルデン商会、というかルーデンスさんとミラさんの部隊が優秀なんだという事がわかった。


 ほどなくして、小隊は村人と合流した。


 村人はやはりこの先の村の住人らしい。ろくな装備もしないで走っていたのか、全身に酷い擦り傷があった。酷く憔悴していて、息も絶え絶えと言った感じだ。

 ミラさんが水を飲ませたり汗を拭いたりして献身的に介護いるが、とても話せるような雰囲気ではなさそうだった。というか今にも死にそう。


「困りましたね、この先の村で何かあったのか詳しく聞かないといけないのですが」


 もし村が盗賊団に襲われていたとしたら、のこのこやって来た商人なんてまさにカモネギだ。ルーデンスさんとしては、このまま進むか迂路に回るか直ぐにでも決断する必要があるのだろう。


「とりあえず、自分が持っている『無垢のポーション』でも飲ませて見ましょうか?」


 鑑定スマホによると、無垢ポーションには僅かに回復の作用があるらしい。


 自分としては、タダで手に入れた物(元は雑草)だし何かの足しになればぐらいの感覚だったのだが、ルーデンスさんはこの提案に大層驚いていた。


 なんでも普通の錬金術師は、自分の作ったポーションは例え抵ランク品であっても無料で人に譲る事はしないのだそうだ。


「僕の場合ポーション作製はあくまで趣味ですからね。さあ、それよりもぐいっと一気に飲ませちゃいますから、暴れないように頭を抑えて下さいね?」


 めっちゃ苦いよ?


 半分死にかけの男は抵抗する体力も無いのか、なされるがままに緑色の液体を飲み干していく。


 すると男の体から、しゅわしゅわと白い蒸気が吹き出し始めた。


 なんだ!?自分が飲んだ時はこんな事無かったぞ?余計な事をしたかもしれない、と焦る。しかし良くみると白い蒸気は彼の傷口から噴き出していて、傷を塞いでいる様子だった。


 これが無垢ポーションの肉体回復の効果か。オキシドールみたいだな。


 追加で2本目を投入した時、男はごふっとポーションを吹き出して、息を吹き返した。チアノーゼで青紫色だった顔色も、すっかり人間らしい血色を取り戻している。

 とりあえず、命の危機が云々という事態は避ける事が出来たようだ。


「そんな、ありえない!無垢のポーションで傷が治るなんて」


 ふと気が付くとミラさんがひどく驚いた顔をしていた。というか周囲に集まっていた商隊の人達も、口を開けて呆然とした表情で自分を見ている。


 あれ?村の人は助かったよな?もっと喜んでも良いと思うのだけど。


「あ、あの……ありえないとは、一体どういう……」


「ナナサキ様、ありがとうございます!」


 言い終わる前にルーデンスさんに手を取られた。


「それにしても凄く効果の強いポーションですね。普通の無垢のポーションとは違うのでしょうか?」


「いや、至って普通の無垢のポーションだと思うのですが……」究極鑑定のテキストにそう書いてあったし。


 いや、そういえば究極鑑定のテキストには『高品質』と書いてあったな。それが原因か?


「無垢のポーションで回復効果があるものは珍しいのですか?」


ルーデンスさんは少し考える素ぶりを見せてから、自分の問いに答えてくれた。


「ええ、無垢のポーションは様々な薬の触媒になりますが、それ単独で効果を示す事はほとんどありませんね」


「いやいやいや、無垢のポーションに回復効果があるなんて『聞いたこともない』ですよ!ルーデンス様、これは絶対おかし……むぐっ!」


 興奮したミラさんに詰め寄られる。慌ててルーデンスさんが彼女の口を押さえた。

 ミラさんスタイル良いし美人だから、詰め寄られると変な気分になりそうだ。


「ミラ!やめなさい。

錬金術師の方が秘伝を明かす訳ないでしょうに。

申し訳ありません、ナナサキ様。ナナサキ様がこの場にいて下さって、本当に助かりました。無垢ポーション2本分の費用は当商会が立て替えさせていただきます」


 そういって、ルーデンスさんは銀貨を数枚握らせて来た。ひーふーみー、あれ?さっき聞いた買取単価より多くね?


「ありがとうございます。でもこれって……」


「ナナサキ様はその若さで算術まで修めておられるのですね。ええ、とても品質の良いポーションでしたので通常の無垢のポーションに少し色をつけた価格で買取させて頂きたく思います」


 なんていうか、ルーデンスさんって本当にイケメンだよな。


 そうこうしているうちに男の人が目を覚ました。


「ケボッ!ケボッ!……う、ううぅ」


「ッ!しっかり!きこえますか!」


「……ああ、女神様が見えます。私は天国に行ってしまったのか」


 男はヨロヨロと手を伸ばして、ミラさんの豊満なお胸をギュムっと掴んだ。んな!何という羨ま……じゃなかった。けしからん!!


 瞬間、パァン!パァン!と雷の様な破裂音が二回鳴った。この人も大概容赦ないよな。


 哀れ、両頬にくっきりと手形を付けた男は完全に覚醒したようだ。呆然とした顔で我々を見つめている。すかさずルーデンスさんが一歩前に出て、男に話かけた。


「私はゴルデン商会の番頭で、ルーデンスと言います。あなたは?ヨイツの村の人間で間違い無いですね?」


 男はルーデンスさんの名前を聞くやいなや、飛び起きて平服した。


「ルーデンス様‼︎ 何卒!何卒、私達の村をお救い下さい!お金はあるだけお支払いします!足りなければ私が奴隷になります!どうか、どうかお助け下さい!ルーデンス様!どうか!!」


 悲痛な訴えというのは、こういう事を言うんだろうな。元の平和な世界では生涯みる事は無かっただろう魂からの懇願に、ちょっと面食らってしまった。

 ルーデンスさんが、男をなだめ。ミラさんが横から水差しを差し出す。少しして男はようやく理性を取り戻した。


「落ち着かれましたか?、あなたはヨイツ村の村人で間違い無いですね?」


「はい、面目ないです。私は確かにヨイツ村の育ちで村長のヨイツの子です。名前はヨランと言います」


「ヨラン殿、それでヨイツ村に何があったのですか?」


 ぶっちゃけ、この時点で悪い予感はしていた。


「はい。ヨイツの村は今、モンスターの襲撃にあっております」


 自分は、この世界は召喚された地球人が2、3日で死んでしまうような修羅の土地だという事を、今更ながらに思い出した。

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