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第一王子オブシディアン3話



ゆるく癖がついた赤銅色の髪は2つに結ばれており、花緑青の瞳は少しタレ目がちだ。

妹弟子ヴェルーリヤと出会ったのは私が10歳、ヴェルが7歳の頃だった。

残念なことにヴェルは魔法の才能がなかった。

それでもヴェルは諦めずに魔法を学んでいた。

しばらくすると竜の谷の族長から薬学を一緒に習うようになった。


その日、コーパルは街に出かけていて、私とヴェルは泉の上の家で留守番をしていた。

ヴェルは族長に習った薬学を復習するようだったので私は邪魔にならないように裏庭に出て、コーパルが育てている珍しい薬草を本と照らし合わせながら新しい薬の調合を考えていたら、中からグスッと鼻をすするような音が聞こえた。

その音が気になり中を覗くとヴェルが地べたに正座し、ノートを広げていた。

そして、その瞳からはポタポタと、とめどなく涙が溢れ、ヴェルはそれを袖でグイッと拭っていた。

涙を拭うと再びノートにペンを走らせる。

ヴェルの手は止まることなく文字を書いていた。

よくよく見るとヴェルの目元と鼻は真っ赤だった。


その日のヴェルの瞳は涙と相まってキラキラと煌めき、まるで宝石のように感じた。


不思議なことに私はヴェルが泣いている所によく出くわしてしまった。

ヴェルは人目を気にしてかコーパルや族長、私がそばにいる時は決して泣くことはなく、きまって1人でいる時にだけ涙を流していた。

しかし、私にはなぜヴェルが涙を流しているのかその理由が分からなかった。

私は思い切ってヴェルに声をかけてみることにした。

ヴェルは泣いているのを知られ、最初こそなんでもないと言った態度で泣いていたことを誤魔化していたが、その内誤魔化すのを辞めた。

そして、少しずつ泣いている理由を話してくれるようになった。

理解できない事が多すぎる自分に腹が立つと。

私のことが羨ましいと。


自分が他より秀でた人間だということはわかっていた。

だから、周りに失望することもなかった。

しかし、周りは私と自身とを見比べて自身が劣っていることに嘆き悲しむ。

そのことが私には理解出来なかった。


何を言ってもヴェルには嫌味のように聞こえてしまうだろうと思い、何も言うことが出来ず、ただヴェルのそばにいることしか出来なかった。

ヴェルは私がそばにいると膝を抱え顔を見られないように声を押し殺し静かに泣く。

私は初めて自分はとても非力で無力だということを知った。


ヴェルと出会い5年が過ぎ、私は15歳になった。

あれからヴェルは魔法よりも薬学にのめり込み、もう充分薬師としてやっていけるレベルになっていた。

私はというと少しずつ政治に関わるようになり、そろそろ戦場にとの声が上がり始めた。

王子である以上いつかは通る道だろうと思っていたし、なんなら遅いくらいだと思っていた。

本来なら2年ほど前に起きた隣国との大規模な戦争が私の初陣になるはずだった。

しかし、正妃様が反対し初陣は見送られることになった。

今回の出陣にも正妃様は最後の最後まで反対していたようだ。

あの人は実子であるディアマンテだけを気にかけておけば良いものを。


初陣の日取りが決まった。

しばらくはヴェルたちの元に行くことは難しい。

私はコーパルに戦場に行くことになったと伝え、ヴェルにはしばらく家の都合でここには来れないと伝えた。

2人は似たような、短い返事をした。

「「そう」」と。

しかし、コーパルとヴェルとでは、そのニュアンスがほんの少し違っていたことに私は後になって知ることになる。


戦場で自分がどれだけ他より秀でているか、より一層思い知った。

戦術面においても戦闘においても、とても初陣とは思えぬ働きをしたと思う。

当初の予定を大幅に巻いて、私の初陣は勝利という輝かしい成績で幕を下ろした。

城に帰り、諸々後片付けを終わらせ、ヴェルたちの元に行くことが出来るようになったのはヴェルたちと最後に会ってから約1年がたった頃だった。


久しぶりに泉の上の家に行くとコーパルはどうやら出かけているようでそこにはヴェルしかいなかった。

なんと声を掛ければいいのか分からず、裏庭で薬草を吟味しているヴェルをただ見つめていることしか出来なかった。

百面相しているヴェルを見ていると心が穏やかになる。

幸せだと確かに感じた。

しゃがみこんで薬草を見ていたヴェルが立ち上がり、振り返った。

ヴェルの瞳に私が映った。

瞬間、瞳が宝石のようにキラキラと煌めいた。

ヴェルは大粒の涙を零しながら私に抱きついてきた。

私はヴェルをしっかりと受けとめ、無意識に抱きしめ返していた。

その時初めて、生きて帰ってくることが出来て良かったとそう思った。

ヴェルは落ち着くと憎まれ口を叩きながらもお手製のハーブティーを入れてくれた。

懐かしいハーブティーの味に私はまた幸せを感じた。

しばらくするとコーパルが帰ってきて、3人で昔話をして夜を明かした。

その日、ヴェルは私から離れようとしなかった。

私もヴェルから離れようとしなかった。

ヴェルは私の肩にもたれ掛かるように眠った。

私たちの向かいに座るコーパルは穏やかな笑みを浮かべていた。


「戦場はどうだった?」


コーパルは冷たさも優しさもない声音でそう聴いてきた。


「可もなく不可もなくと言ったところです」

「可もなく不可もなく…か…」


私はヴェルにブランケットをかけながら淡々と答えた。


「魔法は使ったのかい?」

「…はい」

「そうか…」


コーパルはそれ以上何も言わなかった。


魔法を使うつもりはなかった。

少なくとも魔法を攻撃として使うつもりはなかった。

だが、命の危機に躊躇している暇はなかった。

誰かの人生を台無しにしてしまった。

そう、何人もの何十人もの何百、何千、何万人もの人生を。


これは私が一生背負っていく罪だ。




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