1話『イケメンは溺れてもイケメン、涙目で睨んできてもイケメン』
むかし、むかし。
とある国の森の奥深く、どんな病でも治してくれるという噂をもつ魔女が泉の上の小さな家に1人住んでいました。
ある日、1人の青年が願いを1つ抱えて魔女の家に訪ねてきました。
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バシャバシャと大袈裟な水音が外から聴こえてきた。
外を伺おうと窓を開けて覗いてみれば…イケメンが溺れて?いる。
窓を開けた音でイケメンはこちらに気づいたようで、
「た、たすけっ!たすけろっ!」
ただもがいているだけのようにも見えなくもない微妙な手の上げ具合でこちらに必死に助けを求めてくるイケメン。
助けろと言われてもねぇ…
「つかぬ事をお聞きしますが身長はいかほどで?」
「はぁっ!?いまっ!それどころっ、じゃっゴボッ」
務めて冷静にイケメンに話を振ったら、ものすごい剣幕でキレられた。
イケメンよ、落ち着くのだ。興奮するから水飲んじゃうんだぞ
「落ち着いて下さい、お兄さん」
「おちつけるわけっゴボッ、ないだろっ!はやくっ!たすけろっ!」
あぁもう…言わんこっちゃない
イケメンは大量に水を飲んだのか、より一層パニックになってしまった。
それにしても、なんだ?イケメンは溺れててもイケメンな上に涙目で睨んできてもイケメンなのか?
なんと世界は不条理なことか
そんな事を考えながら今一度イケメンに問いかける。
「はぁ…いや、だからねお兄さん。身長どれくらいかって聞いてるんです」
「いうからっ!いうからったすけっ、ろよっ!」
「はいはい」
えらい上から目線だな。助けて欲しいなら助けてくださいくらい言えないものか。はぁ、これだからイケメンは…
「190くらいだっ!たすけろっ!」
おぉ!思ったより大きいな
「お兄さん落ち着いて聞いてくださいね。そこ足がつきます」
バシャバシャと大袈裟だった水音は消え、さっきまで溺れていたその場でイケメンは水面から顔を出した。
しっかりと底に足がついたようだ。
「そこら辺は水深150くらいなんでお兄さんは余裕で顔が出ますね」
「…騒いで、すまなかった…」
気まずそうに顔を背ける姿さえイケメンは絵になる。
「いえいえ、突然深くなるとパニックになりますもんね〜。ちなみにそれより先に進むとお兄さんでも足がつかなくなるくらい深くなりますので、引き返すことをオススメします」
「えっ!?それではそちらに行くにはどうしたらいいんだ?」
「ん」
私が岸辺に指を指すとイケメンはいそいそと岸に引き返し指を指した方向に歩き出す。
それにしてもびしょ濡れ姿がこんなにも絵になるとは…水も滴るいい男ってやつだな
そんな事を考えているとイケメンの戸惑っているような声が聴こえてきた。
「…これ…、か?」
イケメンは岸辺に1つ浮かんでいる大きな洗濯桶を指さして私に問いかける。
「それです」
それ以外に何がある?
「桶だぞ…」
イケメンは怪訝そうな顔でもイケメンか…むかつく
「桶ですね、1人ならそれで十分でしょう?」
「いやいやっ!桶だぞっ!?どうやってこれでそちらに行けと言うんだっ!」
「ちゃんとオールあると思うんですが?」
「あるにはあるがっ!!そういう事では……、他にそちらに行く方法はないのか?」
桶に付いているオールを手に取りながら私に質問してくる。
「ありますよ」
そう言うとイケメンの目が輝く。
「泳ぐ」
私がキッパリと言い切るとイケメンの目の輝きは一瞬で消えた。
「……、これでそちらに行く」
どうやら諦めたようでイケメンはいそいそと大きな体を桶に押し込み始めた。
「そうですか、お気をつけてー」
そう言って窓を閉めるとギコギコと木の軋む音とパシャパシャと水の跳ねる音が聴こえてきた。
こちらに来るようなので仕方ないがイケメンを招き入れる準備をしよう。
タオルと温かい飲み物、あとはお風呂も沸かすか。春とはいえまだ肌寒いからな〜。風邪を引かれては困る
湯船にお湯を貯めていると外からコンコンとノックする音が聴こえてきた。
おっと、早いな
「すみませーん。今、手が離せないので入ってきてくださーい」
バスルームから声をかけると戸惑いがちに扉が開いた音がした。
しかし、一向に中に入ってくる気配がない。
お湯をはり終え、玄関に向かうとイケメンは外で軽く服の水を絞っていた。
よーく見ると明らかにお金持ちが庶民に変装しましたと言ったよう服装をしている。
しばらくジーッと見ているとイケメンもこちらに気づいた。
私の姿を目にしたイケメンは目を大きく開け、一瞬固まったように感じた。
「中に入ってください。タオルです」
そう言ってタオルを差し出す。
「すまない。助かる」
イケメンはタオルを受け取ると一通り水気を拭い、やっと家の中に入ってきた。
「失礼する」