第二王子ディアマンテ3話
本編5話~7話のディアマンテ目線+補足になります。
宿屋の奥の扉を開けると女将家族の住んでいる住居があった。
女将の後を着いて行く。
「失礼する」
扉をくぐり、リビングに通されると階段上から20代くらいの青年が降りてきた。
「誰それ?」
青年は俺の方をちらっと見て女将にそう問う。
「ヴェルのお客だよ」
「ふーん」
「竜の谷に行くからアンタの服貸してほしいって」
「……」
「迷惑をかけて、すまない」
「…ヴェルの頼みなら仕方ない」
ぶっきらぼうにそう言って青年は自室があるであろう2階へ上がっていった。
「すまないね。私に似て口が悪くて…」
驚いたことに彼は女将の息子だった。
若く見えていた女将はいったいいくつなのだろうか?
女性に年齢を聞くのはあまり良いことではないと聞くので思ったことを心に留めた。
「いや、気にしなくていい。突然来たこちらが悪いのだから」
青年から服を受け取り、浴室で着替える。
なるほど今まで着ていた服とは材質が明らかに違う。
少しゴワっとしている。
着替えがすみ、浴室から出ると女将がお茶を入れてくれていた。
「これはヴェルが作ってるハーブティーなんだよ」
そう言って女将はカップに口をつけた。
魔女が作ったものなら大丈夫だろうと女将に続いて自分もひとくち口に含んだ。
やはり魔女特製のハーブティーは香りがよくて安心する。
ホッと一息ついていると女将が改まったように口を開いた。
「…どこぞの貴族様か知らないがあまりあの子を巻き込まないでやってくれないかい」
「!」
「あの子は私にとって娘みたいなもんなんだ」
女将は俺の目を真っ直ぐ見ている。
「竜の谷にしかない物が必要なんて明らかに面倒事に巻き込まれている。アンタがそれを必要としているということはアンタが大変な思いをしているってことだ。それはわかる。でも、私は見ず知らずのアンタよりかわいいかわいいあの子の身を案じるよ」
当たり前のことだ。
だが、キッパリとそう言われると胸が痛い。
「………」
それでも、微かな希望が確かな希望に変わったのだ。
それを手放すことは出来ない。
「…すまない」
そうとしか言えなかった。
女将は仕方ないねぇと言った表情で苦笑した。
宿屋に戻り、しばらくすると魔女が戻ってきた。
なんとなく気まずくて魔女の顔を直視出来なかった。
宿屋を出て、竜の谷に向う荷馬車の中で竜の谷について聞くとどうやら竜の谷一族は一筋縄ではいかないようだと感じた。
つい思ったことを口に出してしまうと魔女は笑った。
その笑顔に顔が熱くなるような感覚がし、顔を背け誤魔化すように今更ながら名前を聞いた。
女将がヴェルと呼んでいたので今更なのだが一応。
魔女はヴェルーリヤという名でヴェルと呼んでくれと言ってくれた。
俺は本名を明かすことは出来ないのでダイと偽名を使った。
ダイさんとヴェルが名前を呼んでくれるだけで幸せな気持ちになった。
それがディアマンテという本名なら、どれほどの幸せを感じるのだろうと、どうしようもない事を考えてしまう自分がいた。
荷馬車で移動すること約1時間。
ヴェルがそろそろだと言うので正面を見ると大きな岩山が見えた。
この岩肌を登るのかと問えばヴェルはいたずらっ子のような笑みで竜の谷ですよと答え、岩と岩の間を指さす。
そして、はぐれる可能性があるからと紐を取り出しお互いの手首に結び出発した。
ヴェルの後を置いていかれないように進んでいく。
なんとなく不気味な谷間は岩肌が続いているように見えるが上の方には草木が茂っていた。
今日は珍しいものを色々と見る日だ。
こんなことは中々ないだろう。
しっかりと目に焼き付けておこうと周りに目を向けながらヴェルの後を進んで行った。
30分ほど歩いただろうか暗かった谷間に少しずつ光が増えていく。
眩しさに目を細めていると柔らかな声が聞こえた。
「いらっしゃい、ヴェル」
声の主はこの世の者とは思えぬほど美しい人だった。
男性のようにも女性のようにも見えるその人はヴェルを愛おしそうな目で見つめていた。
俺に視線を移したその人は優雅に礼をした。
なぜだかこの人には嘘をついても意味がないと直感で思った。
ヒスイという名の人物は竜の谷の一族の族長だという。
外見を見た感じ、自分や兄上と同じくらいだと思っていた族長はなんと50を超えていた。
歳に驚いているのも束の間、族長は俺が何者かわかっているようでヴェルとは別行動を言い渡されてしまう。
わかっていた。はじめから。
族長が挨拶をしてくれた時から。
あの礼はこの国の者が王族に対して行うものだった。