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第98話 聖女様はネズミを捕らえます

 ココはナタリアに囁いた。

(ナッツ、馬車の私が座っている座面をめくると小袋がある)

(は、はい?)

(こっちは私がごまかすから、呼びに行くまでおまえは馬車から出て来るな)

(はあ……)

(食べてるところを外から見られるんじゃないぞ? いいな、行け!)

(わ、分かりました)

 訳が分からないという顔で、ナタリアが外に引き返した。

 

 これで良し。

「あら、聖女様のお付きの方は……?」

 修道院長に聞かれ、ココは器用に微苦笑を浮かべて説明した。

「実はシスター・ナタリアは、残念なことに断食の行を行っておりまして……」

「まあ、そうでしたの!」

「食べない者がいると皆さま食事をしにくいでしょうからと、馬車で聖典を読んでおります」

「それはお気遣いいただきまして、いたみ入ります」

「いえいえ」 

 適当なことを言って、ココは案内された席につく。

 微笑みの下で、ココは衝撃に備えようと覚悟をし直した。

(はー……さーて、どんなものが出て来るやら)

 ナタリアはわからなかったみたいだけど、ココの(食べ物には)敏感な鼻が席につく前に教えてくれた。

 

 たぶん今日の昼食は、ココの聖女の慰問(ドサ回り)でも……最低ランクの物が出てくるはずだ。



   ◆



 その頃のナタリア。

「干し肉とビスケット……ココ様、いつの間に非常食なんか仕込んでたのかしら?」



   ◆



 談笑しながら配膳を待ち、全員分揃ったところで院長が歓迎のスピーチ。

 その後せっかくなのでとココが感謝の祈りをするように頼まれ、皆が静まったところでココが食前の聖句を詠唱した。

 目を閉じてやや俯くような姿勢で朗々と詠うココ。

 その美声に大人だけでなく子供達も聞き惚れ、有難くも今日の食事にありつける幸運を皆で女神に感謝した。


 その中で聖句を唱える本人(ココ)だけが、別のことを考えていた。

(あー、機転が利いた私、エライ! 今日のメシ、ナッツがいたら食事会がぶち壊しだったぞ……)

 この料理、ナタリアは絶対二口目が食えないだろう。そこまでダメだと、“苦手な物が入っていた”でもカバーしきれまい。

 出された食事に手を付けないのはさすがにまずいので、ナタリアを避難させておいて正解だった。


 頑張って作った修道女には悪いんだけど。


 今日の食事……絶対にマズい。


 王都の貧民街で残飯食堂に入った方が絶対マシな物が出てくると思う。

 見ただけでわかる、それぐらいの代物だった。




 ココはいつもどおりパンを手に取り、一つまみだけちぎり取って祈りを捧げた。

(さて、臭いは最悪だけど……?)

 コンマ二秒で覚悟を決めて、ココはかけらを口へ放り込んだ。


 口に入れると初めに、ウッとくる古くなった小麦粉の香りが押し寄せる。

 全然膨らんでない硬くてボソボソのパンがボロボロと塊で崩れ、何故か倉庫の埃を思い出させる風味が口腔から鼻へ抜けて涙が出てきそう。


 口の中の水分を吸っても全然モソモソが収まらないので、スープを一口。

(うっく!? これは……牛脂(ヘット)、いや……豚脂(ラード)だな)

 塩気や旨味より先に押し寄せる、油のねっとり感。

 スープと一緒に流れ込んできたニンジンやキャベツが相当に古い。変な風味がするだけでなく、舌で押せばグジュリと抵抗なくおかしな崩れ方をする。


 そして舌の上で確かめているうちにわかる、スープのコクは……。

(この旨味やコク、素材からエキスが出たんじゃないな……獣脂で無理矢理添加してる)

 まだ口の中に残っているさっきのラードのおかげで、野菜の水煮にスープっぽい風味が付いているのだ。水の目方に比べて具材の鮮度も量も足りてないから、材料からのダシがスープに全然混じってない。塩と脂でごまかしてる。


 ……そう、ごまかしてる。


 ココは表面的には笑顔で周囲の話に相槌を打ちながら、心の中に行き場の無い虚脱感を覚えていた。

 ……この食事、素人が作っているからマズいんじゃない。

 質の悪さをごまかすため、ワザとこういう風に作ってる。



   ◆



 いつの間にか現場を抜け出すのはココの得意とするところだ。

 ココは裏庭に停まった馬車の荷台に頭を突っ込み、積荷の中を調べていた。

「麦粉に芋に豆……どれもあからさまに古いな。保管が悪いんじゃなくって、こりゃ一昨年より前のを持ってきてるな。野菜もどれもハリが無くって傷みが……あーあ、量があっても内側が腐り始めているじゃないか」


 限界生活の知識に関しては、ココはちょっとうるさい。

 “食える”・“食えない”の判定は専門家である。

 そんなココが手早く積荷を調査した結果、月に一回食品を納品に来る業者は……間違いなくクロだ。

(もしや納品間隔が長くて、食い延ばしている間に食品をダメにしているのかとも思ったけど……最初から業者が処分品だけを持ってきてるな)


 ココは市場で呑気にかっぱらいだけをやっていたわけじゃない。

 店の裏側でガラクタの間に座りながら、客に見せない店の素顔……ひたむきな努力だったり、お縄(タイホ)確実なイカサマだったり……を見てきた。

(コイツは乾物の業者だろうから、古い生野菜は取引先の廃棄品を捨て値で買ってるのか? どっちにしたってコイツの持ち込んでいるのは、数だけ帳尻を合わせた粗悪品だな)

 教皇庁が出入りの業者に通達した納品基準があった筈だ。それを一回確認しないと……。


 ココが荷馬車の前でそんなことを考えながらうろうろしていると、教会に声をかけに行った業者が戻ってきた。

「ん? おい、ちょっとあんた! そんなところで何を……えっ、シスター?」

 最初厳しく誰何してきた人相の悪い男……納品業者が、ココが法衣を着ているのを見て怪訝そうな顔をした。五人しか修道女がいない小さな教会だから、知らない顔がいるのでおかしく思ったのだろう。


 ココは瞬時に屈託ない笑顔になって愛想よく返事をした。

「あ、お待ちしてました! 馬車が来るのが見えたので、荷下ろしを手伝おうかと思いまして!」

「え? そりゃ有難いけどよ……あんた、この教会にいたか?」

「私ですか? 今日はたまたま《《教皇庁》》の仕事でこちらに出張で来てまして」

「教皇庁!?」

 ココの名乗りに、相手の男が狼狽して叫んだ。その顔には驚き以外の……後ろめたい秘密がバレた時の動揺が見て取れた。

(はい、確定)

 どうでもいいけど、この程度で顔に出すようじゃコイツ小物だな……。

 ココは素敵な笑顔の下で、そんなことを考えていた。


 さて、業者は確実として。

 教会側は単純にボンクラなのだろうか?

 リアクションが取れない男に向かってニコニコ笑いながらココがそんなことを考えていると、男の後から鍵を持った修道女がやってきた。

「どうしたんすか、マコーミックさん……えっ!? 聖女様!?」

「えっ!? 聖女!?」

 たしかシスター・エイラとか紹介された修道女の叫びを聞いて、業者もオウム返しに叫び返した。そんな二人の表情は実によく似ていて……。

(教会側はコイツか)

 ココは何も気づかないふりをしながら、同じ説明を修道女にも繰り返す。

 そして「聖女様にしていただくような作業では……」と厄介払いされながら、ウォーレスにどう指示するか、頭の中で問題点を整理し始めた。

 それにしても。

(一番の問題は、アレかあ……)

 この一件の処理は教皇秘書に任せるにしても。

 根が深い問題に、ココは頭が痛くなってきた。



   ◆  



 その頃のナタリア。

「ココ様、遅いなあ……さっきのが塩辛くて、お水飲みたい……」



   ◆



 ココが主のいない教皇執務室の長椅子で寝転んでいると、ウォーレスが報告にやってきた。

 今日は教皇(ジジイ)が会議の下準備だか何だかでいないので、遠慮なく部屋を(無断で)使わせてもらった。ここだとシスター・ベロニカの目が無いので清々昼寝できる。また今度(無断で)借りよう。


「お待たせしました、聖女様」

「うむ」

 起き上がったココに、かしこまったウォーレスが事の顛末を報告し始めた。

文字数の関係で読みやすくするために一回切りましたが、今回は切りよく読んでいただくために次話を同時投稿しています。

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