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第97話 聖女様は食糧事情について考えます

 ビネージュ王国の首都近郊にあるアンゲル教会に、かねてより待ち望んでいた知らせが届いたのはある日の午後の事だった。


 この日はちょうど月に一度の食料の納品の日で、教会を預かるシスター・シュビアは倉庫で置く場所を指示していた。

 そこへ若いシスターが、封筒をかざしながら走って来る。

「院長様!」

「あら? シスター・エイラ、どうしました? 修道女がむやみに走るものではありませんよ?」

 おっとりとたしなめる修道院長へ、シスターは興奮した顔で手紙を突き出す。

「それどころではございません! きょ、教皇庁からお手紙が!」

「まあ!」

 はしたないと自分で指摘していた院長も、想像もしていなかった報告に思わず大声で叫んでしまった。  




 都の近くにあるというと、おひざ元だからゴートランド大聖堂に近い関係みたいに思われがちだけど……特に由緒も無い小さな教会には、教皇庁なんて雲の上にある女神の神殿と大して変わりはない。

 都に住んでいれば王様と気軽に話せるか?

 そんなことは当然あるわけない。

 

 このアンゲル教会もご多分に漏れず、教皇庁と特につながりの無い僻地の教会の一つだった。礼拝堂の居住区画がそのまま修道院と孤児院で、所属する五人の修道女と十人ちょっとの孤児たちがそこで慎ましい共同生活を送っている。

 そんなところへ教皇庁から手紙が届く。十分に大事件であった。


 慌てて手紙を読む院長が嬉しそうに「まあ!」と漏らした。

「大変だわ、シスター・エイラ! 我がアンゲル教会が聖女様の慰問先に選ばれました!」

「本当ですか!?」

 手紙を持って来た修道女と、荷物を降ろし終わった納入業者が目を丸くする。そんな二人へ、満面の笑顔で院長が便箋を見せた。

「無理だろうなあとは思っていたのですけれど、実は前々から名乗りを上げておりましたの。ほら、うちの教会は孤児院をやっていますけど、運営がずっと苦しいでしょ? だから聖女様に御運びいただき、その辺りを見ていただけたらと……」

「なるほど!」

 修道女と子供たち、合わせて二十に近い人数を養うのに運営費はいつも不足気味。小さな町の小さな教会だと、寄付を募っても限度がある。

「上からもらう補助金が増額されるといいっすねえ」

 納入業者の言葉に、院長が深く深く頷いた。




「それでは、あっしはこれで」

 業者は帽子を取って挨拶し……その後、少し声を潜めた。

「麦と野菜は気持ち、ご注文より色を付けておきましたんで……なかなかあっしも商売がキツいもんですから、大したご協力もできずに申し訳ねえっす」

「いえいえ、とんでもございませんわ!」

 修道院長は慌てて横に首を振った。

「こちらこそ、いつも注文より多く持ってきていただいて助かっておりますわ。そちらも大変な中でありがとうございます」

 この業者は信心深く、孤児院の苦しい経済状態に理解を示して頼んだよりも多く入れてくれる。大変ありがたい。

 実際ここの教会では彼の厚意が無いと、食べ盛りの子供たちに十分に食事を出してやることができない。院長は業者の篤志を涙が出るほど嬉しく思っている。

「本当にマコーミックさんのおかげで助かってますよねえ。中央がもっと運営が苦しい下々の事を見てくれるといいんですけど……」

 若い修道女もそう言って、しきりに頷く。彼女は食事担当だけに、やりくりの大変さに思うところがあるようだ。

「本当にねえ」

 院長も一も二もなく同意した。


 教皇庁はビネージュ王国とも仲が良いと聞く。どちらからでも良いが、補助金を少しでも増やしてもらえないだろうか。

 今は小さな子供たちが多いが、これからもっと食費もかかっていく。子供たちが育って社会に巣立つ頃には、食費も生活費ももっと物入りになる。


 院長は綱渡りの運営を思い、聖女の視察にどうしても期待してしまうのだった。



   ◆



 孤児院、特に小さな子供が多いところだと、ココはなぜか子供たちの遊び相手と認識されることが多い。

「待ってくださいよう!」

 そしてなんでガキは集団になると、走り回る系の遊びが好きなんだろうか。

「こういう時、大体私が追いかける側なんですよね……」

 ココは蜘蛛の子を散らすように逃げ回る子供たちを追いかけながら、内心ため息をついた。




 今日来たこの修道院は規模は小さいが、割合的に幼児が多い。


 選べる話ではないのだけど、孤児院も世代のバランスが取れているのは大事だとココは思う。

 年齢層に偏りがあると、子供たちに社会性を教えるのに苦労する。年長組が少ないと、施設の職員に代わって幼子の面倒を見させる補助がいないのだ。

 ここのように特に小さい子供ばかりだと、皆が同時に手がかかり、同時に大きくなって一斉に反抗期になる。

 日々育っていくガキのお守りは、少ない人数の修道女では大変そうだった。


「ふーん……ここの修道女は、院長を含めて五人ですか」

 この町の規模では、ちいさな教会に五人もいれば良い方か。

 ただ、預かる子供たちがこれから育ちざかりに入っていく年頃なのを考えると……ちょっと体制が手薄な感があるのは否めない。

「孤児院と言えど反抗期に入る子供もいるでしょうし……おや?」

 一人、動きが遅くて最初に掴まった子が……遊びもそっちのけで、何かに気を取られている。

 ココもそばに寄って、その子が眺めている方を一緒に見てみた。

「……ふむ。順当なところか」

 ココは思わず素に戻っちゃう。

 男の子は、施設の修道女や福祉部の司祭と談笑するシスター・ナタリアを食い入るように見つめていた。




 その気持ち、ココにもわからないでもない。


 ナタリア(ナッツ)は美人だしスタイルもいい。

 そして何より、容姿も物腰も典型的な貴婦人なのだ。免疫の無い庶民の男の子からすると、貴族の美女はまるで女神のように見えると酒場でオッちゃんが語っているのを(ツマミを盗みながら)聞いたことがある。

 国も人種も一緒なのに、不思議と貴族と庶民は見た目からして違う。育ちの差は、そんなに目に見えるものなのだろうか。ココには理屈はわからない。


 ココたちがいるマルグレード女子修道院はゴートランド教団でも特殊な世界で、ほぼ全員が貴族か富裕層の出身だ。

 そういう所にナタリアが混じっていても違和感はないので、ついつい忘れがちだけど……こういう庶民的な場所にナタリアだけ放り込むと、品のある所作が確かに周りから浮いて見える。

 彼女はやはり、いい意味で貴族令嬢なのだ。


 ちなみにココは、どんな世界にいたって目立って見える。

 根っからのスター体質で困ってしまう。




(男女の違いに気づいた年頃の男から見たら、ナッツはわかりやすく初恋相手だよなあ……)

 上品な美人で、おまけにイイ身体をしてるものな。

「あー……やっぱりアレかな? あのデカいおっぱいが良いのかね?」

 ひとり一足飛びに思春期に突入しているガキンチョに、ついついココは尋ねてみた。

 セシルも時々無意識に目が追ってるし、コイツも大きくなれば変態(セシル)と話が合うかもしれない。

 

 じーっとナタリアを見ている男の子は、やや時間をおいてからポロっと。

「……あの、ス……」

「す?」

「スカートに浮いて見える、ケツから太腿のラインが……エモい」

「そうか……キミはなかなか(つう)だな」

 ……コイツ、やりおるわ。

 思春期を一足飛びに追い越し、すでに変態(セシル)期に突入しているガキンチョを、ココはそっとしておいてあげることにした。



   ◆



「やっと……やっとメシか……」

「ご苦労様です、ココ様」

 たっぷり走らさせられて、フラフラのココをナタリアが慌てて出迎えた。

(ココ様、なんか素が出ちゃってますよ)

(あー、悪い。つい、“陰影の魔術師(マニアックなスケベ)”にあてられた)

(はい?)




 施設の慰問において、食事はココにとって何よりの楽しみだ。


 もちろんマルグレードで、普通の教会施設より二ランクは上の食事を食べてはいる。

 が、残念ながらあそこでは食事の味を三段落とす鬼の風紀委員長(シスター・ベロニカ)が隣に座るのだ。美味しく味わって食べる訳にもいかない。

 それにココはこういうところの、大量に作った安っぽい給食も好きだ。貧民街で施しの列に並んでもらった、具のほとんど無いスープを思い出す。


 一方のナタリアは、食べつけないマズい食事が出てくるのを見越して足取りが重い。

 彼女の実家は爵位が低いから、それほど家は裕福ではないと言っているけど……それでも古すぎてひねた臭いのするパンを娘に食わせるほど、金がないわけでも無い筈だ。

(慰問に出たら毎回なんだから、いい加減慣れないものかなあ)

 なんてココは慰問先で食事になるたびに笑っていたものだったけど……。


「……これは……」

 ココは今日初めて、ナタリアの気持ちが少しわかったような気がした。 

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