第78話 王子様は迷子のドラ猫を探しに行きます
王太子セシルの元へその一報が入ったのは、そろそろ一休みするかとペンを置いた時だった。
通常王太子なんぞに縁が無い王宮警備の騎士が困惑しながら持って来た報告に、言われたセシルたちも困惑した。
「本日開催されていた東御苑でのガーデンパーティから、『来賓の聖女様が行方不明になった』と連絡がございまして……それで、もしや王太子殿下のところへ向かったのではないかと確認を頼まれました」
「ココが? パーティに?」
思いっきり“あり得ない!”という顔で、セシルとナバロは顔を見合わせた。
社交界に興味が無いココがどうでもいいパーティに来るのもおかしいし、そもそも現聖女を黙殺していた連中が来賓に招くのも不自然。
「……来ているのは、本当に聖女だったのか?」
ココが本当に来るつもりだったら、セシルに何か言ってきそうなものだが……。
「はい、門を通られたのは確かに教皇庁の要人用の馬車でした。いらっしゃったのは聖女様ご本人と記帳されております」
「そうか……」
先日のように聖女本人が来て“聖女”と申告しない可能性はあっても、聖女でない者が“聖女本人”と名乗れば重罪だ。だからココが来ているのは確かなのだろう。
そしてどこかにフラフラ行ってしまったというのも本人くさい。パーティの空虚さに退屈して抜け出すのも、お付き合いという感覚が薄いココなら考えられる。
「やれやれ、まったく……あいつは何をやっているんだ」
儀式のときに数回来ただけのココに、王宮の地理がわかるとは思えない。滅多に行かない場所なら、十六年住んでいるセシルでさえわからないのだ。
顔をしかめたセシルが机に立てかけてあった細剣を手に取る。
正直今の情勢を考えるとセシルも王宮内をほっつき歩きたくはないのだが……。
「仕方がない、探しに行ってくる。おそらく広大な東の城郭のどこかで迷子になっているんだろう」
「殿下、そういう事は私どもが……!」
慌ててナバロが止めに入ったが、セシルは断って立ち上がった。
「おまえはさっき頼んだエインズワースの件をそのまま頼む。その件は遅延できないからな」
「あっ! ……承知しました!」
「残りの者は俺に付いて来い。探す範囲を考えたら、いくら人数がいても足りない」
「はっ!」
ナバロが一礼して引き下がったので、セシルは部屋にいた他の者を促して歩き始めた。
「さて、ココが無事だといいが……無事でないのは謀ったほうか」
◆
「しかし、退屈だ……」
ココは暗闇の中で暇を持て余していた。
暗闇と言っても身体から聖心力を漏らしているので、淡い光が周囲を照らしている。部屋の全貌は見えないが、今まで生き物の気配を感じていないので特に心配はしていない。猛獣をけしかけるとかいう仕掛けは無いだろう。
この部屋は窓もないし、見える範囲では飾りっ気もない。倉庫か何かだろうか。
「倉庫なら使っているところへ押し込めよな……金目のもの一つ無いじゃないか」
あったらどうしていたのだろうか?
ココは自分の言葉で一つ思いついた。
「そうだ……空き時間は有意義に使おう」
ちょうどさっき拾った銀貨が三枚ある。
ココは暇つぶしに、手持ちの貨幣を磨き始めた。
「……文様の細かいところが取り切れないや。歯車油と針とボロ布が欲しいなあ……」
普通の女子なら恐怖で半狂乱になっているシチュエーション。
普通じゃない聖女様は、自分なりの娯楽で意外とエンジョイしていた。
◆
セシルたちはココを探しに東部の区画まで来たものの。
警備の当番兵とセシルの部下、合わせて二十人程度では捜索するのにまるで人数が足りない。しかもこの地区の警備の者は全員聖女を直接見たことが無い。部下をつけて面取りをしてやらねばならない。
全員ひとつに固まって動いても仕方ない。セシルは大まかに割り振った区域に部下を割り振り、ブロックごとにしらみつぶしにすることにした。ココが一枚の銅貨を探すのに使った手法だ。
「さて、あのバカが何を考えているんだか……」
三々五々散っていく捜索隊を見送りながら、セシルがココの意図を考えていると。
「殿下っ!」
一旦詰所に戻っていた警備の騎士が戻ってきた。
「何か情報は入っていたか?」
「はっ、それが……パーティを開いているのが南の宮殿とのことでして」
「はあっ?」
言われたセシルは思わず南を見た。庭の向こうに高い石の壁がそびえている。
ここから見れば隣の区画だが、間に堀と城壁があるのでこちらまで勝手に迷い込んで来るはずがない。のんびり歩いて迷子になったのなら、城壁を越える際に門の警備詰所で止められるはずだ。
「ああもう、情報が錯綜しているにもほどがあるぞ!? ちょうど今、全員散らばったところだ。呼び集める手間が……」
ただでさえ人手が足りないのに、余計な時間を使ってしまった。
セシルが二度手間に苛立ちながら出かけた捜索隊を呼び戻そうとしたところへ、後ろから何故か平静な声音で騎士が囁いてきた。
「いえ、殿下さえいらしていただければ十分間に合いますので」
「……貴様!」
背中に当たる尖った物の感触に、セシルは小さくうめき声を上げた。
◆
いくら丹念に磨いても、三枚ぽっちではあっという間に終わってしまった。
「あーあ、財布を持ってくれば良かったかな」
ココは聖女として王宮みたいな場所を表敬訪問する際は財布を持ち歩かない。何か買える場所があるわけじゃないし、そういう行事は基本接待だからタダ飯だ。ココはお金を出さなくて済むのだ。
きれいに磨くのなら、やっぱり道具が欲しいなとココが思っているところへ、外から音が響いてきた。
「おっ、やっと悪の親分が登場か?」
やることが無くて暇を持て余すくらいなら、公爵の顔でも歓迎してやろう。話が早い方が良い。ココはきちんと銀貨をガマ口にしまい込むと、鍵を開ける音が響く扉の方を向いた。
しかし、現れたのは意外な人物だった。
後ろから短剣で脅されながら入って来たのは……。
「セシル?」
「ココか!?」
家主の息子のはずのセシルが、何故か部下に引っ立てられてきた。
「おまえ何をやっているんだよ!?」
「それはこっちのセリフだ!」
思わず叫んだココに、王子様が叫び返してきた。
「なるほどな……そうか、私を餌にセシルをねぐらから引っ張り出す作戦か」
一連の流れに合点がいったココが頷いた。
「おまえのほうも理屈は分かったが……敵の本拠地に乗り込むとは、無茶するなあ」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてないからな。まったく褒めてないからな」
膝を抱えて座っているココが肩を落とした。
「てっきり王宮のパーティだって言うから、おまえも来ているものだと思っていたんだ。まさか一人になるとは思わなかった」
「ココ、それって……」
身を乗り出す王子様をココは冷静に肘鉄で押し返した。
「おかしな期待をするな。私も会いたくて来たわけじゃないからな? むしろいらないときは顔出すくせに、必要な時にいないからイラっとしたからな? その点は誤解するなよ」
「だったら最初から連絡寄越せよ」
「時間が無かったんだよ!」
ココの言葉に、セシルが眉をしかめた。
「時間がないと言えば」
「なんだ?」
「俺たちのほうも時間が無いかもしれない」
セシルが再び閉まっている扉を指した。
「長時間行方不明にしておけない王子と聖女を直接拉致監禁、しかも正体も見せているし……いよいよ始末するつもりと見ていいな」
ココも扉を見た。
「……マジ?」
「残念ながら大まじめだ。無事二人とも捕獲したんで、今頃報告を聞いてこちらに向かっているんじゃないのかな。そろそろ首切り役が到着してもおかしくないぞ」
「そうか……」
ココも黙り込んで考えた。
「おまえの叔父貴の間抜けっぷりだと、今からでもなんとかなるんじゃないか?」
「……二回も失敗しているしなあ。そう言われると、そんな気がしてきた」




