第61話 聖女様は話の続きが気になります
第二部から、指摘のありました教皇の尊称について猊下から聖下へ変更になります。
撤収の準備を始めたところでココがウォーレスに、捕まえた団体さんを指さして尋ねた。
「ウォーレス、どこかにしまっておくところはないか?」
「うちで、ですか」
聖女のリクエストに教皇秘書が考え込む。心当たりの物件で条件に合いそうなところを、脳内のリストから走査しているのだろう。そして即座に無理と言わない辺り、そういう後ろ暗い不動産も持っているのを自白したも同然だ。自分で質問しといてなんだけど、ココはちょっとジト目になってしまう。
聖女の言葉に、慌てて王子護衛のナバロが口を挟んだ。
「聖女様、お待ちください。こいつらは王家の家臣でありながら王太子を狙ったのですよ!? 王国の方で処断せねばメンツが……」
「それを言われたら、巻き込み事件で聖女が殺されかけた教団の立場もあるのですが」
ウォーレスが言い返す。これも真理だ。
だがココが気にするのはそこじゃない。二人の間に割って入る。
「ナバロ。この一件、公式には無かったことにするぞ」
「はっ!?」
思いもかけぬ事を言われた関係者の視線が集まる中、ココが面白くなさそうな表情で襟元を掻いた。
「そもそも発表できるのか? セシルを諜報部が狙ったなんて。公表しちまったら全員が関わっていようといまいと組織はお取り潰し、構成員は処刑されちゃうだろ? 一時的にでも闇の者を全廃しちゃって、王国はこの先裏事情が苦しくならないか?」
「それは……」
ナバロが口ごもる。正面で剣を振るうばかりが戦いではないのを自分の半分しか生きていない娘に指摘され、猪武者が小さくなった。
「ついでに言えば諜報機関の頭は貴族じゃないのか? 二つ返事で引責するとも思えないし、ソイツが王弟派でも王太子派でも責任取らせたら後が炎上する案件じゃないか? 強行したら暗殺合戦どころか、明日にも王宮の前庭でリアル騎馬戦が始まりかねないぞ」
聖女の指摘に騎士たちが呻く。確かに事件が事件だけに、「いいがかりだ!」と揉めるのは必定。むしろこれは刺客集団自体が捨て駒で、処分を王弟排除の陰謀だと決めつけて堂々開戦する口実にするプランも考えられる。
ココがもう一つ理由を挙げた。
「それとな。王宮の誰が敵に通じているかわからないんだ。こいつらを王国の牢に入れたら、明日尋問で引き出す時にはきっと死体になってるぞ」
「確かにな」
セシルも頷いた。ハッキリ立場を表明している人間なんか貴族や廷臣の半数にも満たないが、黙っているからと言ってシンパではないと決めつけられない。ココの指摘はセシルも内心考えていたことだ。
ただし、ゴートランド教団が預かるにしても問題がある。
「だがココよ。こいつらをどうやって安全な所へ連れ出す? この人数を護送していたら、いくら何でも王都の話題を独占するぞ?」
あまりにココとセシルの往生際が悪かったおかげで、怪しい集団が追跡劇を繰り広げていたのを目撃した下町住民はたくさんいる。口を挟まないほうが良いと判っていても、明日語る話題として事情を知りたい人間は数多いだろう。引き立てて行ったら、後ろから野次馬がついて来かねない。
「ウォーレス、何かアイデアはあるか?」
ココが振り向くと、ウォーレスはすでにアイデアを用意していた。
「こいつらに巡礼者の外套をかぶせましょう。巡礼団が聖地に旅立つようにみせるのです」
「なるほど」
ココやセシルも頷いた。あの旅装なら深いフードもついているから顔が隠れるし、二、三十人の団体で歩いていても違和感はない。
そんな納得しかけた空気の中で、異論を申し立てた者が一人。
「な、なあココ……」
「ん? なんだダニエル」
ジャッカルが黒衣の集団を指さした。
「アイツらを連行するんだよな? 捕まえとくんだよな?」
「そりゃそうだな。それが?」
「巡礼者に見せかけるのはいいとしてさ……その服装の上から縄をかけるのか?」
居並ぶ面々は思い思いに想像してみた。
縄でグルグル巻きに縛られ、数珠つなぎで神官に引っ張られて歩いていく巡礼団……。
「あっ、見た目におかしい!」
「普通最初に気づくだろ!?」
セシルも“そう言えば……"と言う顔で呻く。
「ココに手ひどくやられたら観念するヤツばかりだったから、こちらが誰かわかった上でやってるという発想はしてなかったな……」
ウォーレスも額を押さえている。
「聖女様のお仕置き後にまだ抵抗する気力があるヤツが、今までそもそもいませんでしたからね」
「なあココ、おまえ聖女って仕事で何やってんだよ?」
「きいてのとおりだ。信頼の高さは大したもんだろ?」
“じゃあどうしよう”という感じに皆が黙り込んで悩み始めたので、念のためジャッカルは一つ提案してみる。
「……荷物に偽装したらいいんじゃねえの?」
荷馬車にダミーを積んで人目をごまかし、奥まったところに捕虜を載せる。それでとりあえず一般市民の目はごまかせるのではないか?
ジャッカルの“冴えた”アイデアにココが指を鳴らした。
「さすが密輸で稼いでいるだけあるな、ダニエル!」
「王宮の人間の前でとんでもない嘘を言うんじゃねえよ!? うちに国外から抜け荷を運べるような組織力があるか!」
「そんな情けないことを大声で宣伝して、自分で言ってて悲しくならないか?」
「誰のせいだと思ってやがる……!」
セシルが諦念を浮かべて会議を眺めている頭目に笑いかけた。
「良かったな、何とかなりそうだぞ」
「……荷物扱いを宣告されて、待遇が良くなったと喜んでいいのでしょうか」
◆
王子様を帰りも歩かせるわけにも行かないので、セシルの出発は馬車が迎えに来てから、らしい。ココはさり気にそのまま逃走しようとしたが、さすがにウォーレスはそこまで甘くなかった。その結果、二人は並んで撤収作業を見物している。
「なあ、セシル」
「なんだ?」
「どこに行ったんだか知らないが、ナバロを連れて行かなかったのはヤツもクサいということか?」
ココの前置き無しにいきなり核心を殴りつける質問にも、セシルは全く平静だった。
「そこまでは言わないが、試したのは確かだ」
「で、どうだった」
「今回の件はナバロじゃないな。アイツに流した偽情報とは別だった」
「じゃあヤツは白か」
「いいや」
何とも言えない微笑を浮かべてセシルがゆっくり首を横に振った。その顔の浮かぶ笑みは寂しそうとも諦めともとれる優し気な微笑みだった。
「黒ではない。今日に関しては」
無言で待つココに応え、セシルは先を続けた。
「外国と戦争するのは気が楽だよな。“悪いヤツ”が外から攻めてきて、国を守るという大義の為に王も民も一致団結して戦うんだ……でも、身内の争いはなぁ。特に今回みたいな同じ家の中で殺し合いとなると誰も信用できなくなる。親兄弟も、重代の家臣もな。子供の頃から真心を尽くして仕えてくれた忠臣が夜討ちに来るんだぞ? そうなるのをわかった上で平気で家を割れるんだから、叔父上もずいぶんと豪胆だ……それとも他人がどうなろうと興味が無いのかな」
「最終的には信用できるのは自分だけか」
「それもわからんな。俺だっていよいよ断崖絶壁に追い詰められれば、矜持も護りたい物も捨てて叔父上の靴を舐めるかもしれない。そうならないよう勝者にまわれるのを祈るばかりだ。とにかく一事が万事、そういうところさ……宮廷ってのは」
「おまえ、よくそれで私を近づけるな? 生まれも育ちも最悪、王子も教皇も平気で殴って判断基準が金の女だぞ?」
ココの突き放すような言葉にセシルは喉を震わせて噴き出した。自虐ネタだと思ったらしい。
ココとしては正直な話をしたまでなので、変にジョークと取られても困るのだが。
「なんでかな、おまえはそういう枠の外にいると思えるんだ。そう、なんというか……ココが敵対する場合、寝首を掻くんじゃなくて正面から棍棒でぶん殴ってくる気がする」
「リクエストとあらばやぶさかではないが、その言い方はなんか私がバカにされている気がする……」
「ハハハハハ!」
護衛騎士が呼ぶのを見て、セシルが腰を上げた。
「しばらくはこの騒ぎがどうなるかわからないから、今までほどは会いに行けないと思う」
「二度と来るな」
「ホント、おまえのそういう歯に衣着せぬところが愛おしいよ。それではな」
何を言おうと一向にへこまないで愛を囁く王子様に、背中に石を投げてやろうかと思いながらココは去っていくのを見送った。
「聖女様、こちらも馬車の準備ができましたよ……どうしました?」
「ん? いや……王子ってのも嫌な商売だよな」
「どんな仕事だってつらいものですよ」
「いや、そういう意味じゃ無くてな?」
修道院に戻ったら、また鬼ババアが待っているんだろうなあ……いっそ強行突破で逃げちまうかと思いながらココが立ち上がると、何故かウォーレスがココの手を取った。
「?」
ウォーレスはココに手枷をはめると、走って逃げないように足枷まではめる。
「おいウォーレス、これは何の真似だ?」
「真面目で女性に優しく人当たりの良さが売りの私としましては、聖女様にこのようなことをするのは大変心苦しいのですが……今日と言う今日は簡単にはすまさんと、教皇聖下もシスター・ベロニカも大変お怒りでして。私が八つ当たりされてはたまりませんので、厳重に監視の上で大聖堂までお連れします。いやあ、つらい仕事だ」
「これおまえの意趣返しは本当に入ってないのか!? ていうか今日のババアはそんなにヤバいの!? そうだ、エッダの姉御の所に忘れ物をしてきたんだった! せっかくだ、郊外までドライブしながらゆるりと帰ろうぜ!」
「よし、超特急で帰るぞ。修道院長が首を長くしてお待ちかねだ」
「なあ、おいウォーレス!? 気持ちのいい天気じゃないか! まっすぐ帰るのはもったいないぞ! なあ!?」
ココを載せた馬車は街の真ん中の大聖堂へ向けて、西日の中を勢いよく走り出した。