第56話 聖女様はお友達を誘います
物陰から地上に降りたココとセシルはしばし立ち止まり、息を整えながら周囲の空気を探った。
相手がプロの暗殺者だと気配を探っても無意味かもしれないが、一応は近くにそれらしい感じはしない。
「あの様子だと息継ぎの荒い呼吸音を隠せてるとは思えないけどな……セシル、どう思う?」
「一応追って来る奴らは撒いたとみていいだろうな。だがそんなのは奴らだって判ってる。あの手の連中は失態を隠すよりは切り替えて善後策を練るはずだ。おそらく……まだ人数に余裕があって、広範囲からの包囲に切り替えたんだろう」
「どこからそんな大掛かりな暗殺団が湧いて出たんだ……」
「それについては危険が無くなったら話してやるよ。こちらが勝てば、一人二人は捕まえられるだろう。確証が得られるはずだ」
「わかった、きちんと話してもらうからな。もしその時にごまかすようだったら……」
「だったら?」
「捕まえた連中への見せしめに、まずおまえを拷問する」
「……おまえの残忍な手口を目の当りにしたら、奴らも恐怖で竦み上がるだろうな」
ココはそっと物陰から通りへ出ると、セシルに続くように手招きした。
「取りあえず近くに知人の家があるんで、そこへ転がり込んで協力を頼もう」
気軽に言うココの様子に、懐疑的な顔でセシルは眉をひそめた。
「そいつは信用できるのか? 暗殺者に追われているなんて言ったら断られるんじゃないか?」
この付近の住民だから信用しないというわけではないが、命の危険を押してまで友情を優先してくれる者は少ない。アテにして駆け込んだ知人が素早く損得を計算して、相手にこっそり売られたら最悪だ。圧倒的に不利な今の状態では、他人を頼るのは余計に危ない。
王子の懸念に、ココは心配ないと笑って見せた。
「大丈夫大丈夫。アイツらはそもそも信用できないから、だから連中を連れたまま駆け込んで無理やり巻き込んでやる」
「疫病神もいいところだな、おまえ」
「神の代理人だそうだからな、私は」
そんなことを二人が話していると、通りの先に現れた黒衣の男が後ろの仲間に叫んで知らせているのが見えた。
「おいおい、闇の者が怒鳴って連絡取りあってるぞ? あっちもなりふり構わないところまで追い詰められたようだな。可哀想に」
「それをやったのがおまえだろ」
「私だけのせいにするなよ、ターゲット」
◆
新規事業の報告を受け、ジャッカルは満足そうに頬を緩めた。
「やっぱり酒の流通に一枚噛むと、黙っていても金が入ってくるな」
「飲むヤツは絶対に飲みますからね、へへへ」
問屋から居酒屋へ酒が流れる際に、仲卸の名目でジャッカルの率いるギャング団『広場』が間に挟まるようにした。営業をしている実態は無いが、中抜きする金額は抑えているので問屋も居酒屋も文句も言わずに払ってくれる。売り上げに比例している分、ショバ代としては良心的なほうだ。
ジャッカルは機嫌よく自分と部下のジョッキにワインを注いだ。売上好調を祝して、水で割らずに濃いままだ。
「あとは麦の売買にもつっこみたいところだが……あっちは王都全体の穀物商組合の力が強いからなあ」
「卸しじゃなくて運搬の護衛とかって言えやせんかね? この辺りで『広場』の看板に歯向かう奴なんかいねえっすからね」
「おっ、それいいな!」
ジョッキをぶつけ合い、ジャッカルたちが笑ったところで……アジトの扉がいきなり開いて、ココがズカズカ入ってきた。
「よっす、久しぶり」
「ギャアアアアアアッ!?」
ココにセシルが案内されたのは、酒蔵みたいな室内に多数のならず者がたむろしているギャングのアジトだった。
(知人……ねえ)
普通の婦女子なら身の危険を感じて、この前を通るどころか周辺にも近づかなさそうなものだが……。
「よっす、久しぶり」
「ギャアアアアアアッ!?」
ノックもせずに入ったココが馴れ馴れしく声を掛けたら、リーダーらしき若い男が魂消るような絶叫を上げて座っていた木箱から転げ落ちた。周囲を見回せば、その他の者も引きつった顔で壁に張り付いている。
過去にどういう経緯があったのか知らないが、身の危険を感じているのは連中の側のようだ。さもありなん。
「大した歓迎ぶりだな」
「地元に愛されるココちゃんだからな」
いきなり訪ねてきた聖女様のおかげで心臓が止まるかと思ったジャッカルだったが、手元のワインを一息に飲んで何とか落ち着いた。
「コ、ココ……おめえ何しに来た!?」
「なんだ、ご挨拶だな。私が何をした」
「何をしたじゃねえだろ!?」
二人のやり取りを聞いて、聖女(笑……えない)の後ろに立ってるイケメンがスパイシー・ココの肩をつついた。
「おいココ、どう見ても協力を頼めるような雰囲気じゃないんだが……」
その通りだ。後ろのアンちゃんはまだ常識があるらしい。ジャッカルは話の通じる人間がいるのでちょっと安心したが……連れの心配に、ココがあっけらかんと答える。
「それは気にするな。こいつらが乗り気かどうかはこの際どうでもいいから」
「気にしろよッ!? 大事なとこだぞっ!?」
さらりとトンデモないことを口走った最悪の聖女は、ジャッカルのツッコミも無視してさっさと話を進め始めた。
「あんまり時間も無いから単刀直入に言うが」
「……なんだよ」
敢えて渋い顔を見せつけてジャッカルは二杯目の酒をジョッキに注いだ。こいつの相手は、本当に酒でも入ってないとやってられない。
ココはジャッカルの仏頂面を何とも思ってない顔で、後ろの青年を指した。
「実はダニエル、私が連れてきたコイツは王太子をやってるセシルって男でな?」
「ブッフォッ!?」
「いきなり噴き出すな、汚いぞ」
「いや、おま!? なに当たり前みたいに言ってくれてるの!? ここは無法地区だぞ!? しかもギャングのアジトに王子を連れて来るとか!?」
「くだらんことに驚くな、話が進まないだろう。こいつだって同じ王都の住民だ、見おぼえないか? 時々大通りですれ違ったりしてるだろ?」
「無い無い無い無い!」
ジャッカルの激しい否定を見て、本当に不思議そうに首を傾げるココ。なぜ不思議に思うのか。
だが時間がないと言ったのはココの方なので、彼女はその話は終わりにして本題に入った。
「それでコイツ、すぐそこで暗殺されかかってな」
「ああ、そうかい」
治安の悪い所に標的を引き込んで殺す。ありえない事ではない。
「暗殺者の集団にまだ追われてるんで、おまえらちょっと撃退を手伝え」
「帰れーっ!」
ココが寄ってきて間近からメンチを切ってくる。
「おい、コラ。時間が無いって言ってるのに人に説明させといて、なんだその返事は?」
「おまえが勝手にしゃべったんだろ!? なんで俺たちが手伝う義理があるんだよ!?」
「いざという時は地域の皆様を守りますっつってショバ代集めてるんだろ? いざという時だから働け」
「おまえら地域の住民じゃないじゃねえか!」
「おい、ココ」
言い争っているところに割り込んでくる王子様。扉の横で僅かな隙間から外を見ている。
「そろそろ時間切れだ」
「そうか……というわけでダニエル。おまえの返事がどうであろうと、今すぐにでも殺気立った暗殺者の皆さんがここに突っ込んでくる」
「なんだと!?」
「協力しないって言うんなら、私たちも逃げなくちゃならないんで裏口からそっと退散させてもらうわ。後は連中と好きに遊んでくれ」
「待てよ!? お、俺たちは無関係だぞ!?」
「でも、この建物に入っていくのを見られているしな~? ゆっくり奴らが話を聞いてくれればいいけどな~。だけどな~、さっきからちょっと煽っちゃっているもんでな~。やれやれ、人の話を聞いてくれるかな~」
全然焦っている様子の無いココの脅し文句に、ギャングたちは聖女が入ってきたその時から既に自分たちは嵌められていたことを悟った。
血の気の引いた顔で黙り込む男たちに、右に傾けていた頭を逆側にコテンと倒し直した聖女様がもう一度聞いた。
「で、返事は?」




