第26話 聖女様は良い方法を考えました
馬を診ていた御者が頭を掻きながらココとナタリアに報告した。
「すっかりへたばってますねえ……しばらく休ませませんと、多分ふもとの町まで持たないと思います」
「そうか……」
当たり前と言えば当たり前だが。
葱袋の重さに耐えかねたナタリアよりも。
荷崩れで押し潰されそうだったココよりも。
普段は人間三人しか乗らない馬車を引いていた馬が、真っ先に倒れた。
何度もアップダウンを繰り返す山道で通常の何倍もの重さを引くのに耐えかね、小川のほとりで小休止をしたら馬はそのまま立てなくなってしまった。今は川の水を飲んではボーっと空を見ている。無茶ぶりをする職場に嫌気が差して転職を考えているのかもしれない。
ココの聖心力で強制的に回復をさせる手はあるが、それをやれば疲労は治るけどその分の体力を消耗させる。解毒や呪法返しと違い、単純な回復は体内のエネルギーを無理矢理燃やすしか治す方法が無いからだ。一時的に瞬発力を補っても、長い目で見ればむしろ持久力を損なう。
「それをやっちゃったら、結局はすぐバテるだけなんだよなあ……仕方ない、馬が治るまで休憩するか」
ココの指示に騎士たちも、自分の馬を一旦荷物を下ろして休ませ始める。鞍だけならともかく、農産物を括りつけたままでは彼らも休憩にならない。
馬たちの様子を見て、護衛の指揮官が提案した。
「聖女様。このままではどうみても、麓の町まで馬が持ちません。もったいないですが貰い物は半分ここで捨てて行きましょう」
荷馬車がいない時点で、この量を運ぶのは無理だと主張する。
「そうですよね……ココ様、残念ですがウォルサムさんの言う通りで……」
ナタリアもさすがに捨てるのは気が咎めるけど、馬が立ち往生している現状ではどうしようもないと賛成に回った……しかし。
「イヤだ! せっかくもらった物を無駄にしてたまるか!」
ココだけは大反対。
「喰えるものを捨てるだなんて涜神的な行為を、聖女の私がするわけにはいかない! ナッツ、そんなんで女神様に顔向けができるか!」
「こういう時だけ、なんで敬虔な信徒になるんですか……」
強硬に反対、というかとにかく無駄が嫌だと叫ぶ聞き分けの無いココ。
「そんなことを言っていたら、この場所から身動き取れませんよ」
「それは判っている。判っているけど……私は聖女である前に、心正しきケチでありたい!」
銅貨一枚を惜しむココだ。馬車半分の食料を捨てられる訳が無い。
「その前に理性を持ってください……」
気持ちは判るけど、じゃあどうするという話になる。どう説得しようかナタリアが悩んでいると……。
「あのー……お話し中、すみません」
若い騎士が口を挟んで来たのでココとナタリアがそちらを見ると、騎士は自分の馬を指し示した。
「捨てるんだったら、コイツに食わしてやってもいいですかね?」
見れば彼の馬は、自分が積んでいた袋をじっと見つめて動かない。その袋の口からは、ちょうどニンジンが顔を出している。
「ココ様どうです? お馬さんにあげるのなら無駄にはなりませんよ」
渡りに船とナタリアがココを振り返ったら、ココもその馬を見つめていた。
「そうか……喰っちまえばいいんだな」
若者の提案に乗って、まず五頭の馬にニンジンや葉物野菜をたらふく食わせてやる。思いがけない御馳走にモリモリ食べ始める彼らの次は、人間だ。
「ココ様、正気ですか!?」
ナタリアの金切り声に平然と返すココ。
「正気も何も、荷物を減らせと言ったのはナッツじゃないか。おい、その短剣貸せ」
小川で洗った適当な板をまな板代わりに、ココはさっき村長にもらったオーク肉を出して短剣を握った。
「聖女様、俺の短剣をペティナイフにしないで下さい! 肉の脂がまわっちまいます!」
「どうせ肉切り包丁だろ? 敵を斬るか肉を斬るかだ、大して変わらん。あとで研いどけ」
「そんなあ……!」
肉や芋を適当に切り始めたココは辺りを見回し、騎士が腰から下げた細剣に目をつけた。
「ジョナサン、ちょっとそれ貸せ」
「……何に使うか、聞いていいですか?」
「見て判るだろう? バーベキューには串が必要だ」
「火にくべたら焼きが回ってナマクラになっちゃいますよ!? 枝を削って串を作りますから勘弁してください!」
「あと確か、おまえたち塩分の補給用に岩塩持ってるよな? 全部出して削れ」
「あの、騎士の嗜みで携行はしていますけど……持ってるだけだからいつのか判らないですよ?」
「無いよりマシだろ? おまえ味付けしてない方が好きか?」
周りに迷惑をかけながら、てきぱきとバーベキューの準備を進めていくココ。取り巻いて呆然と眺めているお付きたちの視線に気づくと、串を振って促した。
「おまえたち、どんどん準備してどんどん食べないといつまで経っても帰れないぞ?」
そう言いながら、肉・芋・野菜を交互に刺した串をかざして見せる。
「王都じゃ高くて下々の口には入らないオーク肉。その中でも特に美味しい脂の乗った部位を村長が持たせてくれたんだが……」
このメンバーの中で唯一味を知ってるナタリアが、思わずよだれが出そうになって慌てて口元をぬぐう。さっきはグロくて吐きそうになっていたけど、肉になっちゃうとやっぱり食べたくなるらしい。
「よく考えたら、持って帰っても修道院の人数じゃ晩飯のスープにちょびっと入って終わりだよな。でも、この人数だったらたっぷりと飽きるまで食えるぞ?」
そこまで言ったココが、反対の手で陶器の大ぶりな瓶を持ち上げた。
「さらに、さっき荷物を確認していたら……自家製の酒も一緒に積まれていたんだが」
◆
「そうですか……それは大変でしたね」
ウォーレスの言葉にココも頷いた。
「うむ。なんとか馬車を出せるように努力していたところだったんだ」
「なるほど」
一回頷いたウォーレスが周りを見た。
とっぷり日が暮れた休憩地。通常だったらそこは人っ子一人いない場所で暗く静まり返っているはずなのだけど、今は多数の松明が行き交い人々の声で騒がしい。
予定を大幅に過ぎても聖女の一行が戻らないので、緊急事態と判断した教皇庁が聖堂騎士団を捜索に派遣したのだ。
教皇秘書のウォーレスが率いる捜索隊は予定ルートを逆行しながら目撃情報を聞いて廻り、目的地からそんなに離れていない山の中でキャンプファイヤーをしている聖女たちを発見した。
一行の無事を確認できてほっとできたのは良かったものの……。
「聖女様。立ち往生したのなら、なぜ騎士を一騎伝令で送って街の者に救援を求めなかったのですか」
ココが麓の方を眺めて顎を撫でた。
「……そういう手もあったか」
「あったか、じゃないですよ! 教皇庁では今も大騒ぎなんですからね!? 帰着時間を大幅に過ぎても連絡一つ入らず、非常事態かと騎士団を動員して探しに来たら……遭難したと思った人間が呑気にバーベキューで酒盛りをしているのを発見した時の我々の気持ちが判りますか!?」
「すまんすまん、ウォーレス。悪気は無かったんだ」
「百歩譲って、食べて減らそうとしたのまでは理解したとします。でも、酒盛りは必要でしたか!?」
「せっかくお土産に入れてくれていたし、飲めば食が進むかと思って」
「その結果騎士と御者がどいつもこいつも足腰立たなくなって、魔物の出る森で野宿のつもりだったって……本末転倒もいいところですよ!」
ウォーレスのお小言に、ココと一緒に立たされている騎士の一人が弁解する。
「そ、それは……ワインだと思ってたら、まさかの火酒だったものですから。しかも自家製で怪しいヤツだから、気が付いた時にはみんな馬に乗れるような状態じゃなくなっちゃって……」
「一口飲めばわかるでしょうが! それで仕方なかったですねと私が言うとでも!?」
「すみませんっ!」
「まあまあウォーレス、私の顔に免じて」
「あなたが主犯なんですよ! 他人事みたいな顔をしないで下さい!」
撤収準備ができたと報告が入り、怒り切れないウォーレスもお小言を切り上げた。最後に、小さくなっている護衛と御者を厳しく睨む。
「すでに早馬は送っていますから、大聖堂では騎士団長がイライラしながら待っていることと思います。あなたたちはそちらでたっぷり叱られてください」
「ははっ!」
「可哀そうになぁ」
「だから聖女様も他人事みたいに言わないで下さい! ……まあ、聖女様は管轄が違いますので」
含むところのある物言いから、危険を察知してとっさに逃走を図ったココの襟首をウォーレスが掴んだ。
「聖女様。修道院ではシスター・ベロニカが、聖女様が無事にお帰りになるまで起きて待っているとの事です」
「は、はは……先に寝ていてくれていいのにな」
助けを求めてココがナタリアを目で探すと、お付きの修道女は既に死んだ魚のような目をして馬車で待機している。その姿はまるで死刑囚が運命を覚悟して護送馬車に乗っているかのよう……。
ウォーレスがニタリと笑った。
「修道院長は大変心配されていましたので……遅くなった原因を自分で報告して下さいね?」
辣腕秘書はそれだけ言うと暴れる聖女様を馬車の中へ放り込んで、外からしっかりと鍵をかけた。




