第25話 聖女様は喜捨を断りません
聖堂騎士の指揮官は困った顔で前髪を掻き上げた。
「シスター・ナタリアにあれだけ執着している以上、逃げる手は使えませんね。奴らは絶対に追い縋ってきます。下手に動けばその瞬間に走って来るでしょう」
「かといって戦うのもなあ……」
「戦力が足りませんね」
「いや、そんなことは無い。相手は魔物だし、私が聖心力を出せば十分イケるんだが……」
そう。
一応貴人ということで護衛は付いているけど、実は魔物相手ならこのメンバーの中ではココが一番強い。なにより聖職者でありながら暴力を振るうのに全く躊躇しないココなら、オーク三匹ぐらい何とでもなる。
そして本当は聖心力って対魔物だけじゃなくてあらゆる暴力に使えるので、人間相手でも容赦ないココはオールマイティに一番強かったりする。
ココは戦力差と別の理由で、オークを倒すのは気が進まなかった。
困って腕組みしたまま、首をこてんと横に倒す。
「ナッツにせっかく人生最高のモテ期が来てるのに、私がファンを皆殺しにしちゃうのもなあ」
「まだ言いますか!?」
◆
“慰問に来てくれた聖女様が、村を悩ましていたオークまで退治してくれた!”
ココが村の存亡にもかかわる魔物の襲来をあっという間に片付けたので、村人たちの歓迎もいつも以上に熱烈なものになった。
「聖女様、本当にありがとうございます!」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
感激する村長の何度目か判らないお礼に、そろそろ返事がめんどくさくなって来たココの袖をナタリアが引っ張った。
「ココ様。予定とだいぶ狂ってしまいましたので、そろそろ失礼しませんと……」
「ああ、そうですね! すっかりお邪魔してしまいました」
ナタリアがちょうど言い出してくれたので、ココもこれ幸いと乗ることにした。
他人に感謝されるのはちょっと気持ちいいし、久しぶりに暴れられたのですっきりもしたんだけど……いつまでもくどくどお礼を言われるのはめんどくさい。
村長は露骨にガッカリした顔をした。
「そうですか……今パーティの準備を進めていたのですが」
「まあ! 残念です。せっかくでしたのに申し訳ございません」
(いやオヤジ、私だって御馳走は喰いたいけどさ……それ完全に泊りコースになる流れじゃないか)
庶民の気楽な大宴会には確かにココも後ろ髪惹かれるものはあるのだけど……今からパーティの準備を始めていたら、乾杯する頃には陽が落ちている。田舎の父つぁんの時間感覚に合わせていたら、とてもじゃないが帰れない。
今日の予定は日帰りでスケジュールが組んである。遠隔地なので、教皇庁に予定変更の連絡をすることもままならない。
ココとナタリアは目配せし合うと、まだなんだかんだと言う村長を急き立てて腰を上げた。
「では、そろそろ……」
「いやあ、名残惜しいですなあ! それにしてもさすが聖女様で……」
(その話、五回目だぞ爺さん!)
さらに村人からの感謝や惜別の挨拶を延々されてなかなか馬車を出せないでいたココのところへ、一旦どこかに行っていた村長が戻って来た。
「聖女様、歓迎の宴会をできなかったので、せめてこれを持って行ってください!」
村長が何か大きな包みを持っている。
「まあ、わざわざすみません!」
(おっ、手土産とは気が利いているじゃないか村長!)
このオヤジの話の長さにはうんざりしていたけど、この機転は褒めてやる。
ココちゃん現ナマ主義だけど、金が無かったら物でくれるのも嫌とは言わない。
差し出された包みをいそいそ受け取る。そして、重くて大きいけど妙にグンニャリしている感触が気になった。
「……あの、これは何ですか?」
「はい、もちろん」
村長はいい笑顔で親指を立てた。
「さっき倒してくださったオークから、いそいで一番いい部位を切り出してきました!」
村長に手渡されたデカい包みを一応開けてみたら、確かにフレッシュなお肉のどでかい塊が入っていた。
さすがのココも市場で生肉は盗んだことは無い。しかもこんなでっかいの。
珍しく目を丸くしているココに、急いで解体をやってくれた猟師が血まみれのハンティングナイフを手に照れて見せた。
「なかなかうちみたいな辺鄙な村じゃあ、聖女様に献上できるような特産物も無くって。せっかく来ていただくのに手土産の一つも渡せねえ、はあ、どうすべえと思っちょったんですが……ちょうどオークが出て来よって助かりました」
田舎あるある、その一。喜捨が物納、しかも生モノ。
「わっしも久しぶりですが、やはり野生のオークは養殖の豚あたりとは身の締まりが違います。ぜひ持って帰って下さい」
「……あ、どうも、ありがとうございます……」
生肉を渡されると思わなかったココが愕然としていると。
「おい、オーク肉なら一緒にポロネギ煮るとええんでねえか? ちょうど今朝畑から抜いたのが……」
「えっ? いやあの」
田舎あるある、その二。家の畑で採れた物を持たせたがる。
ココが言い淀んでいる間に、他の村人たちも騒ぎ始めた。
「焼くのもいいべや。一緒に焼く芋を……」
「そんなら、うちの自慢のニンジンが……」
田舎あるある、その三。誰かが言い出すとみんなやる。
「王都の教会にはたくさん人がいるべさ」
「だったらもっとあった方が良いべな」
田舎あるある、その四。物量は正義。
(ココ様、なんだかすごいことに!? 断った方が良いですよ!)
(言えるか!? この状況で!?)
向こうは好意で言ってるだけに、余計タチが悪い。
ココとナタリアがオタオタしている間に、村人たちはワアッと散らばって行ってしまう。
そして、自宅から次々と収穫物を持ち寄り始めた。
「それでは聖女様、教皇様にもよろしくお伝えください」
「はい、承知しました。色々もらってしまって」
「いえいえ、自慢の作物ですから是非食べて下さい」
良いことをしたと奇妙な充足感に満たされて笑顔の村人たちに別れを告げ……出発した馬車の車内で、ナタリアが悲鳴を上げた。
「ココ様、これやっぱり無理でしょう!?」
馬車の中は農作物で埋まっている。
ギリギリ何とか作ったスペースに座っているナタリアは、置き場をどうしても捻出できなかった葱の詰まった袋を二つ膝に乗せている。重くて太腿が王都まで持ちそうにない。
「ナッツなんか良い方だぞ! 私を見ろ!」
ナタリアの目の前に突き出されたココのお尻がそう叫んだ。上半身は芋の箱と天井の隙間にはまり込んで見えない。これたぶん、ナタリアに足を引っ張ってもらわないと降りられない。
もらった喜捨を全部積んだら、ココちゃんを積む場所がそこしかなかったのだ。もう聖女の威厳もへったくれもない。馬車の窓が小さくて、乗り込んだ後の姿を村人たちに見られないで良かったとナタリアは思った。
ココが唸る。
「貴人用の馬車だから箱が小さいのが災いしたな……」
「そもそも荷物なんか積み上げる車じゃないですからね!?」
「御者席にも一部載せてもらうか?」
「あちらも木箱が二つ載ってます」
どう考えても車内にお土産の逃がし場所がない。
「じゃあ、護衛の連中の馬にも積んでもらえないかな」
「あちらもデカい袋を括りつけられていました」
皆で分担も出来ない。
「……私、このまま隙間に詰まって王都まで帰るのかな」
「私もココ様のお尻とずっと会話しながら行くんですか?」
ココは積み木遊びの駒になっていて。
ナタリアは葱に押し潰されそう。
ココがポツッと呟いた。
「もしかして……無理がある?」
「出発前に気づきましょうよ!? どう考えても積み過ぎですよ! 断ればよかったじゃないですか!」
「あの中で断れたか!? これは欲しいけどこれはいらないなんて言えたか!?」
「じゃあせめて、途中通る町の教会で下ろしていきましょう!」
どこにでもあるゴートランド教会。
「聖女様からの施し物だって言えば喜びますよ。孤児院があれば食費も助かりますし」
順当な妥協案だけど、真正のケチであるココは拒否。
「私がもらったんだぞ!? なんで通りすがりのヤツに喜捨しなくちゃならないんだ!」
「そんなこと言ったって、この状況で長距離は無理でしょう!? ココ様その姿勢であと何時間耐えられます!?」
ナタリアの反論に木箱の間で身動き取れないココの尻が、一旦静かになって……独り言を漏らした。
「……私、キャビンの屋根に乗っていこうかな」
ナタリアは想像してみた。
王都の街並みの中。
荷物が重すぎてとろとろ走る馬車の屋根の上に、あぐらをかいて座っている聖女様……。
「絶対ダメです! そんな姿を町の人に見せながら帰るんですか!? 思いっきり教皇猊下とシスター・ベロニカに叱られます!」
「じゃあこのまま行くのか!? さっきから横の箱がずれて来て、私押し潰されそうなんだけど!?」
「だからもらい過ぎだと、先ほどから何度も……!」
言い争いはなかなか収まらなかった。




