第12話 勇者様はついに魔王と対面します
「うう、ゴブさん……」
「惜しく思うのは彼だけなんですか? ねえ勇者様、それでいいんです?」
「うるさいな、仲間を失った余韻に浸らせろよ」
階段を上がり切ったココとウォーレスの前に扉が現れた。もう誰に聞かなくても分かる。ここが魔王の玉座の間だ。
見た目は何気ない扉だが、その向こうから禍々しい気配が漏れ伝わってくる。間違いなく、この向こうに魔王がいる。
「いよいよ、魔王の前に出るのか……!」
「ええ。勇者様、覚悟を決めていきましょう!」
最終決戦に臨むとあって、勇者たるココも手の震えが止まらない。扉越しに伝わるプレッシャーのあまりの圧の高さに、どうしても扉を押すことができない。
「ハ、ハハハ……現実ではドラゴンの口に飛び込みまでしたのに、夢の中で扉一枚開ける勇気が出ないなんてな」
「どうしました、勇者様」
「なあウォーレス、こいつはそう簡単に開けられそうにないぞ。やっぱりもっと人数連れて来てさ、準備万端で臨んだ方が良くないか?」
「おや? この扉、鍵かかってないですよ。ラッキー」
「おまえ、人の話を聞けよ!?」
能天気なウォーレスを慌てて止めようとしたけど、もう遅い。どんどん入って行った悪の魔法使いの袖を引いていたココは、引っ張られた勢いで一緒に入室してしまった。
「あ、今何か言いかけました?」
「遅せえよ、バカ野郎!?」
◆
うっかり入ってしまった魔王の謁見の間は、意外なほどに小さかった。
大きな窓からは陽光がたっぷりと降り注ぎ、飾り気のない質実剛健な部屋を明るく照らしている。
……それでもなお、鳥肌が立つほどのゾッとする冷気がココの肌にまとわりつく。
この空気。
ココは鳥肌が立つくらいぞわぞわ来るこの感触に、おぼえがあり過ぎる。
「うっ!? これ、絶対……」
間違いない。
(夢の中だけど)現実を見たくないが、それでも予感が本当なのか確かめねばならない。
恐る恐るココが顔を上げると。
思った通りの場所に。
思った通りの魔王が。
玉座で足を組んで、いつもどおりふんぞり返っている。
「……やっぱり」
「やっぱり? 今度は何をやらかしたのですか?」
恐怖の大魔王の視線に射すくめられ、ココは力なくウォーレスの袖を引いた。
「どうしました勇者様? さあ、今こそ魔王にとどめを!」
「ごめんなさい。勘弁してください。アレは無理です」
「勇者様!? ここまで来といて何を言うんですか!」
「そう思うんならおまえが自分で退治して見せろ、ウォーレス!」
「嫌ですよ!? そんなことをしたら、私が目を付けられるじゃないですか!」
夢の中だろうと、アレだけはダメだ。
「今こそ普段コテンパンにやられている恨みつらみを返すときじゃないですか! 何いざとなったらビビっているんですか!?」
「この苦手意識は理屈じゃないんだよ! お前だって分かるだろ!? 中途半端にやり返して後でしっぺ返しがどれだけ来るか!」
「だったら徹底的にやればいいのに」
「それで折れるようなババアだったら、ジジイがあそこまで遠慮してるわけないだろ! 正論と自分勝手が絶妙に同居してるこのババアを曲げられるヤツがいるか!」
「その辺りが勇者様とどこか似てるんですよね。同族嫌悪ですか?」
「うるさいわっ!」
◆
魔王を倒す手柄をココとウォーレスが必死に譲り合っていると、コツコツと靴音を立てて新しい人物が入って来た。
「ん? まだ誰かいる?」
国王に魔法使い、紐ビキニ修道女、愛の狩人、魔王、その他大勢。ココが思いつく限りの知り合いと配役はもう出尽くしたはず……。
疑問に思ったココが足音のほうに顔を向けたら、そこにはエレガントなドレスをまとった美しい姫が感激の面持ちで佇んでいた。
「おお、勇者様! 助けに来て下さったのですね!」
「…………いろいろ言いたいことはあるんだけどさ」
ココはつかつかと近寄ると、抜いたすりこぎで“囚われの姫君”の頭を引っぱたいた。
「なんでおまえがその役をやってるんだよ、セシル!?」
「なんでも何も、それはお……ボクがやっぱり美しすぎるから、かな?」
「そういうキャラはさっき出てきたよ、もう!」
ココは男の娘なお姫様をもう一発どついてから、国王の側近の襟首を捩じり上げた。
「おいこら、ウォーレス! ナッツたちが最初にセシルなんて知らないって言ってたぞ!? これは何なんだよ!?」
「おおーっ、姫! ご無事で何よりです! 勇者様、こちらが魔王に囚われた我がビネージュわくわくドリームランドの姫君、セシリア姫です」
「子供が謎かけやってるんじゃないんだぞ!?!」
「今回は顔を見ないで済むと思ったのに……」
これ以上はない不機嫌ヅラの勇者様を抱え込み、“セシリア”姫が頬ずりする。
「もうココったら、嬉しいくせに素直じゃないんだからぁ」
「おまえはなんでそんなふざけた恰好したままで、女を口説けると思うんだ……!?」
「いやいや。おまえは“女”じゃなくて、“ココ”枠」
「それはもういい!」
元々おかしな夢だけど、どんどん収拾つかなくなってきた。
もうココは睡眠時間が短くなっても良いから、このわけの分からない悪夢から抜け出したくて仕方ない。
「ああ、もう! とにかく誰か、状況を整理してくれ!」
「分かりました」
妙に冷静な返事が返って来たのでココが発言者を見ると、恐怖の大魔王が自分の目の前の床を指した。
「とりあえず私は今機嫌が悪いので、全員そこにお座りなさい」
ピシッと音を立てて硬直するココ、セシル、ウォーレス。
「どうしました? 早くしなさい……まさか、これ以上怒らせたいのですか?」
……しまった。いつものが始まっちゃう。
黙ったまま百面相をしながらあれこれ考えたココは、両側の二人が余計な事を言い出さないうちに手を打った。
ウォーレスを指さす。
「シスター・ベロニカ」
「なんですか」
「引率不行き届きなウォーレスが代表して罰を受けると言っている。コイツをあげるから、今日のところは勘弁してください」
「そうですか」
「勇者様!?」
悪の魔法使いを魔王に売り飛ばすと、ココは“お姫様”を見た。
「おいセシル」
「セシリアですわ」
「おまえスカートはいてるけど、もしかしてパンツも女物?」
「おいおいココ。いつも人を変態呼ばわりしときながら、おまえもパンツに興味津々なんじゃないか。興味があるなら自分で見てみたらぁ? ん?」
「そうするわ」
「えっ!?」
ココは反応できないセシルのスカートを顔色一つ変えずにめくると、パンツを引きずり下ろし、鞘から抜き放ったヌルヌル芋を勢い良く……。
「あ゛ーっ!?」
◆
「ココ様? 朝ですよー」
ナタリアに起こされ、ココは眠たい目をこすりながら起き上がった。
「あ、服着てる」
「はいっ!?」
「ナッツが服を着ているということは、私は現実に起きたのか」
「ど、どうしたんですココ様」
「んーん、なんでもない」
ココはまだ重たい頭を振ってベッドから降りると、ナタリアが用意してくれた洗面器で顔を洗った。
「んー? あれ?」
「どうしました? またいつもの夜更かしですか?」
「あー、いや……なんか変な夢を見ていた気がするんだけど、内容を忘れちゃった」
「ああ、良くありますよね。起きた途端に夢が思い出せないの」
朗らかに笑いながらココの着替えの支度をしているナタリアを見つつ、ココはもう一度ベッドに腰かけてじっくり考えてみた。
凄く濃い内容の夢を延々見ていたような気がするんだけど、やっぱり思い出せない。
「思い出せないけど……」
「けど?」
朝日を浴びながらココは、どこか満足げな笑みで大きく伸びをした。
「長年溜まった恨みつらみのアレコレが、なぜかスッキリ解消できた気がする!」
ついに明日4/30(土)に第2巻発売です! 書店によってはもう早出ししているかもしれません。ぜひともご購入よろしくお願いします!
まだ先の話ですが、Webコミック誌「コミック ヴァルキリー」にて、5月末配信のVol.108より抹茶梅&本庄マサト両先生によるコミカライズ版「聖女様」の連載が開始します! 同誌は登録不要で、配信日より期間限定で無料で読めるそうですので、こちらもよろしくお願いします!
とりあえず今月末配信のVol.107にも、巻末に新連載予告が載るそうです。
ちょっとコミック版のネタバレをしますと……ココもナタリアも、ミニスカの予定ですぞ……!
発売当日の明日は、またメタなお話です。




