第08話 勇者様は最凶の魔物と出会います
ボーパルバニー。
見た目は野兎に似ているが後肢に鋭い刃を持ち、好戦的で人を襲う魔獣だと言われている。そういう魔物が森の奥地に棲んでいると聞いたことはあるけれど、ココはまだ実際には見たことがない。
「そんなに厄介な魔物なのか」
「ギャッ! ギャギャギャ!(一匹だけならそんなでもない。だけどヤツラは必ず群れで行動するんだ)」
「なるほどなあ……連係して襲われたらたまんないな」
動物系の集団攻撃は人間のそれとは全然間合いが違う。
今のココには攻撃手段がこのすりこぎしかない。そして同行者でまともに戦えそうなのが騎士団長しか……。
「いや、よく考えたらどんくさい団長が素早さでウサギにかなうわけがないな」
「さっきからワシの評価がやたら辛くありませんか!?」
ココたちがそんな話をしていたあいだにも、魔獣はどんどん近づいて来ていたらしい。鋭敏な先導の狩人でなくとも、その移動する振動が分かるようになってきた。
そう、振動が。
「…………振動?」
思わずココは首を傾げた。かなりの重量物が一斉に飛び跳ねるような揺れが近づいて来る。
「群れにしたって、ウサギが跳ねたくらいでこんな地響きがするかな?」
なんか、すでにココも足元がぐらつく揺れになっているんですけど。
横で焦った様子のゴブリンが短く警告を叫んだ。
「ギャッ!(ほら、鳴き声も!)」
「鳴き……え? 鳴き声?」
確かにさっきからココの耳にも変なのが聞こえていた。聞こえていたけど……。
ズンッ!
『っぴょん!』
ズンッ!
『っぴょん!』
ズンッ!
『っぴょん!』
確かにさっきから振動と交互に、野太いオッサンの声が叫ぶかわいいセリフは聞こえていた。だけど。
「これが鳴き声!? いやいや、これ聞いてウサギの鳴き声だと思うか、普通!?」
「ギャッ?(おまえ誰に言ってるんだ?)」
「もしや、また何かおかしな生き物が出て来るんじゃ」
「ギャッ!(来たぞ!)」
「待って、私まだ心の準備ができてない!?」
慌てたココが制止の声を上げたけど、そんなの魔物に届くはずもなく。
「っぴょん!」
道の先にある曲がり角から、いよいよ声(と振動)の主が姿を現した。
◆
やはり近づいていたのはボーパルバニーだった。
長い耳……が生えたツヤツヤのスキンヘッドと、張り付いたような満面の笑み。
丸くかわいいポンポンのようなしっぽ……が付いているTバックのブーメランパンツと、網タイツに包まれた太くゴツイ筋肉質な太もも。
ほぼパンツ一丁なのに、ご丁寧にも蝶ネクタイのついた襟型のチョーカーと両手首のカフス、黒いエナメルのピンヒールも装備した……ムキムキのマッチョオヤジ軍団が、「っぴょん!」と叫びながらうさぎ跳びで行進してきていた。
先頭のウサギさんと、驚愕で動けないココ……じゃなくてナタリアの目が合う。
しばし、沈黙の対峙。
「ややっ!? こんな所に変態がいる!」
「おまえらにだけは言われたくないわっ!?」
驚くオッサンに涙目で怒鳴り返すココの横で、意識が遠くなったナタリアがバッタリ倒れた。
◆
「おいウォーレス、ボーパルバニーがもっとも凶悪な魔物って……」
「どうです、面と向かいあっただけで気持ち悪くて泣きそうでしょう?」
「ああ、そう言う意味か。確かに絶対、今晩夢に出て来るわ……それを思うと今から死にたくてしかたない」
「それは魔王を倒してからにして下さい」
ココとウォーレスがボソボソ小声で話しているあいだにも、進路をふさいだウサギさんたちがフロントダブルバイセップスをキメながら警戒態勢を取った。
「ぬおお、怪しいやつら!? 我らの死の森へズカズカ入り込んで来るとは、命知らずな変態どもであるな!」
「だからおまえらが変態とか言うな!? なんなんだよ、その格好は……」
「なんだも何も」
先頭のウサギさんがアブドミナルアンドサイをキメながら胸を張る……いや、元々胸を張ってるポージングなんだけど。
「我らこそが死の森最強と恐れられる、“ボーパルバニーボーイズ”である!」
「よけいな一言が付いたぞ!?」
「拙者、ボーパルバニーボーイズを率いるボスウサギのダマラムちゃんと申す者! 腹直筋の美しさにかけては死の森最強を自負する者である。ただの“かわいいウサちゃん”と見くびったら大間違いであるぞ、愚か者め!」
「何をどう間違ったって、おまえがかわいいウサちゃんだなんて誰が思うか!?」
「なんと!? ハッハッハ、これはしたり! 我が躍動するマッスルに気づいておったとはタダモノではないな? なるほど、おぬしもなかなかの豪の者と見える!」
何がおかしいのか高笑いを始めた、自称ウサギの中年男。
「気づくも何も変態だだ洩れだろ、おまえら……」
ココとしてはこいつを避けて通る……というか見なかったことにして記憶から消し去りたい。
「なんで夢の中でまで、このパンツ男に付き合わなくちゃならないんだ……」
だけど向こうは意気軒昂で、簡単に通すつもりはなさそうだった。
「ヌハハハハ、行くぞ不審者ども! 我らボーパルバニーボーイズの恐ろしさ、その身でとくと思い知るが良い!」
ダマラムの叫びに合わせ、一斉に拳を構えるウサちゃんズ。
「おい、待て」
「なんだ」
「ボーパルバニーって、後ろ足に刃物が付いてるんじゃなかったのか? なんで拳を構える?」
「これは異なことを」
スキンヘッドにうさ耳の男たちは、何がおかしいのがまたもや全員で大爆笑。
「極限まで鍛えたこの肉体に、これ以上武器など不要!」
「その通り! 我らボーパルバニーボーイズ、頼るは己が拳のみよ!」
「つくづく常識に収まらないバカたちだな……」
ウサギ? たちはやる気だが、ココのほうはやる気がない。
正確にはやる気が出てこない。
「なあ、この勝負はお前たちの勝ちってことにして、私たちをそのまま通してくれない?」
「何を言う!? 勝負というのは勝負するから勝負がつくものと決まっておる!」
「ダメかあ……」
やりたくない……というか関わりあいたくないけど、この様子ではどうしようもない。
ココは聖剣を抜き、上から下まで眺めて腰に戻した。隣の悪の魔法使いに手を出す。
「ウォーレス、ちょっとおまえの杖貸して」
「勇者様が魔術師の杖なんか、どうするんです?」
「うん」
ココは受け取った杖を一振りする。自分の身長より長いけど、重さはそれほどでもない。
「このすりこぎだと、長さが全然足りなくてさあ」
「それ魔術の発動用なんですからね!? どつき合いをするのに使わないで下さい!」




