第02話 聖女様は勇者になります
ココが窓から下を覗くと、ジジイが堀の真ん中辺りで優雅に溺れていた。
『助けてくれぇぇー!』
「しまった。あんまりムカついたから、ついうっかりジジイを殺してしまった……」
「いえいえ、まだ死んでないです。勝手に殺さないで下さい」
『早くー!』
「それって、アレか? キッチリとどめ刺して欲しいってことか?」
「違います」
『足がつったー! もうダメじゃー!』
「でも、できる事ならそうして欲しいって思っちゃいるんだろ?」
「いやー、そう言われますと……でも私の立場としてはさすがに、口に出すのはちょっとはばかられますねえ」
『死ぬー! 死ぬー! 早く助けんかバカ者ー!』
「……ちょっと陛下、話してる最中に割り込むのは失礼ですよ」
ドゴーンッ!
『ギャーッ!?』
国王に攻撃魔法を一発撃ちこんだ側近は、ココに向かい合うと慇懃に礼をした。
「どうも、わたくし国王陛下のブレーンを務めております悪の魔法使い、ウォーレスと申します」
「“悪の”?」
「あ、変な勘違いしないで下さいね? 別に悪の魔法使いと言いましても、魔王の配下とかじゃありませんよ?」
「違うのか? じゃあ闇魔法をつかう魔術師とかか?」
「全然違います。悪の魔法使いというのはですね」
嘘くさい爽やかさで、にっこり笑う悪の魔法使い。
「単純に、悪いことばかり考えてる悪人が魔法使いをやっているというだけです」
「よし、次はコイツを殺そう。それで世界は平和になる」
「ですから、魔王側じゃないんですってば」
「おまえはどう考えても魔王より悪だろう。この際どさくさ紛れに退治しちゃおうぜ」
「本人にその同意を求めないで下さい」
国王の側近は地図を出して、具体的な説明を始めた。
「魔王のいる魔王城は、この“死の森”と呼ばれる森林地帯の奥地にあるとされています」
「知ってる」
「そして死の森には配下の魔物が常にうろついており、森へ入り込んで生きて帰ってきた者はおりません」
「まあ、そんなものだろうな」
「奥地にそびえる魔王城は王宮に匹敵する巨大な城で、広い堀と高い城壁に囲まれています。万の軍勢でも攻め落とせないほどに強固な防御力です」
「森へ入り込んで生きて帰ってきた者はいなかったんじゃなかったのか? 誰が確認して来たんだ」
「リフォームを請け負った建設業者から聞き出しました」
説明に全く納得できないという顔のココを無視して、ウォーレスはポンポンと手を叩く。すると、ナタリアを先頭にぞろぞろと配下らしいのが入ってきた。
「こちらが勇者様にお供する我が王国の精鋭でございます」
「精鋭って……」
ナタリアにドロテア、アデリアの修道女三人組に、セシルの護衛のはずのナバロ、そして聖堂騎士団長。
「どう見てもガラクタの寄せ集めじゃないか」
「やっぱそう見えます? ハハハハハ」
全然笑い事じゃないのに愉快そうに笑い飛ばすと、魔法使いは彼らを指し示した。
「ご紹介しましょう。まず彼が剣士のナバロです」
「ははっ! 初めまして、ナバロでございます」
「知ってる」
「なんと、彼のお爺様はオークを退治したことがあるのです」
「本人は?」
「そして次に」
ココの質問をまるっと無視して、王の側近は次に移る。
「彼が盾役のダンチョーです」
「初めまして勇者様! わしがレッサードワーフのダンチョーですわい」
「レッサー……?」
思わずココは真下から見上げてしまった。
ダンチョー氏、この中の誰よりもデカい。
「ドワーフがそもそも、私より背が低かった気が……」
「勇者様、そんなみみっちいことを気にしてるから背が伸びないんですぞ」
「大きなお世話だ!」
ウォーレスが最後に女性陣三人をまとめて指した。
「そしてこちらが、同行する治癒術師の三人です」
「ヒーラーだけ三人も付いてくるの?」
三人がそれぞれぺこりと頭を下げる。
「どうも。癒し系のナタリアです」
「癒し系って、治癒術師のうちに入れていいのかな……」
「やほー! 幼馴染系のアデリアでーす!」
「さらに遠くなったぞ、おい」
「どうも~。(酒に)癒され系のドロテアです~」
「おまえは自分が心の医者に行け!」
「不安しかないメンバーだ……」
現実の魔王退治の方がよっぽどマシに思える。
「ご心配なく。他にも最寄りの村に、道中の道案内を頼んであります」
「全然安心できない」
「そうですか?」
「王国の精鋭でさえこんなんなのに、なんで民間人の村人がアテにできると思えるんだ」
「こんな連中よりも、自力でなんとか生活してる田舎の野蛮人の方が強いかもしれませんよ」
「おまえが選んだメンバーだろうが。あと村人を持ちあげているように見せて、実は全方位殴ってるな」
そこまでツッコんだココは、大事なポジションがいないのに気がついた。
「なあ、おい。魔王退治っていったら、聖女も行くものじゃないのか?」
ココは勇者で、聖女じゃない。という事は、他に聖女に任命されている者がいるのでは……?
そんな疑問が浮かんで周りを見回すココに向かって、ナタリアが申し訳なさそうに挙手して見せた。
「あのう、聖女様なんですけど」
「うん?」
「実は……ちょっと都合が合わなくて、行けないんです」
都合が合わない。
「……あのさ、魔王襲来って世界が無くなるかどうかの重大事件なんだろ? それなのに都合が合わないって」
「分かってはいるんですけど」
ドロテアとアデリアももじもじしている。
「トレイシー様~、先約の地方慰問が~びっしり入っちゃってて~……スケジュールパツパツで~身動き取れないんですよ~」
「そうなんです。せめて半年前に言えって、怒られちゃいました」
「あああああ!? おまえら物事の順番、間違ってるだろ!?」
「そうは言われましても、トレイシー様の信者のお布施が無いと教団も立ち行かないものですから……」
「魔王が攻めてきたらそれどころじゃなくなるぞ!?」
「でも我がブレマートン教団は、“現世利益”を至上とする教義ですので……聖女様に“本業”が忙しいと“正論”を言われちゃいますと、無理に“雑用”に来てもらうわけにも……」
「私が教団一の守銭奴って言われてるの、やっぱり絶対に納得いかない……!」
「というわけで」
満面の笑顔で悪の魔法使いがポンと手を打ち合わせた。
「この心強い仲間たちと、魔王をサクッと倒して来てください」
「何をどうしたら、このいない方がマシなくらいの連中とサクッとやれるんだ」
「そこはほら、勇者様のド外道で悪辣な脳みそを駆使して頑張って下さい」
「おまえにだけは言われたくないわ」




