クリスマス記念閑話 聖女様は聖夜に夢を広げます
クリスマスイブだということに気がつき、急遽番外編を書いてみました。
まだ見てくれている皆さんにちょっとしたクリスマスプレゼント。
微妙にメタ入ってます。
ナタリアがノックをして部屋に入ると、ココが何やら難しい顔をして外国語の本を読んでいた。
「あら? ココ様が自主的にお勉強なんて、珍しいですね」
“外国語の難しい本=お勉強”という、発想の単純なナタリア。
「珍しいとはなんだ」
「だっていつもはめんどくさそうな顔で『ウェー!?』とか言ってるじゃないですか」
「おいおいナッツ」
聖女様は“分かってないな~”と言いたげに肩を竦めて首を振った。
「前にも言ったはずだぞ? 私、地理とか文字とかの勉強は好きなんだ」
「あー、言われてみれば。確かにそんなことをおっしゃってましたね」
「地理は将来セシルから逃走する役に立つし、文字はいろいろ儲けるヒントを調べるのに必要だからな」
「学んだことが不穏な使い道しかない……!?」
実学主義の聖女様。
「だからナッツが言ってるようなのはそんなに多くないぞ? 私が嫌なのは、教義とかマナーとかの聞くだけ無駄なヤツ」
「ココ様!? そろそろ自分が聖女だって自覚を持って下さ……あっ、そうか!」
ナタリアがポンと手を叩いた。
「自分が興味がある授業の時はいやいや言わずに素直に座るから、それで印象に残っていないんですね」
「ナッツ、おまえの頭の中で私はどういうイメージなんだ」
ココが読んでいた本をぱたんと閉じて机に置いた。
「いやあ、外国には色々面白い風習があったりするものだな」
「やっぱりよその国は違うものですか」
ココと一緒にナタリアも慰問でずいぶん各地へ出かけているけど、王都からせいぜい一泊の範囲だとさすがに国外までは出たことは無い。だから文化の違いというものも、話には聞くけどよく分からない。スカーレットやブレマートンの従者を見て、なんとなく(外国は服装も違うなあ……)と思ったぐらいだ。
「うん、やっぱりこういうのは地域差があるのかな。例えば明日、うちの国じゃ冬至になるけど」
一年で一番日照時間が短いのが冬至。
暦の関係でよく知られている季節のポイントではあるけれど、ビネージュ王国の辺りでは特に何かの行事として祝う習慣はない。特別なミサも無いし、街の人間もすぐ後にやって来る新年祭の方に気を取られている。
「西の方の国では、“クリスマス”とかいう子供が喜ぶお祭りをやるらしい」
「子供のお祭りですか」
子供が楽しいというと、何か劇を見たり遊んだりするのだろうか。
「どういういうことをやるんです?」
「えーとな……」
置いた本をパラパラめくって、ココが記載してあるページを探し始めた。
「みんなでごちそうを食べて楽しく騒いで、寝静まった後には一年間良い子にしていた子供にはプレゼントが配られるらしいぞ」
「わぁっ、いいですねえ!」
と、無邪気に羨ましがるナタリア……の顔に影が差す。
「子供を一年間良い子にさせようと、苦労してきた私にもプレゼント持ってきてくれないかなあ……」
「言うじゃないか」
書いてある場所が見つかったらしく、ココがページの一か所を指で押さえた。
「えーっと……クリスマスの晩には聖ニクラウスというひげのジジイが赤と白のモコモコの服を着て、空を飛ぶそりで世界中を飛び回って夜中に子供のいる家を訪問するらしい」
「ずいぶんファンタジーな言い伝えなんですね」
「そして子供のいる家を見つけると」
「見つけると?」
「まさかりを振り回しながら家に乱入して『ヘブシを飲んでる悪い子はいねえがぁ⁉』と叫びながら子供を追いかけ回し、いい子だったら袋から清涼飲料のロゴの入ったオモチャを出して渡し、悪い子だったら袋に詰めて持ち去るらしい」
「何か話が混じってませんか⁉」
「ちなみにクリスマスの晩のごちそうは、この夜中に空を走り回るジジイを散弾銃で撃ち落として丸焼きにした物らしいぞ」
「やっぱり何かの話が混じってますよ⁉ これからオモチャを配って歩くはずなのに、その前の晩餐におじいさん食べちゃうっておかしいじゃないですか!」
「たくさんいすぎて駆除してるんじゃないのか? ほら、シカやイノシシと一緒だ」
「プレゼントを配ってくれる篤志家が害獣扱いって……」
「まさかり振り回して乱入してくるそうだから、迷惑だと思う人もいるんだろう。良かれと思ってやっていても、不審者だと通報されるのがデフォルトのご時世だからな」
「それにしても……ふむ、迎える準備か……」
額を押さえて天を仰ぐナタリアを放っておいて、ココがどこかへ出て行った。
すぐに戻ってくる。
「どうしたんですか?」
「うむ、ちょっと必要な道具を取りに行ってきた」
「道具?」
ココが何か黒い布みたいなものを持っている。
「なんでもこの聖ニクラウスにプレゼントをもらうためには、枕元に靴下をぶら下げておく必要があるんだそうだ」
「あー……!」
ココは靴下を持っていない。法衣の時はタイツだし、私服の時は素足だから。
聖女という立場上、ココはプライベートの外出が無い。なので、自分の部屋でくつろぐ時にしか私服を着ていないのだ。無駄が嫌いな聖女様は、そんな短時間の為に靴下なんか履かない。
そしてこっそり出歩く時は庶民に見えるように、靴下なんて上流階級の物は余計に履かない。ナタリアはあずかり知らない話だけれど。
「靴下ですかぁ。誰かの所で借りて来たんですか?」
「そうしようかと思ったんだけど、誰が靴下を持ってるか分からなかったので」
ココが広げたのはタイツだった。
「タイツなら、ご自分のでも良かったのでは……?」
「うん、私のも出しておくよ」
ココがなぜか自分と他人のタイツを壁に吊るす。
「こっちは誰のですか?」
「ナッツの」
「私の!?」
サイズの違う二つを吊るして、ココは満足げに出来栄えを眺めた。
「アダルティで変態ホイホイのナッツのと、マニア受けする私のを並べて吊るしておけば、夜中に子供を狙って不法侵入するような色欲ジジイが引っかからない筈はない。そこをとっ捕まえてプレゼントの袋も有り金もまとめていただこう」
「どういう計算を働かせているんですか⁉ 相手は“聖”がつく徳の高い人ですよね⁉」
「ナッツ、何事も例外は無いと言ってるだろう? うちの教皇がああいうヤツなんだぞ? つい出来心で犯罪をやらかすお偉いさんは意外と多いんだ。ましてやどんなに修行を積んだ聖職者だろうと、美女のタイツなんかぶら下げとけば素通りできる筈がない」
「猊下を変態扱いしないで下さい! ココ様ったら……」
「なんだ、私の説を信用できないのか? どれ、じゃあ証拠をもう一人」
ココは携帯を取り出すと電話をかけた。
「ココ様、まだガラケーなんですか?」
「スマホのタッチセンサーはうっかり触って誤動作するから好かん……あ、もしもし?」
ココは電話に出たブレマートン大聖堂宣教部長のメイオール司教に端的に訊いた。
「おうエロジジイ、ちょっと聞きたいんだけどさ。おまえ夜中にうちの前を通りかかって、私のタイツが干してあったら盗むだろ?」
『はっ!? 聖女様!? いきなり何を言われるのじゃ! 冗談じゃない、神官たるこの儂がそんな真似をするわけが……!』
「反応悪いな。じゃあナッツ……シスター・ナタリアのだったら?」
『え? シスター・ナタリアって、聖女様のお付きの? …………』
ココは長考に入った相手の返事を待たずに電話を切った。
「やっぱり好色ジジイには、ナッツの方が美味しそうに見えるのかぁ……どうした、ナッツ?」
「どうしたも……こうしたも……」
◆
「うーん……」
聖女様の部屋を辞去したナタリアはちょっと悩んでいた。
「ココ様、あんなとんちんかんな事を言っていたけど……やっぱり外国の風習でも、子供の為のお祭りとか羨ましいのかしら」
十六、七歳で成人の国で、ナチュラルに十四歳を子供扱いするナタリア。
「お祭りはさすがにできないけど……せめてプレゼントをもらえるくらいは再現できないかなぁ」
付き人をしているナタリアとしては、ココに笑っていて欲しいのだ。
「ココ様のことだから、お祝いされるより物をもらったほうが嬉しいだろうし」
そういうところはよく見ている。
ナタリアは大聖堂へ出て、バタバタ走り回っていたウォーレスを捕まえた。
「外国のお祭り……ああ、話に聞くクリスマスとかいうヤツですか」
物知りのウォーレスはさすがに西方諸国の一大イベントを知っていた。
「そうなんです」
「名前くらいは聞いていますが、どんなことをするのかは知りませんでした」
「ココ様が興味あるらしくて、何かできないかなあ……と思いまして」
「シスター・ナタリア……仮にも修道女が、教団総本山で他の宗教のイベントをやりたいとか……」
忘れがちだけど、ここはゴートランド教団の教皇庁。
「いえ、さすがにパーティーまでやろうってわけじゃないんですけど。その、聖ニクラウスの言い伝えというものがありまして……」
ナタリアは、せめてココにプレゼントでもと思ってウォーレスに説明した。
この時。
相当に説明下手のナタリアと。
年末進行に思考能力を喰われていて、半分ナタリアの話を聞き流していたウォーレスの。
奇跡のコラボが実現した。
◆
教皇ケイオス七世は筆頭秘書の持ってきた話に、思わずこめかみを押さえた。聖女のやらかす話を聞くと頭痛がしてくる。
「クリスマスって……あのとんちきコンビは大聖堂がどこだか、分かっておるのか⁉」
「一応は分かっているみたいです」
「一応なのか……それで? シスター・ナタリアの要望とは?」
「つまりシスター・ナタリアはクリスマスのプレゼントをあげれば、聖女様も良いことがあると学習して普段から良い子になるのではないかと」
ウォーレスはナタリアの真心をかなり端折って説明した。そして聖女様、犬扱い。
「そんなかわいいタマとは思えぬが……それでプレゼントをあげたいと? 別にそれぐらい、勝手にすれば良いではないか。ワシにいちいち許可を取る話でもあるまい」
「いえ、それがですね」
ウォーレスは書庫で(部下が)探して来た絵を見せる。
「このプレゼントを配って歩く老人に猊下の風貌が似ているので、その役をやって欲しいそうです」
「シスター・ナタリアは何を考えておるのじゃ!? ワシは教皇だぞ! 他教の聖人のまねごとをワシにしろと⁉」
「なんでもシスターの説明によれば、派手な服を着て夜中に子供の部屋に押し入り、刃物を振り回しながら『こいつをプレゼントしてやるぜ! 一撃欲しい子はどいつだ?』とか叫ぶ役なんだそうです」
「そやつはホントに聖人か⁉」
「聖女様はそいつを散弾銃で撃つのを楽しみに、既に部屋にトラップも仕掛けているそうで。そこで猊下の出番だ! とシスター・ナタリアが」
「女子修道院へ夜中に侵入したあげくに、射殺されるまでがセットなのか⁉ 聖女はワシを正当防衛で始末したいだけなんじゃないのか⁉」
「そんな気がしてきましたね。ハハハハハ」
「笑っている場合か! 聖女を呼び出せ!」
呼ばれてやってきたココは、話を聞いてうんざりした顔でため息をついた。
「ウォーレスの頭の中はどうなっているんだ……何を聞いたら、そうなるんだよ」
「聖女様に頭の具合を心配された!?」
ショックを受けているアホな秘書を置いておいて、ココは経緯を説明した。外国の行事に興味を持っただけで、別にクリスマスをやりたいわけではないとも。
「なんじゃ、そんな話か。ワシはまた聖女がいつも通りおかしなことを始めたのかと」
「ウォーレスといい、ジジイといい、うちの上層部はバカばっかりか……まあ、プレゼントがもらえるならそれに越したことは無いが」
「プレゼントぐらい、簡単に手に入る物ならやらぬでもないぞ? なんぞ欲しいものでもあるか?」
「え? ほんと?」
教皇の安請け合いに、ココは一応用意してきた紙を差し出した。
「じゃあ、これに承認入れてくれるだけでいいや」
「うむ?」
ココの出して来た、いかにも怪しい書類を見てみる教皇。
雇用契約書。
給与の欄が「日給 銀貨八枚」になっている。
「おら、言ったからには承認しろジジイ! 認めるだけだ、簡単だろ⁉」
「簡単に手に入る物ならやっても良いと言っただけじゃ! なんじゃこの書類は⁉ ワシのサインまで偽造されとるじゃないか⁉」
「ジジイが難癖付けるかもしれないと思って、後は拇印を押せば済むところまで記入しといてやったんだよ! 無駄な抵抗を止めて親指を出せ、ジジイ!」
「変な所ばかり器用になりおって! どこで覚えてきた、サイン偽造!?」
「教育の効果が出てるだろ⁉ 日々の特訓の成果だ!」
「ぬおお、認めてたまるかぁ!」
「往生際が悪いぞジジイィィ!」
「ついでに決裁の書類も見てもらおうと思ってたんですが……どうしましょうか」
この分では他の用件を切り出せるまでには時間がかかりそうだ。教団トップ二人の取っ組み合いはしばらく終わりそうにない。
それにしても。
「金貨じゃなくって銀貨って辺りが、聖女様の金銭感覚の限界ですかねえ」
揉み合う二人を離れて眺め、すっかり他人事のウォーレスは呑気につぶやいた。
有名なサンタの赤白の衣装が某企業の広告戦略という都市伝説、事実ではないそうですね。
実際にはもっと前から赤と白の衣装を着た絵があるそうです。




