ファミ通文庫大賞受賞記念 聖女様はお知らせに思います
※今回は「聖女様は残業手当をご所望です」が第2回ファミ通文庫大賞にて特別賞を受賞しました記念SSになります。
思いっきりメタ回(楽屋ネタ)ですので、こういうのが嫌いな方は読まないようにお願い致します。
廊下を走るけたたましい音が響いてきて、教皇秘書と打ち合わせ中だったシスター・ナタリアはため息をつきながら手を止めた。
「ココ様ったら、もう……また私がシスター・ベロニカに怒られる……」
「騒がしいイコール聖女様って認識も凄いですよね」
「ウォーレスさん、他人事だと思って……」
修道女の恨みがましい視線を受け、司祭は爽やかな笑顔で微笑んだ。
「騒動の幕開けでも自分の担当じゃないと判っている、この安心感。“他人の不幸は蜜の味”って本当ですね」
「その性根で、なんで仕事に聖職者を選んだんですか」
「地方名士の後継ぎになれない次男以下にとって、安定と名誉が同時に得られる素敵な商売だからです」
「ウォーレスさんなんか、ココ様に蹴られて死んじゃえばいいです……」
いろんな意味で涙が出そうなナタリアが鼻を押さえていると、扉を蹴破りそうな勢いで予想通りに聖女様が飛び込んできた。
「おいウォーレス! お、ナッツもいるじゃないか⁉」
「お、じゃないです! また廊下を走って……私が修道院長に怒られるじゃないですか!」
「そんな事はどうでも良い」
「良くないですよ⁉」
聖女様はつかつかと歩み寄ってくると、何かプリントされた紙を二人の目の前に突き出した。
「大変だぞ、見てみろ!」
「なんですか?」
「『聖女様は残業手当をご所望です』が、なんとファミ通文庫大賞で特別賞を受賞したって」
「そういうことを作中で言わないで下さい!?」
「そうか? こんな事もくそババアが怒るかな? でも自分に関係ないことは気にしないだろ、あいつ」
「そういうレベルの問題ではありません」
もう一度お知らせを眺めながら、ココが深刻そうに首を振る。
「しかし、これは大変なことになったな」
「そういうものですか?」
「出演料と肖像権の使用料を取り立てに行かねばならん」
「中のキャラクターにキックバックが入るなんて聞いたことがありません」
「私が史上初か……なんか誇らしいな」
「日本円なんかもらってどうするんですか……」
聖女様は慈愛に満ちた目で、お付きの肩を叩いた。
「いいか、ナッツ」
「なんですか?」
「金は貯めることに意義がある。使える場所があるかどうかなんて大した問題じゃない」
「使えないお金はお金じゃないのでは?」
「……一理あるな」
上司と部下が不毛なやり取りをやっている横で、紙を眺めていたウォーレスが首を捻った。
「聖女様、これなんですが」
「なんだ?」
「まだ受賞しただけですよね? 最終的にいくらもらえる見込みか、確定していないのではギャラの要求のしようがないのでは?」
「はっはっは、バカだなあウォーレス」
司祭に顔を近づけ、ニタリと笑う聖女様。
「名目さえ付けば作者からかっぱぐ理由には十分だろうが。ヤツにいくら入るか、赤字になるかなんて私の知った事か」
繰り返すが。
この人、聖女様。
「聖女様、根っこがギャングなんだよなあ……」
「ココ様のお知り合いのギャングさん、もうちょっと謙虚でしたけどね」
周囲からの酷い言われようを気にせず、ココのやる気は十分だ。
「よーし、頑張るぞぉ! コミカライズと海外語版の出演許諾料もぶん取ってやる」
「……日本語小説版だってまだ確実に出るか分からないのに……」
「何度も言わせるな、ナッツ。こういうのは巻き上げる理由があればそれでいいんだぞ? 実現するかどうかなんか、取り立てる側にはどうでもいい」
「構想さえない段階でそれは、あんまりな……」
「税金の徴収はそうやって先手を打つものだって、セシルが言ってた」
「王子様ぁ⁉」
「まさかの受賞か……感慨深いのう」
執務室に戻るなり巻き込まれた教皇がしみじみ呟く。
「小学生の頃に校内写生大会で入選を取った以外、賞なんて名の付く物に全く縁がなかった作者がのう……」
「それを言わないでやって下さい、猊下」
「そうだぞ。それ受賞と言えない参加賞レベル……」
「聖女様も口を慎んで下さい」
口さがない教皇と聖女を司祭がたしなめる。
「厳しい競争率の中、最近鳴かず飛ばずの作者がせっかく成し遂げた快挙なんですよ? いらない裏事情は置いといて、素直に祝ってやって下さい」
「おまえの言い方もひどいぞ」
ウォーレスに続いてナタリアも二人に注意した。
「そうですよ、ウォーレスさんの言う通りです! “コンテストにエントリーしてたら皆が見るんじゃね?”なんて考えて、受賞の可能性ゼロと思いつつPV増やそうと軽率に申し込んでた作者が一番驚いているんですから」
「ナッツ。それが一番言っちゃいけない裏事情だぞ……」
「しかし、作中色々な事件がありましたが……ココ様、よく無事に切り抜けましたね」
「そうだなあ……」
ナタリアに言われて、ココも思い出をしみじみと振り返る。
「あれだけセシルにセクハラまがいに付きまとわれて、よく私の貞操が無事だったものだ」
「それ、魔王討伐より大事件でした?」
「そうだぞ、ナッツの言うとおりだ。俺はちゃんと節度を守っていたじゃないか」
「どこがだ」
ニュースを聞いて駆けつけたセシル王子も感慨深げだ。
「俺が一番の危機を感じたのは、やっぱりアレだな」
「魔族に毒を打たれた時ですか?」
「キャンプファイヤーを囲んでいたら、いつの間にか隣にゴブさんが座っていた時」
「だから、それ命に係わる事件より重大でした?」
「そう言えば、ゴブさんが魔王討伐後にどうしたかって出なかったな」
聖女の疑問に教皇秘書が答えた。
「一応書く予定はあったみたいなんですが、尺の都合でカットされたそうです」
「書き散らしているだけの話で、尺の都合ってなんだよ?」
「作者的に各部ごとに十万字をめどにするって目標があったみたいで」
「どの部も大幅に超過しているじゃないか」
「だからこそ、第四部は長くなり過ぎて枝葉の部分は削ったらしいです。本当はシスター・トレイシーと偽聖女様が、僧兵団を引き連れて援軍に駆けつけるエピソードもあったのですが」
「あんな連中呼ばんでいい」
「僧兵団が引っ張る山車の上でポールダンスしながらご登場の筈だったそうで」
「絶対に来るな! 戦場の緊張感がなくなる!」
「あなたがそれを言いますか……?」
「特に討伐後のエピローグにあたる部分はバッサリいきましたね」
「なんで?」
「最終回は日曜日に持って行きたかったんだそうです。話数を逆算してネタ残りが分かった段階で、さらに一週間追加する気力がなかったみたいです」
「あー……それでナッツの結婚が唐突になっちゃったのか。仕方ないな」
「それ、私には看過できない話なんですが」
「気にするな」
「気にしますよ!」
ナタリアが詰め寄るけど、ココは頭をポリポリ掻いてどうでも良さそうな顔。
「大した話じゃないぞ? 戦勝祝いの宴で泥酔したナッツに同じくナバロが言い寄って、口説きながら押し倒すってだけの話で」
「お、お酒の勢い……」
「それを私とセシルが陰から見ていて」
「見ないでぇ!?」
「『イモリの黒焼きって効くんだなあ』って」
「まさかの媚薬混入!? ココ様たちの策謀だったんですか⁉ 聖女と王太子が何やってるんですか!」
悲鳴を上げる修道女に、非難された聖女と王子は白けた顔で切り返し。
「だってナッツ、私のお世話で行き遅れだっていつも嘆いていたじゃん」
「うっ……!」
「それなりに配慮もしたぞ? 格下婚だって言われないように、理由つけてナバロに爵位授けてやったろ?」
「ううっ……!」
「まあまあ、お二人ともその辺にしてあげて下さい」
まだナタリアに追い打ちしたそうなコンビをウォーレスが止めた。
「まさかの“嫁のオマケで昇進”という事情を知って、落ち込んでいる方がいますので」
「無駄にナイーブだな、ナバロ。棚ボタを図太く喜べるぐらいじゃないと宮仕えなんてやってられないぞ」
「矛先を変えろって意味ではございません、聖女様」
「だけど、そうかあ……書籍化が現実のものになあ。スロースタートだったから、第二部の段階で作者も諦めてたのが“まさか”だよな」
ウンウン頷く聖女に、お付きが釘を刺す。
「夢が完全に叶うかはまだ分かりませんよ? 実際に本になっても、まずは一冊目が売れてくれないと最後まで刊行できるか分かりませんからね」
「そいつは今の段階では考えたってしょうがないだろ」
「そうですね。とにかく目前の一巻を仕上げる事からですね!」
「うむ」
奮起するナタリアにココも同意し、よっこいしょと立ち上がった。
「まあとりあえず、私は……」
「私は?」
「ラストまで出る事前提でギャラを取り立てに行ってくるわ」




