第167話 勇者は魔王軍を蹴散らします
討伐軍は巨人が自由に動けないように、城塞都市へ立てこもる作戦に出た。
もっとも、持久戦に持ち込むつもりはない。
こちらの決戦戦力は全て包囲された中にいる。外からさらに強力な増援が期待できない以上、時間稼ぎだけしても意味は無いからだ。
一方の魔王軍も動きから見て、じっくり囲んでじわじわ絞め落とすつもりはないようだった。
◆
魔王軍を見張っていた兵が叫んだ。
「敵主力、動きます! ……真っすぐこちらに向かってくるようです!」
報告に釣られて敵影を確認したセシルが、やれやれとため息をついた。
「さすが魔王軍の本隊だな……なかなかに壮観じゃないか」
余裕ぶった言葉だが、後ろに隠れた怯えの色が端々から見え隠れしている。演技に長けた王子様も平静ではいられないようだ。
今までの戦いで相手にしてきた魔王軍の主体はオークやゴブリン、そしてミノタウルス。小型から中型の魔物たちで、よく出没するので人間側でも慣れがある。
だが今、ザイオンを囲んでいる魔王の軍団は見上げるような大型の魔物から空を飛ぶものまで幅広い。
特に目立つのは、数百はいるとみられるサイクロプスだ。身長はザイオンの城壁よりも高い。十メートルくらいか。
一つ目の巨人の出現など、過去に……ほぼ神話みたいな伝説で一、二頭を倒しただけしか記録がない。それが数百頭も目の前に……あんなのと野戦で当たっていたら、勇者がいようが聖女がいようが負けは確定していただろう。
聖心力が強いので臨時に防衛隊に組み込まれたウォーレスが額に手をかざし、呆れたようにつぶやいた。
「たとえザイオンが攻め落とされても、誰か脱出できてこの光景を伝えられたら伝説になりますね。サイクロプスがこれだけ集まっている様子なんて、有史以来無いですよ」
「聞かされた人類がその後生き残ればな……相手がサイクロプスだろうが巨人族だろうが、俺たちは予定通りにやるだけだ。敵の突撃に備えろ!」
◆
魔王軍は最初から力押しする気のようで、一気に城壁を乗り越えようと数百のサイクロプスが押し寄せてきた。
一方の人間側では。
「よーしよしよし……」
臨時で指揮を執っているシャムロック(建築家)が不敵に笑いながら巨人たちの突撃を見守っている。
「いいか、怖気づいていきなりぶっ放すんじゃないぞ? 奴らはおよそ身長十メートル。ザイオンのもっとも外側の城壁は七メートル。胸より高い壁など、走って来てもよじ登らなければ超えられぬ。きっちり狙う時間は十分ある!」
大工らしい見立てで兵を抑える自称建築家は王子様よりも落ち着いている。
そして頃合いを見て……。
「よっしゃ、今じゃ!」
押し寄せたサイクロプス隊は、まず持っていた棍棒で塀の上の人間を薙ぎ払い、その後乗り越えて一気に市内へ突入する予定であった。
そう、予定であった。
塀の上を走り回る小人どもの見分けがつくようになった辺りで……。
塀に囲まれた街から、いきなり無視できない派手な音が響いた。そして。
「ア?」
先頭を走っていた集団が、いきなり後ろに跳ね飛ばされてきた。
続行していた者たちが弾け飛んだように見える前の一団を見ると……胸から背中に、丸太のようなものが生えていた。
生えたというより、貫いている。
先端を尖らせた棒が、ものすごく硬いはずのサイクロプスの身体を貫通して致命傷を負わせていた。
「アア?」
何が起きたか分からず、困惑している第二集団だったが……考えるのにそんなに長い時間は要らなかった。
再び音が響き、今度は自分たちがなぎ倒される番になったからだ。
第二射を見ながら、その威力にセシルが感心を通り越して呆れかえっていた。
「爺さんも、もの凄いモノを作るな」
一番外側の城壁を兵が走り回っていたのは陽動で、実際の防衛部隊はもう少し高い第二壁の上に展開するシャムロックの超弩級砲部隊。
形はクロスボウを丸太が打てるサイズまで大きくしたもので……構造も機能もその通り。
「ヒャッヒャッヒャ! ただデカくしただけではございませんぞ!?」
ジジイが城壁上で踊りながら胸を張る。なかなかのバランス感覚だ。
「矢が重い分発射台はわずかに上向き角を持たせ、照準を変えずに済む程度に落下率を計算に入れてございまする! そしてこの矢! ただの丸太ではございません。先端には整流の為に鉄のキャップをかぶせ、さらにキャップにはゴートランド教団の司祭様の協力で、聖心力を込めて威力をアップ!」
爺さんがかわいい我が子の解説をしているあいだにも、コツを掴んできた工兵たちが第三射、第四射と続けていく。
じつのところ設計で一番苦労したのは、一回発射した後にそれほどの大威力の弦を実用的な速さで巻き上げる機構だったりする。何を作るにしても、一番地味なところの設計が一番大変なのだ。
神話では一頭を倒すのに軍団一個が犠牲になったはずのサイクロプスは、哀れにも城壁に取りつくこともできずにバタバタと倒れていく。
「ウシャシャシャシャ! 見ろ! ヒャハハハハハ! 巨人どもがゴミのようだ!」
自分の発案した超弩弓砲の威力をバックに、マッド・スペシャリストが気が狂ったように爆笑している。
「あいつ、大丈夫かな?」
「なんで殿下の知り合いって、ロクな人がいないんですかね」
「おまえもその中に入っているわけだな?」
「私、殿下のお友達じゃないんでえ」
セシルとウォーレスが技師の正気を疑い始めたところで、急に静かになったシャムロックが真顔でボソッと呟いた。
「うちの母ちゃんも、神話級の化け物みたいに簡単に殴り飛ばせればなあ……」
「普通逆じゃないか!?」
◆
被害の大きさを伝えられたタイタンは、一旦サイクロプスを下げさせた。
サイクロプスはかろうじて敵の城壁に取りついた者もいたが……その城壁がくせ者で。
城壁にしがみ付こうとした者が最後のあと一歩を踏み出した途端、古くからの防衛機構が作動。足元が崩れて胸からあごを城壁に叩きつけることになった。
「アアッ!?」
彼らは訳が分からないまま絶命することになる。
じつはザイオンの城壁の外側には、蓋をしてある外堀が隠されていた。
馬車ぐらいでは何ともないが、巨人は一歩にかかる荷重が桁違いだ。だからサイクロプスが踏み切ろうとしたところで、彼らにとっては薄い木製の蓋を踏み抜いてしまい……落とし穴ですっ転んで全身強打のダメージから立ち直る前に、頭部狙いで始末される羽目に。
サイクロプスによる一回目の攻撃は失敗に終わった。
「ふむ。さすがに人間どもも考えたか」
タイタンは顎をさすって考えた。
彼に意見する者はいない。上意下達の一択である魔王軍には、参謀という発想がない。
だから自分一人で考えざるを得ないタイタンは考えてみたが……そもそも『魔物の固有の戦闘力が高いから、人間なんか鎧袖一触』が魔王軍の基本。作戦なんか考えたことも無い。
考えてみたが、どうも正攻法しかないように思われる。
というかタイタンは考えるのが苦手だ。五分も考えると、付け焼き刃で作戦を考えるのがめんどくさくなってきた。
「よし。小物どもが前に出ろ。敏捷で身体が小さい者にあんなものは当たらない。まずは外壁を占拠し、アレを排除したら一気にサイクロプスで踏み潰す」
一見作戦に聞こえるが、内容はただの力押しである。
◆
一旦巨人どもが引いたので補給や休息を急いでいたところへ、見張りが叫び声を上げた。
「ゴブリンやイヴルなどの小型の魔物が押し寄せてきます!」
「今度は歩兵でまず陣地を奪取する手に出たか……」
「どうにも休ませてくれないようですな」
準備を始めた弓兵の指揮官のボヤキにセシルも笑う。
「ああ、まったくだ」
だが。
「だからこそ、準備が無駄にならずに済んだなぁ」
無敵と思われた巨人に備えるぐらいだ。
ゴブリンにだって備えている。
◆
タイタンの命令で魔物たちは走った。
人間と大して身長が違わない連中が七メートルの城壁をどうよじ登るか、それはこれから考える。とにかく攻めるのだ。
そういう思考でゴブリンたちが走り、城壁が視界いっぱいになってきたところで……。
「ギャッ!? (あれはなんだ!?)」
一頭が叫ぶのを聞いて、他の者たちも顔を上げた。
人間たちの城から、大空にふわっと四角い物が浮かび上がる。
凧だ。
紙と細木でできた大形の凧が、折からの強風にあおられて城壁の上からするすると空へ駆け上っていく。
それはいいのだが、凧に描かれているものが問題だった。
セシルが用意させたのは大凧だった。
討伐軍の中でも手先が器用な者が頑張って絨毯サイズの紙に大きく模写した、『下着に法衣を羽織ったシスター・トレイシー』の“聖なる肖像画”が魔物たちの前に晒された。
それが何だかわからずにぽかんとしている魔物も多かったが、ゴブリンやオークなどは歓喜しているのがザイオンからも良く見える。
「食い入るように見ております」
「よし!」
セシルは風向きを確認した。方向はちょうどいい。おあつらえ向きに強風だ。
「いいぞ、放せ!」
「了解!」
大凧を上げていた数十人の兵が一斉に綱から手を離した。
人間どもにしては『粋な演出』をゴブリンたちがしげしげと鑑賞していると……。
「ギャッ! (あっ!)」
ふいに空に上がっていた絵が不安定に揺れた。どうやら地上につないでいたロープが切れたらしい。強い風に舞って『素敵な絵』が高空に吹き飛ばされていく。
「ギャギャッ! (大変だ! お救いせねば!)」
「ギャッ! ギャッ! (拾った者の物だぞ!)」
「ギャッ! (オークどもに盗られるな!)」
どこかに飛んでいく絵を追いかけ、ゴブリンとオークはわき目も振らずに戦場を離脱した。
◆
「アイツらは何をやっているのだ!?」
なぜかゴブリンとオークの大群が、いきなり戦いを放棄してどこかへ走って行ってしまった。
呼べど叫べど戻ってこない。上位魔物の命令が効かないぐらい興奮して、本能に突き動かされているらしい。
タイタンは激怒したが、この忙しい時にあの連中を捕まえに行って思い知らせている余裕はさすがにない。
「ええい、奴らの事は後だ!」
激怒しつつもさすがに魔王四将の一人。
タイタンはまず人間どもを叩き潰すほうを優先する。
「こうなれば仕方ない。全軍押し出せ!」
後詰めに取っておいたサイクロプスやギガントも出るように命じる。
城壁の破壊用に取っておいた岩を使った投石も許可した。
血祭りにあげるのはまずは人間。
それから敵前逃亡したバカども。
タイタンも自ら進み始め、魔王軍全軍が一斉にザイオンへ向けて押し寄せた。
◆
それまでは集団単位で攻め寄せて来ていた魔王軍が、土煙を立てて一斉に動き始めるのがザイオンからも確認できた。
魔物が大型も小型も一斉に攻め寄せてくる。かなりの数のゴブリンなどが“ブレマートンの聖女様”を追いかけて抜けてしまったが、それでも数千の魔物の大群だ。
それを眺めたセシルは緊張に頬を引き攣らせながらも……望んできた状況が到来したのを見て、無理やり笑みを浮かべた。
「よし、敵本陣の巨人族も動いたぞ! あの中にタイタンもいる筈だ」
敵の全軍。
特に司令官を含む大型の魔物全部が攻撃に参加するのが、ココと立てた必殺の作戦の絶対要件だった。
今、それが整った。
セシルは待機する信号係に向かって叫んだ。
「別動隊へ狼煙を上げろ! いよいよだ!」




