第159話 聖女様は戦後に思いを馳せます
大陸中の国が総力を挙げて魔王討伐。
そう聞くといかにも勇壮で、毎日激戦をかいくぐって魔王城へ向け邁進しているイメージになるが……実のところ、そんな戦いはそうそう無い。
今回は特に人間側が大軍で攻めて行っているのもあって、魔王軍との戦いは小競り合いレベルでも毎日は発生しない。会戦なんて言えるレベルはここまで三、四回だ。
だから魔王討伐の旅路のほとんどは、敵襲を警戒しながら少しずつ行軍して行くという地味なもの。しかも最初に囮調査で魔王城の大体の場所を掴んでいるため、これでも前回の初代勇者の旅に比べたら行き足は格段に速い。
そんな中、特に鍛錬や雑用をやらないで良い聖女様が何をしているかというと……。
◆
今日の討伐軍本陣宿営地は、川の近くに開くことになった。
歩き疲れた兵士たちが割り振られた場所にテントを張り始め、当直が油断なく哨戒を行う中。
川べりに次々、各部隊から派遣された荷馬車がやってくる。
荷台に目いっぱい積まれた空樽へ、兵士たちが川の水を汲んで新しい水を満たしていく。配給する飲料水の支度だ。
もちろん、ただ汲んだだけの川の水を配るわけにはいかない。そのまま飲めば腹をこわす危険がある。
なので。
満載になった荷馬車の兵が手を振ると、聖女様がやってきて荷台に上がる。
やる気の出無さそうな聖女様は、両手をそれぞれ別の樽の水に浸すと……。
「浄化!」
樽の中の水が一瞬青白く閃光を放ち、すぐに元に戻る。
表情筋の死んでいる聖女様は樽から手を抜き、次の樽へ。
「浄化!」
ココはあくびを噛み殺しながら、後ろを振り返る。
延々と並ぶ荷馬車の列……。
「なあ、これ……何台あるの?」
補給担当者も振り返る。
「三万の兵に配る水ですからね……これまでに終わった数でも、まだ全然半分まで行きません」
「うええ……」
こちらは本当に仕事が無くってぶらぶらしているセシルが頷いている。
「ココがいるおかげで水の確保が凄い楽だって、炊事班が喜んでいたぞ。遠くの水源地から運ぶ必要もなく、浄水樽で水を濾す作業を一晩中やるとかもしなくていい。できればこれからも遠征について来てくれないかって」
「魔王討伐で、聖女に期待される仕事が本当にこれか!? 私、来る必要あった?」
ココの叫びに、セシルと補給担当者が真面目に頷く。
「これだけの大軍勢で水の確保に困らないだなんて、すべての将軍の夢ですよ! 自信を持って下さい!」
「期待の方向性が違う!」
「心配するな。勇者の武勇が期待できない分、戦闘は戦闘で期待しているから」
「そのお話にならない勇者ってのは、おまえだ!」
◆
「あー、風呂に入りたい……」
テントに入ったココは、仮設ベッドに横になって呻いた。
さすがに三万の将兵に囲まれている中で、呑気に川で水浴びはできない。女に飢えている男たちにいらない刺激を与えかねない。ほら、ココちゃんナイスバデーだから……失笑しやがったらセシルでも殺す。
……自分でも虚勢を張るのはいやになるから、それはとりあえず置いておいて。
討伐軍の中で女は自分一人。
こうして一人用のテントを割り当てられているので、まあ着替えや濡れタオルで身体を拭うとかに不便は無いのだけど……。
やっぱり仮住まいのつらさ、どうしても疲労はたまってくる。
クッション性皆無のベッドは毛布にくるまって寝ていても、ごつごつした寝心地にどうしても眠りが浅い感じが否めない。
この部屋にしても個室とはいえ、所詮はテント。部屋の中でもベッドから足を下ろした部分に敷物がある以外は、土が剥き出しの地面だ。
軍隊生活はさすがのココもしたことがない。この環境が毎日続くのでは、どうしても精神的に擦り減ってくるのが分かる。
「路上に寝るのが苦にならないはずなのに、ベッドや風呂に不満を感じるなんて……私も贅沢になったなぁ」
木枠に帆布を張っただけのベッドでゴロゴロしながら、ココは思わず自嘲してしまった。八年間の修道院生活で、意外に堕落していたらしい。
生活水準が向上した証拠なんだから、誇ってもいいことなのかもしれないが……贅沢に慣れるということに、いまだに慣れない自分がいる。
一人の時間を持て余し、そんなことを考えていたところへ……テントの外から声がかかった。
「おーい、ココ! そろそろ晩飯だぞ」
セシルが自分で来たようだ。
「王太子自ら呼びに来るとは、なかなか見上げた心がけだ。褒めて遣わす」
「その王太子を上から目線で褒めるおまえは何なの……?」
「聖女」
焚火の脇でナバロたちが準備している食卓に向かって歩きながら、ココはセシルにも聞いてみた。
「おまえはこういう生活、どうなの?」
「慣れた……と言いたいところだが、やっぱり付け焼刃だからツラいわ」
王子様も苦笑している。
「俺は特に平和な時代の一人っ子だからな。護身の為に剣などは習ったりしているが、基本的には内政関係の仕事に忙殺されているしな」
「あー……」
セシルの場合は父王が体調不良なことが多いので、国王名代としてすでに実務に就いている。生まれてから国境紛争さえ起ったことがないのに、余計に軍隊生活なんかしていられない。
「父上と叔父上みたいに、兄弟がいれば片方は軍務に就いて王家は軍も掌握しているとアピールするところなんだけど……俺の代は、そんな余裕もなかったわ」
「まあ、おまえの場合はその王権を象徴する代理人がなー……」
余計な野心を燃やしちゃったんだから、分担するにしても善し悪しの判断が難しい。
「将来どうするかは、その将来が確保できたら考えるよ。今はとにかく魔王を倒さないとな」
「将来かあ……」
セシルの何気ない一言に、ココは考え込んだ。
ココの将来……。
「あと四年……もうすぐあと三年か。大過なく過ごして、稼いだ金を担いでトンズラする以外に何も考えてなかったな」
「やっぱり、まだ高飛びする気なのか……聖女を降りた後でも教会と仲良くしておけば、俺の嫁以外にもぬくぬく生きて行く道はありそうだけどな」
セシルはそう言うけど……ココは鼻で笑った。
「そんなの用意してもらっても、ろくな道はないぞ? 他の有力者のところへ嫁に出されるか、名誉だけしかない次のマルグレード女子修道院長に推挙されるか……私が欲しい“自分で稼いで自分で決めて生きる”道なんか、教会にあるものか」
「言われてみれば、確かに」
しばらく黙って横を歩いていたセシルは、食卓に着く直前に真顔で振り向いた。
「やっぱり、俺の嫁が一番美味しくないか?」
「いや、全然」
ココも真顔で切り捨ててやった。
「寝言は寝て言え、セシル。ビネージュみたいな大国の王妃の、どこが美味しい仕事なんだよ? 仕事は多い、責任は重い、デカい国の王宮だから堅苦しい。息がつまるだけでプライベートもマトモに無いだろう」
「そういう考え方ができるおまえだからこそ、王妃に相応しいと思うんだよな。大抵の女なら豪華な生活にばかり目が行くところなのに、おまえは仕事と来たもんだ」
「おまえの女嫌いも年季が入っているな……王妃ねえ。私が有能過ぎるから目を付けられるのか?」
「……その辺りは人によって受け取り方は違うだろうなぁ」
「おい、言葉を濁していないでハッキリ言えよ?」
塩漬け肉と何かの野菜の煮込みを食べながら、ココは考えてみた。
ほんとに、聖女を終わったら何をしよう。
取りあえず教団の影響下からは逃げる。
なんだかんだ言っても割とココを買っている教皇とウォーレスは、おそらく何か便利に使いたがるだろうが……宗教的な使命感がかけらもないココとしては、“元聖女”の肩書で上流階級に残るのは全力で回避したい。
かといって、街に戻って労働者とか屋台の切り盛りをするには、余計な知見が増えすぎた。
ここのところいろいろ有り過ぎて、セシルやウォーレスと付き合っているおかげで視野が広くなっている。
為政者レベルの思考なんて、日銭を稼いで暮らすその日暮らしには全く要らない才覚だ。庶民として何をやるにも、むしろ邪魔になりそうだった。
(私が生きる道か……)
スプーンをくわえてココが自分の将来像に悩んでいると、セシルの護衛騎士が声をかけてきた。
「聖女様、どうされました? 何かまずいことが……?」
「うむ」
とりあえず。
「ナバロ、塩抜きが足りない」
「申し訳ありません!」




