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第157話 教皇聖下も戦っています

 初代勇者パーティを支えたクリムト王国とスカーレット大聖堂。

 よりによってその二つが包囲網から離脱するという情報が、魔王討伐軍に相当な動揺を起こすのは確実と思われた。


 戦力の実数が減る事よりも、パニックが起こる方が問題だ。

 今回は彼らが旗振り役ではないとはいえ……やはり前回の討伐の立役者が揃って拒否をするというのは大きい。

 誰も口には出せないが、参加国の中にはいやいや出てきている国もある。

 中にはビネージュ王国やゴートランド大聖堂が主導する今回の遠征に、疑義を呈してくる国も出てくるかもしれない。


 まだ、スカーレット大聖堂が声明文を推敲している段階のようだが……。

「ずっと情報を押さえておくことは困難じゃろうなあ」

「我々にできるのは、王都本営からの連絡係や兵站輸送に携わる民間商人に箝口令を敷くぐらいです。従軍している兵へ本国の家族が……特にクリムト王国の周辺国から出征した将兵へ手紙が届いてしまえば、すぐに広まるでしょう」

「そうじゃな。しかもこういう情報に限って、広まるのは早いんじゃ……」




 スカーレット派の残党とクリムト王国の思惑は分かっている。


 要するに、面白くないのだ。


 スカーレット派は上層部が一掃されたとはいえ……むしろ一掃されたことで、中堅以下を統制できる者がいない。

 四角四面で現状を見ない教理に、幹部になってからいきなり染まるものではない。むしろ打算を知らない分だけ、少壮のエリート層の方が極端なやり方にハマりやすい。

 若手の石頭な過激派からすれば、上級職が他大聖堂から回されてきて“占領されている”現状も、スカーレット派の“教義”が公式に否定された事実も認められないに違いない。




 クリムト王国にしても、被害が大きかった前回の魔王の時に、勇者パーティを組織して討伐を成功させたのは我が国だという意識がある。それがたとえ、今となっては五百年も前のカビの生えた勲章であったとしても。

 そして今回同盟の盟主となり、勇者も出したビネージュ王国は元々自国の辺境領。ビネージュの土地は魔王が復活しないか見張らせるために、初代勇者に褒賞として与えたクリムト王国の僻地だった場所だ。


 現在両国に主従関係はない……とビネージュ王国は思っている。

 討伐当時の関係者が全て亡くなり、クリムト王国が衰退した三百年前。王国の実効支配している領域が狭くなり、放置された外周部の辺境領がそれぞれ自立して王国を建てた。ビネージュ王国ができたのもその時。

 もう魔王の脅威が過去のものになったその頃には、交通の要路になったビネージュ領都の方がクリムト王都より発展した街になっていた。

 クリムト王に忠誠を誓った初代領主、つまり勇者ももういない。

 外周部の管理さえできなくなって内にこもるようになったクリムト王国を、もはや主と仰ぐ意味が無くなってしまったのだ。


 一方のクリムト王国にしてみれば、かつては魔物が跋扈し使い道もなかった自国で最果ての地が現在のビネージュ王国。

 “ゴミ捨て場”に経済力も国際的な影響力も負け、今まさに名誉も奪われかかっている。過去の栄光しか縋るものが無くなっているのに、認められるものではないのだろう。

 

 つまり今回の“二回目”に上書きされ、“第一回”の有難みが薄れてしまう事に……過去の栄光にしがみ付くスカーレットとクリムトは反発しているわけだ。




 教皇は渡された報告書をデスクの上に放り投げ、うんざりした顔で豊かな顎ひげをしごいた。

「一言で言えば、“老害”かのう」

「言い得て妙ですが……もう一つ、気になることが」

 秘書の持って回った言い方に、教皇は引っかかるものを感じた。

「なんじゃ?」

「両者を扇動したのは、誰ですかね?」

「……ふむ」

 

 スカーレット大聖堂はクリムト王国の片田舎にある。

 ビネージュ王国とゴートランド大聖堂のようなものだ。大家と住人という関係だけでなく、戦友の連帯感と実利を補い合う二人三脚の間柄も持っている。

 今回の件も、当然示し合わせての行動なのは明らかだが……。

 

 ウォーレスが声を潜めて指摘した。

「聖女様が捕獲した魔族が、スカーレット大聖堂のネブガルド宣教部長が実は潜入していた魔族であったと証言しています」

「あやつか……確か、教皇選後のどさくさでいつの間にかいなくなっておったんじゃったな」

 元々あまり前に出ないタイプの参謀役だったが、あの時の混乱で完全に姿を見失っていた。

 そもそもが何らかの処罰をするつもりではなかったので、全員を完全に捕縛する予定もなかった。まさか事前に逃げているなんて思わなかったのだ。

「我々も、スカーレット派の断罪は全て終わったつもりでしたので……スカーレット大聖堂の掌握に乗り出した後も、ヤツが逃げ帰っていたかどうかを確認しておりませんでした」

「政府要人でもあるまいし、神官一人が逃げたところで通常なら大した話ではないからのう」

「はい。考えてみれば、ヤツはあの場に居残っていなかったのではっきりした処分もされていません。スカーレット派にしてみれば、こっそり接触されてもなんら警戒しなかったでしょう」

 教皇は執務机に肘を突き、険しい顔になった。

「残っていた影響力で、後方攪乱か……魔王軍め、やってくれる」




 スカーレット派の中でも切れ者で通っていたネブガルドだ。片手間……というか失敗した潜入工作の“廃物利用”で、これぐらいの離間策を考えついてもおかしくない。

 ウォーレスの表情が険しい。

「問題はこの後です。ネブガルドがどこまでスカーレットやクリムトの裏で暗躍しているのか分かりませんが……続いて第二弾、第三弾が用意されていても、なんらおかしくありません」

「今さらスカーレット内の過激派に、『これは魔族の陰謀だ!』などと言っても聞きはすまいな」

「はい、間違いなく。教皇選後の処分から漏れたネブガルドを、今頃になって『実は魔族の工作員でした』等と言っても……」


 人は聞きたい言葉だけが耳に入る生き物だ。

 その中でも選りすぐりに視野が狭い者どもでは、新証拠の掲示や説得なんて試す価値さえない。


 かといって、このまま放置もできない。

「奴らが有ること無いこと言いふらせば、同盟軍は分解しかねんな」

「前線からクリムトの派遣軍が離脱するだけでも動揺が走るでしょう」

 教皇は額を掌で押さえて、苦しい胸の内を吐き出した。

「……せっかく聖女が『自分の損得を優先するな』と釘を刺してくれたのも無駄に成りかねんのう」


 “俺は嫌だ”で魔王討伐に“定評”がある二者が逃げれば、他の国もアレコレ理由を付けて抜けかねない。

 今の所クリムト王国からの連絡は後方で押さえて前線部隊へは行かないようにしているが……物流業者に託した手紙ではなく、引き上げ命令を伝達する使節団を派遣されれば外交上阻止しようがない。

 あるいは……スカーレット大聖堂かクリムト王国が、正式に声明を大陸中へ向けて公表すれば同じことになる。


 スカーレット大聖堂から教皇庁へ声明を送る段階に入っているということは、当然大陸中に同時に発表するつもりだろう。

 各国へ直接声明文を送られてしまえば、前線向けの情報を押さえておくことも無理だ。




 教皇は専用の台座の上に置かれた女神像を眺めた。

 

 ゴートランド教団の統治者として、信徒の筆頭として、愚かなスカーレットとクリムトにどんな手段を取るにしても思うところはあるが……。

「……あの聖女が己を捨てて思い切ったんじゃ。儂らも目先をごまかしてばかりおらんで、戦わねばのう……」


 あの金に執着して自分を曲げることを知らない聖女が、命がけの戦いに出向いてくれているのだ。

 若干十四歳の少女にそれだけの事をさせておいて、本来子供を守るべき大人(われら)が決断一つ思いきれないのでは……。


 腹を決めた教皇が、その思いを口に出そうと己の秘書を見れば。


 すでにウォーレスは胸に手を置き、恭しく頭を下げていた。

「不肖このウォーレス、()()の第一人者と自負しておりますれば……荒療治の汚名、一緒に引き受けさせていただきます」

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― 新着の感想 ―
[一言] 今日は最推しなウォーレス回だ! 待機!待機!
[一言] おおー!教皇とウォーレスがやる気だ!!(笑)
[一言] ウォーレスかっこいいぞ!
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