第149話 魔王軍は再考を余儀なくされます
人間側の動きを見てきたグレムリンの報告によれば、勇者パーティは……三万人!
それを聞かされた魔王軍幹部たちの反応は、当然ながら……。
「どこが勇者パーティだ!?」
「それは軍隊ではないのか!?」
「人間どもは何を考えているのだ!?」
お偉方から口々に罵声を浴びせられたグレムリンが、身を小さくしながら見てきた様子を説明する。
「やつらの兵の噂話を聞き取りますに……勇者パーティの定型メンバーで魔王様と対峙するのに絶対必要なのは、聖剣を扱える勇者だけ。だったら後は達人を数人連れて行くより、大勢で襲い掛かった方が合理的と言う判断だそうで……」
なるほど、人間どもの理屈はわかった。
……が。
「発案者はあのクソ王子か!? 若僧め、“お約束”というものを分かっておらん!」
「コレだから理詰めで考える奴は!? ああ情けない! 漢のロマンをなんだと心得ているのだ!?」
「勇者が集団の暴力なんかに頼るな! ヒーローってのはそういうものじゃないだろう!?」
「ええい、愚か者め……我に代われ! チーレムパーティがいかなるものか、お手本を見せてやるわ!」
ロマンチスト集団、魔王軍。
「しかし、これはひどい計算違いだ……」
義憤に駆られて騒いだ幹部会が落ち着きを取り戻し、冷静になった悪魔神官は忌々しげにつぶやいた。
人間軍は他にも大量の兵を動員して、包囲線を敷いてじわじわ締め上げてくるつもりらしい。
その一方で守備にあたる必要がない“勇者パーティ”三万は、一気にこの魔王城を目指して突進してくる……。
「各地で村々を襲って背後を脅かし、勇者が救援に走り回っているあいだに我が魔王軍一万が王都を突くはずだったのに……」
本拠地の防衛を優先しなければならないのは自分たちの方になった。
これではとても、攪乱の為の襲撃部隊を出しているどころではない。
「まあ落ち着けブラパ。正面から勇者が来るなら、それはそれで話が早いではないか」
四将が一人、幻魔グラーダが悪魔神官をたしなめた。
「三万対一万と言っても、こちらは魔物が一万だ。例えば奴ら人間兵がオーク兵と対等に戦うには、少なくとも十人は必要になる。」
それだけの個体に力量差がある。
この理屈で行けば魔王軍一万を倒すのに、人間は決戦の場に最低でも十万人は用意する必要がある。
「これもオークで考えた場合。サイクロプスやミノタウルスならばそれ以上。ましてや、タイタン殿やライドン殿が暴れれば……勇者が飛び抜けて強いならともかく、その肝心の勇者はゴブリンにも負けそうな弱さという話ではないか」
魔物にさえディスられるセシルの弱さを思い出し、元ネブガルドもちょっと落ち着いた。
「そうであったな……勇者はあやつであった。うむ、案ずることは無かったな」
悪魔神官からも信頼される、安定の弱さ・勇者セシル。
ネブガルドが同輩たちを見回した。
「どうだろう、まずは正攻法で力押しをしてみるのは? それにより奴らがどの程度やるのか、様子見をしてから対応を考えても良いのではないか?」
他の三人もそれぞれに頷き返す。
「そうだな」
「これで総崩れになったら拍子抜けだがな」
「いっそ潰れてくれれば楽でよい。フハハハハハ!」
伝令に飛ぶため、かしこまって控えているグレムリンは思った。
(一万の中には、オークより全然弱いゴブリンやイブルも多いんだけどなぁ……)
だが、言わない。
下っ端はつらいのだ。
◆
万を超える軍勢と言うのはとにかく遅い。
「ここまで来るのに二週間かかってるけど、個人だったら全速力で四日ぐらいじゃないのかな……」
ココなんか退屈で、あくびが出ちゃう。
(いっそ馬車に切り替えるかな……行軍の間、昼寝できる)
そんな事をココが思っている後ろで、聖堂騎士団長が聖女の正直な感想に呵々大笑している。
「仕方ありませんな。隊列を崩さないように進むと、どうしても個人で進む速さほどには歩けません。その状態で陣形を維持すれば、更に。前の者が進むのを見てから足を出すと、自然と玉突きで反応が遅くなりますからな」
「やれやれ……」
言うことはわかるけど、面倒な話だ。
いにしえの勇者パーティが少数精鋭だったのはそれもあるかもしれない。
ココの横を進むゴブリンが、何かに気が付いて手を振った。
「ん? どうした、ゴブさん」
「ギャ! (今、あっちにゴブリンいた)」
ココもそっちを見てみるけど、さっぱり分からない。
「本当にゴブリンだった? 全然姿が見えないけど」
「ギャ! (ゴブリンゴブリン)」
また手を振っている。
見てもさっぱり分からない。
ちょっと考えたココは、器用にポニーの上で立つと、身をくねらせて“せくしーぽーず”をやってみた。女好きのゴブリンなら、これで騒ぐかもしれない。
風景は全然何も変わらない。
「ゴブさん、やっぱり見間違えじゃないか?」
「ギャ! ギャ! (そんなこと無い。おまえの今のウケた。笑い転げてる)」
それはない。
ココの名誉的にその反応はあり得ない。
「やっぱり見間違えだよ」
「ギャ? (ええー?)」
ゴブリンがロバの背に立った。
バンザイして飛び跳ねる。
「ギャ! (ウェーイ!)」
『ギャ! (ウェーイ!)』
ココが思っていたより近いところの草むらから、同じようにゴブリンがピョンと飛び跳ねた。
『ギャ! (ウェーイ!)』
『ギャ! (ウェーイ!)』
『ギャ! (ウェーイ!)』
思っていたよりはるかにたくさんのゴブリンが、わーっと飛び跳ねて順にウェーブしていく。
「あ、あんな所にいたのか!」
「ギャ! (そうそう)」
「あいつら、知り合い?」
「ギャ? (え? 全然知らないヤツ)」
「ふーん。ノリがいいな」
しばらくココとセシルはゴブリンのウェーブを無言で眺め……。
「魔王軍の偵察だ!?」
『ギャ! (ウェーイ!)』
騎兵が追いかけると、ゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「あれ、敵の攻撃だったのかな?」
「奇襲にしたって、これだけの部隊の本陣にはるかに少ないゴブリンで攻めてきたりはしないだろう。あくまで動向を見張っていただけじゃないかな?」
「そうすると……」
ココの言葉の後をセシルが引き取った。
「斥候が俺たちと接触したんだ。待機していた本隊が来るぞ」
待つほどの時間もいらなかった。
山型の横陣で進むセシル達から先行していた哨戒の部隊から早馬が来る。
「前方の林に、敵が確認されました! オークと思われます!」
「ついに来たか……」
手綱を握る手に力がこもるセシル。やはり初めては緊張するだろう。
「心配するな。オークぐらいだったら私も何度もやりあってる。しょせんは肉で出回るような奴だぞ? 兵もこれだけいるんだ、何を恐れることがある」
「そうか……そうだな」
ココの緊張感もない言葉に、セシルも強張っていた表情を和らげる。
「伝説の巨人とかでなくて、よかったというべきか」
「そうそう」
ココは何度か料理した連中だ。
一般兵でも倒せることはわかっている。何も怖いことなどない。
「初陣が楽な奴でよかったな、セシル。一騎討ちやってみるか?」
「おまえじゃないんだ。無茶言うな」
「可憐な乙女に何を言うか」
ココはセシルに言い返しながら、無遠慮にゲタゲタ笑っているゴブリンを小突いてロバから突き落とした。
「それにしてもオークですか。これは昼飯が豪華になりそうですな」
聖堂騎士団長の冗談に、セシルも笑いながら頷いた。
「しかし、数匹では困るな。何十匹か出てきてくれないと、三万の兵では全員に一口も行き渡らん」
「ワハハ! では殿下、シチューにでもしましょうか」
二人の掛け合いに、周囲の兵もどっと沸く。
雰囲気作りは上々。
あとは、敵を前に緊張しなければ……。
「なあ、セシル」
「なんだ……?」
ココたちの前、林からちょっと前の平原に、魔王軍と思われるオークたちがそれぞれ武器の巨大な棍棒を振りながら待ち構えていた。
面積当たり計算法でいえば、おそらく……二千匹ぐらい?
端のほうは遥か先なので、ちょっと計算が合っているかはココも自信がない。
そして、意外というほどでもないが……オークだけではなく、ミノタウルスもいた。
牛頭の巨人、もしくは二足歩行の牛はさすがにオークより少なくて……五百ぐらい?
個々の強さでいえば、オークとミノタウルスの連合軍二千から三千は、正直こちらより強い……かもしれない。
その証拠にやる気満々で、魔王軍の第一陣は突撃の機をうかがっている。
「良かったな。薄いシチューどころか、お昼はバーベキューだぞ?」
「そうだなあ……食前の運動がキツそうだがな」




