第134話 聖女様は一日ギルド長をします
聖女が行う聖務は多岐にわたるが、その中でも市井へ分け入り民衆と交流を深めるのは重要な仕事だ。
ビネージュ王国は信仰が自由だ。なのでこの国で布教をするなら、民から親しみやすく思われているのは大事である。
「……にしたって」
ココは受け取った案内文を見て首を捻った。
「孤児院や施療院の慰問や公共施設の表敬訪問は分かるけどさ……冒険者ギルドの一日ギルド長って、これ聖女の仕事か?」
「聖女様の特徴を使った広報活動を、色々試行錯誤しているところでして」
教皇秘書が書類をめくった。
「他にも腹案はあったんですよ? 市民劇団のミュージカル参加。庭園鑑賞会の接待役……ホステス? 野菜無料配布イベントの手渡し係」
「勘弁してくれ……」
「王宮前広場で独唱会」
「無茶言うな!?」
「ミス・ゴートランド決勝戦の司会(紐水着着用)」
「ヘロイストスだな? 絞めてくる」
「アイデア出しの後、帰国しました」
ウォーレスがファイルをパタンと閉めてココを見た。
「これでも今までの流れでできそうなのを選んだつもりなんですがね……どうします?」
「紐ビキニは嫌だな」
「いえ、ヘロ公が置いていったのは“紐ビキニ”ではありません。“着用しても紐にしか見えない水着”です……で、どうします?」
「…………一日ギルド長で」
◆
夕方、ココはいつもの使いっ走りスタイルで繁華街に出没していた。
「冒険者ギルドなんて見たこと無いものな……説明されてもイメージ湧かないや」
ココがウロチョロしていたのは市場の周辺なので、一等地みたいなところは行ったことが無い。ギルドがあるのは商業地区だから、いわゆる高級な地域とはまた話が違うが……。
基礎知識が無くて、当日間抜けな失態で恥をかくのは良くない。
うっかりミスで本性を見せてしまうのはもっと良くない。
仕事には真摯なココ。
冒険者ギルドの様子を事前に見ておこうと、こっそり修道院を抜け出して街へ来たのだった。
「できればどんな雰囲気の所かとか、間取りとか……息抜きして休んでいても見つからない死角になる場所とか、金目の物が保管されている場所とかを知っておかないとな」
聖女様の現地チェック、視点が空き巣の下見と変わらない。
◆
一戸建ての商店や事務所が立ち並ぶ辺りで聞いてきた住所を探し、ココは大きな建物に目を付けた。
「あれか? やたら風体がバラバラなヤツらが出入りしているし……」
堅気な建物が並んでいる中に、一軒だけ酒場みたいなスイングドアの店がある。人の出入りも多いのだけど……その連中がまた、絵に描いたような荒くれ者っぽいのばかりで。
「……なんか、ガラが悪いな」
ココは鼻の頭にしわを寄せて、胡散臭い建物を眺めた。
どうも見た感じ、気に入らない。
これ見よがしな威嚇ファッションとか。
バカみたいな大声で路上で立ち話とか。
酒場の喧嘩のやんちゃ自慢とか。
「なんだか盗賊やギャングと変わらないヤツらだな」
こんなまともな商売人に見えない連中のところに慰問に行っちゃって、教会のイメージが逆に傷つかないだろうか?
「……裏に回ってみるか」
内部の様子も見てみよう。
ココはさらに深く見てみることにした。
換気のための窓から賑やかに騒ぐ声が漏れているのに気が付き、ココは狭い裏路地で壁をよじ登った。
木製の窓板を押し上げているつっかえ棒の横から、ひょこっと屋内を覗き込む。ドンピシャ、そこはギルド内の食堂兼居酒屋だった。
「うわー……」
表で大声でしゃべっていたのは、あれでも外だから遠慮していたらしい。
自前の食堂で酒が入った時の冒険者たちの遠慮なく騒ぐ様子は、もう噂に聞く山賊の酒盛りと遜色なかった。
「こんなところ、どう考えても慰問先じゃないだろう……」
むしろ、王国軍による抜き打ち検査とか違法物品取引の摘発とかで強行突入されそうな場所だ。そういう行事だったら、ココも存分に腕を振るってやってもいい。
ココが嫌悪感で思わずしかめっツラになっていると、ギルド長らしい少しはマシな服装のオッサンが壁に掲示を貼りに出てきた。
「おう、おめえら! 来週の三の日、教会から聖女様が見に来るっからな? 酒を抜いて集まるんだぞ!」
ポスターを指し示しながら自分で話しているオッサン。察するに文盲の連中も少なからずいるらしい。
長の言うことを聞いて、顔を見合わせあった野蛮人たちが笑いだす。
「教会から聖女? おいおい、ここがそんなお上品な場所に見えるかよ!」
「慰問に行くんなら場所を選べよなあ、ギャハハハハハ!」
その意見にはココも無条件で同意する。
だが“そんな場所”にしているのはおまえらなので、まず自分が悔い改めて欲しい。
まさか肝心の聖女がそこで聞いているとは思わず、冒険者たちは投下されたネタを酒のツマミに盛り上がっている。
「はあ? 一日ギルド長? 聖女様って小娘だろ? 何ができるって言うんだよ」
「俺見たことあるぜ! あんな美人のねーちゃんなら、夜のお相手なら大歓迎だけどな!」
酒が入って気が大きくなっているのもあるかもしれないが、女子の前で品性の無いバカ話をするものではない……まあ、ココが勝手に覗いているんだけど。
「ひっどいなあ……」
市場の露店食堂で酔っ払いはさんざん見て来たけど、ここの連中は特にひどい。
冒険者なんて言葉から感じられる前向きな雰囲気がまるでない。チンピラしかいない。
(やっぱりこの仕事、キャンセルしようかな……)
ココがそんなことを考え始めたところで……禁断の発言が。
「おい、それお付きの方じゃねえか? 確か聖女って発育不良のガキンチョだぞ?」
「なんだよ、つまんねーな。チェンジだ、チェンジ!」
「俺はむしろ、そういうオコサマをヒイヒイ言わせてみてえ」
「おまえ趣味悪う!」
「バレちゃった? ギャハハハハ!」
壁にぶら下がる聖女様は、しばらく無言だった。
「…………ほう?」
さすがは王都の冒険者ギルド。
……命知らずが揃っているらしい。
腹が決まった以上は、こんなところで無駄に時間を過ごしている場合じゃない。
「さてと。一回教皇庁に寄ってウォーレスに指示を出して……王宮にも話を通してもらわないとな」
壁を滑り降りると、キレたココは決然と顔をあげて雑踏を大聖堂に向けて歩み去った。
王都の冒険者ギルドなんて実態として大した連中じゃないとか。
アウトローなファッションも態度も、自分を大きく見せたくて粋がってるだけだとか。
所詮は口ばかり達者な小物が酒の勢いで喚いているだけだとか。
そういうことをココが事前に理解していれば、この後の悲劇は避けられたかもしれない。
……“発育不良”を出した段階で、どちらにしても免罪は無かったかも知れないが。
◆
「おいウォーレス。今度の冒険者ギルドの件だけど」
「はい? ああ、アレですね。どうかしましたか?」
「せっかく私が行くんだ。実のある訪問にしたいから、集合場所を変更するって連絡しとけ。あと、セシルにも協力を頼みたいんで手紙を届けてくれ」
「はあ……」
首を傾げながら教皇秘書が聖女から指示を受けた、新しい集合場所は……。
「王宮外苑の……軍の訓練場?」
ウォーレスはそれだけで理解した。
このイベント、絶対まともに終わらない。
◆
早朝から始まる「聖女様・一日冒険者ギルド長」企画の為に、王宮の外周部にある軍の演習場に冒険者が集められていた。
「いったい何だよ、こんな朝っぱらから……」
「聖女ちゃんがなんか張り切ってるらしいぜ? 兵隊ごっこなら軍の慰問に行けばいいのにな」
冒険者たちは滅多に起きない時間に集めさせられて、不機嫌な顔でブツブツ言いあっている。
そもそもが個人事業主の集合体なので、元からまとまりなんてない。
そこへもってきて強制的にかったるい行事へ強制参加。
不快指数は半端なく高まっている。聖女の出方次第では暴動が起きかねない……そんな不穏な空気が漂っていた。
付き添いのウォーレスがやることもなく端に突っ立っていると、王子様がわざわざ様子を見にやってきた。
「よぅ、ウォーレス」
「これは殿下、わざわざの御足労ありがとうございます」
「今日のお供はウォーレスか。ナッツじゃないのだな」
「はあ……」
司祭は何とも言えない顔をする。
「聖女様が、冒険者なんかにシスター・ナタリアを見せたら視線だけで妊娠すると」
「ほう。冒険者たちもずいぶん嫌われたものだな」
「本当に、ヤツらは聖女様に何をやってご機嫌を損ねたのか……」
実はココの方が勝手に押しかけて勝手に見限ったとは、さすがの切れ者も想像が及ばなかった。
「聖女はまだかよ!」
「くっだらねえイベントでいつまで待たせるんだよ! 早く始めろや!」
焦れてきた冒険者たちが聞えよがしな不平を叫び始めたところで……聖女が号令台へ上がってきた。
それを見た一部の冒険者が、ぽかんとする。
仲間の様子がおかしいことに気が付いた他の者も釣られて視線をたどり……次第に沈黙が広がっていく。
その中で、自分に発声器官が付いていることを思い出した一部の冒険者が呟いた。
「……なんだ? ありゃ……」
皆が見えるように、ちょっと高台になっている号令台へ上がったココ。
だが、その姿は”聖女”という言葉から連想できるものではなかった。
草色と土色のまだら模様の、パンツスタイルの上下。
動きやすい服装をしたうえで、頭もベールではなく同じ迷彩色のバンダナを巻いている。
そんな聖女様は号令台の上で後ろ手に仁王立ちになると、台の下で騒めく冒険者たちを睥睨した。
そして注目が十分に集まったとみて、おもむろに口を開いた。
「てめえら集合一つまともにできねえのか!? 集まるだけでどれだけ無駄に時間をかけるんだ、この盛ることしか頭にねえ能無しのクソ虫どもが!」




