第117話 聖女様は有資格者か疑われます
しばしの沈黙を挟み、ブレマートン大司教モンターノは軽く手をあげて自分に注目を集めさせた。
騒然としていた場が徐々に収まってくる。
静かになったところでモンターノは、ゆるゆると首を振りながらスカーレット大司教ヴァルケンに向かって話し始めた。
「ヴァルケンよ……それを言いたい気持ちはよーくわかる」
「なんだ、“よく分かる”って」
ココが質問するがそれに答えず、モンターノは話を続ける。
「正直……正直ワシも、それについては共感するところがないではない」
「おまえにだけは言われる筋合いはないぞ」
「だが、それはトニ……教皇聖下にだけ責任を問えるものではあるまい」
ココのツッコミを無視して話を進めるモンターノは、ヴァルケンの主張について一番基本的な問題点を挙げた。
「聖女の任命は神託によるもの。そして任命の儀には我ら各大聖堂の者も立ち会っておる。教皇の一存で決めているわけではない」
十二年に一回行われる聖女の任命は、女神から下される神託によっての候補者が指示される。
ゴートランド教団はその神託に会う者を探し、聖心力の有無を確認して人物を確定する……逆に言えば、探してくるだけだ。
この中で教皇が担っているのは、対象者が聖心力を発揮できるのを確認して新聖女の誕生を宣言する部分。この儀式の間は三大聖堂の高官は勢揃いしているから、大司教二人も一緒に同じ光景を見ている。
だからココが檻で運び込まれたのも、誓詞に手を置いて聖心力が大きく溢れ出したのも、ヴァルケンとモンターノはあの時自分の目で確認をしているのだ。
「ワシらも見ていたのだ。見込み違いだったとして、教皇だけに責任は問えまい」
派閥同士の意地の張り合いから脱落しているせいか、モンターノはいたって公平に指摘して見せた。
「だが、その前後には我らは関与していない」
「……うん? 何が言いたい?」
御同役の指摘する点は、当然ヴァルケンも承知している。
そのうえでの告発だから、もちろん彼なりの言い分も用意してある。
怪訝そうなモンターノを見つめ、ヴァルケンが続けた。
「神託が告げた“西の門の市場”まで探索に行き、候補者を連れて帰ってきたのは教皇配下の兵士だ。しかも見つけてから確保するのに大変苦慮してな」
市場でストリートチルドレンをしていたココを探して捕まえたのは、教皇庁の警備兵たちだ。逃げ回るココの猿のような動きに、確保するまで半日かかった。
「そこで細工があったなどとは言わん。だが、あの状況下で本当に神託が告げた候補者を確保できたのか……その点に疑問があると言われても仕方がないのではないか?」
ヴァルケンの指摘に、派閥を問わず人々から唸り声が洩れる。
ココの捕獲に苦労したのは、あの時ゴートランド大聖堂に待機していた人間なら誰でも知っている。あのドタバタの渦中で、じっくり対象者かどうかを判別できたかと言うと、確かに心もとない。
皆の反応を見て、前のめりになったヴァルケン大司教は更に言い募る。
「そもそもだな。歴代の聖女が必ずビネージュの宮廷から出ていたおかげで、我々は神託の解釈は単純で、聖女候補の捜索は簡単にできるものと誤解しておったのではないか?」
「どういう意味だ?」
「貴婦人からとなると元々調査対象者が非常に少ない。条件に合う人間はさらに。そういう状況では神託の解釈を間違えようもないだろう。だが候補者が庶民からとなれば、草原で一本の針を探すがごとき仕事になる。文言の解釈が、実は何通りも考えられたのではないか?」
「それは……」
「ううむ……」
教皇とモンターノ大司教も絶句した。
そこへ慌ててウォーレスが割って入った。
「お待ちください! それを言うならば、任命の儀で聖女様が示した聖心力はどうなのです!?」
“神託に合う娘を探して、見つけ出した”
聖女の任命はそこで終わりではない。
「誓詞に手を置いた時に示された、聖女様の莫大な聖心力は皆さまも見ておられたでしょう。私も他の聖女様は先代、先々代のお二人しか知りませんが、あれほどの力は無かったはず!」
ココが身の内に膨大な聖心力を秘めていたことが、例外的な生まれでありながら聖女と判断された決定的な証拠となった。これは無視できる話ではない。
ウォーレスの指摘に、列席者たちは再び同意する呟きを漏らすが……ヴァルケンもまた、これに反論があった。
「それも神託の理解と一緒で、我々は誤解していたのではないか?」
「……と申されますと?」
まだ余裕を見せる大司教は、一司祭の反論を鼻で笑った。
「“聖心力を修練を積んだ神官以外で出せるのは聖女しかいない”と言うのが、我々の思い込みであったとしたら……どうだ」
「!?」
今度こそ、人々の間に恐慌に近い動揺が走った。
◆
スカーレット大司教の言葉をココは考えてみる。
「つまり、私の聖心力は聖女の目印として女神様から与えられたものではなくて、実は野良の魔法使いなんじゃないかと?」
「端的に言えばそうなる。実際に聖心力とは別系統だが在野の魔術師、魔法使いは多数存在する。貴公に聖心力が発現するような信仰心があるとは思えないが、もしかしたら聖心力も修行に寄らず発現するなんらかの要素があったのかもしれん」
馬鹿にされているのを端々に感じるが、今はそれを問い詰めている時ではない。この陰険ジジイの意見は、ココも考えたことが無かった新しい発想だった。
人々が口々に議論し合う中、考え込んだココに代わって教皇が裏返った声を張り上げた。
「な、ならばヴァルケン……おぬしは本物の聖女が他にいるというのか!?」
もしも。
もしもココが聖女でないのならば。
この八年、本物の聖女は認められることなく市井に埋もれていたということになる。
本当にそうならば実は聖女が八年も空位になっていたことになる。
これは教団にとって、取り返しのつかない大失態と言ってもいい。
もしや痛恨のミスを……という疑心暗鬼と、現状の方が正しくあってほしいという願望がせめぎ合っている人々の前で……ヴァルケンが胸を張って、会議場の扉を差し示した。
「その可能性に気が付いた私は、条件に合う娘が他にいたのではないかとこの二年独自に捜索を行っていた。その結果……」
その言葉の先を予想した群衆は、ハッとして一斉に扉の方を見た。
「……まさか!」
と驚愕する教皇。
「そんなバカな……」
と驚きつつも訝し気なウォーレス。
「かわいいのか?」
とホケッとした顔で首をめぐらすモンターノ。
「問題はスリーサイズだ!」
と拳に力を入れて力説するヘロイストス(手打ちにより保釈済み)。
「……なんでだろうな。こういう時にいつも通りのヤツがいるとホッとするな」
とココは頬杖をついて、扉ではなくジジイどもを眺めた。
ヴァルケンの側近が開いた扉から、一人の修道女がしずしずと入ってくる。
白い肌に黒髪の、凛とした雰囲気の少女だ。
吊り目気味の目元が不安げに揺れていたが、ココを見るとさらに吊り上がってキツい表情で睨んでくる。
(私、まだ何にもやってないんだけどなぁ)
ココの方は特に緊張感もなく、スカーレット大司教がいうところの“真の聖女”を眺め返した。
得意げな表情を隠そうともせず、横に並んだ修道女をヴァルケン大司教は教団上層部へ紹介した。
「我々の調査の結果、探し出したのがこちらのフローラだ。八年前に神託に依って西の門の市場付近を捜索した日、彼女は十一歳で市場のすぐ脇の家に住んでいた。誰かと違って敬虔なゴートランド教徒であり、これからお見せするが聖心力も発揮することができる」
ヴァルケンの紹介を受け、フローラと呼ばれた修道女が一歩前に進み出た。
彼女は周囲から一斉に自分へ向けられた、実に色々な感情のこもった視線に臆することなく……背筋を伸ばしてはっきりと宣言した。
「皆様、初めまして。私が第四十三代聖女になる筈であったフローラと申します」




