第115話 聖女様は節税の仕方を知りたいです
閑話的なアレです。
思いがけない臨時収入にココが浮かれているのを見て、セシルがふと大事なことを思い出した。
「そう言えばココ」
「ん? 何だセシル」
上機嫌のココが踊りながら王子様を見る。
「おまえ、お釣りのおかげで相当な収入があったわけだが」
「うむ。それが?」
セシルが親指を立て、廊下のほうを肩越しに指さした。
「おまえが先日掲示していた通り、世の中には十分の一税というものがあってな?」
セシルの意表を突いた言葉に、ココが勝ち誇ったポーズのままでその場に固まった。
そう。
先日ココはブレマートン派への嫌がらせで所得税を納めろと掲示をしたが、十分の一税は当然ながら本来は国のシステムである。
つまり賄賂資金がココの懐に入るのならば、今度はココが国に納税することになるわけで……。
皆が黙って見ていると、やや時間をおいてカラクリ細工みたいにギクシャクした動きで聖女様が振り返る。ちょっとだけショックから立ち直ったらしい。
ココは何かしゃべろうとしてあれこれ百面相をした後、最終的にこわばった表情でニヘラと笑い……一言。
「ココちゃんね? まだ子供だから、そういうのよく分かんなーい!」
……。
(苦しい)
(苦しいなあ)
(それ、言い訳になるんか?)
あまりに苦しい聖女の言い訳。聞かされたほうも、全員なんと言っていいのやら……。
とりあえず、ナタリアが皆の気持ちを代弁し、
「ココ様……さっき、もう大人なんだから舐めるなって言ってましたよね?」
力技で押し通そうとする聖女へ力のないツッコミを入れた。
「おいおいナッツ、私は“一人前”と言っただけだ! 子供じゃないとは言ってない! 十四歳は立派に子供だぞ? 庶民だったらまだ職業学校とか通っていてもおかしくないし!」
「普通一人前を名乗ったら大人のつもりなんですよ」
「よく考えたら私にも至らない点があった。今後は謙虚に生きようと思う」
「お金惜しさに謙虚を主張する人間は初めて見ました……」
脱力するナタリアに変わり、ジト目でやり取りを眺めていたセシルがツッコミを入れた。
「どっちでも構わないが、たとえ子供だろうと収入があったら払えよ」
「なんだと!?」
王子の不当請求に聖女は驚愕するが……。
「王国法に年齢で免除されるなんて書いてないぞ? まあ、そもそも子供が大金を稼ぐなんて想定はしていないわけだが」
「おまえ王子のくせに、何を地道に勉強なんかしてやがるんだ!?」
「そりゃ王子だからな。国を動かすのに無知で務まるか」
王子に免除は無いと言われ、守銭奴は慌てふためいて抗議し始めた。
「ちょっと待て! お、おまえ私のような貧乏人から税金を取りたてようというのか!? 鬼! 悪魔!」
「何を言っているんだ。今のココは世間じゃ十分に金を持っているほうだからな? 貧乏人てのはその日の飯にも困るような人間を言うんだ。それはおまえが一番知っているだろう」
「そうだけど! それはそうなんだけど!?」
ココはこの中で唯一の“貧乏人”経験者なだけに、それを言われると否定できない。
どう言い返そうかと焦っているココに、セシルは一番基本的なことを指摘した。
「それに貧乏人だろうと何だろうと、実際に収入があったんだから税金は払えよ」
普段の収入がどうであろうと、基礎控除額なんて発想は無い。
一旦言葉に詰まった聖女様は、次の瞬間。
「い、嫌だ!? いーやーだー!」
とにかく払えという王子の膝に、聖女様はマジ泣きで縋りついた。
「なんだよ」
「なあセシル、見逃してくれよ!? 六歳児を朝から晩までこき使うようなブラック教会に勤めてちまちま日銭を稼いでいる私が、奇跡的にゲットしたまとまった金なんだぞ!」
「いや、そうは言ってもな」
「日給銅貨八枚なんて奴隷相場で働かされる聖女なんて仕事をしていて、八年も勤めて初めておいしい思いをしたんだぞ……」
「だけど法律で決まっているわけだしな」
「ダメだ! これは大事にまるごと貯金にするんだ! セシル、おまえ死ぬまで国が面倒見てくれる御身分なくせに、定年になったら年金も退職金も無しに放り出される私の貴重な老後資金をさらに削ろうっていうのか!?」
「……なんかそう言われると、俺が凄い酷いことをしているみたいに思えて来るな」
「とにかくこのお金は私の物だーっ!」
追い詰められて野犬のようにキャンキャン吠えるココの肩を、セシルが慈愛に満ちた目でポンと叩いた。
「心配するな、ココ。俺だっておまえの将来はちゃんと気にしてる」
「セシル……」
ココが手の甲で涙をぬぐった。
「……『俺のところに永久就職』とかふざけたことを抜かしたら、おまえのケツに今からヌルヌル芋をぶっ刺すぞ?」
「ただでさえココに求婚していることで、俺は女の趣味がおかしいとか周りに言われているんだ。新しい性癖はもういらない」
「あの……この話題はその辺で」
ココとセシルが睨み合っていると、横から遠慮がちにウォーレスが口を挟んできた。
「なんだ、ウォーレス?」
ウォーレスが無言で何かを指さしている。
「?」
ココとセシルが振り向いたら……。
ナタリアが立ったまま、壁に頭からもたれかかっていた。
どう見ても正気じゃないお付きは、口の中でボソボソ呪詛みたいな自虐を呟いている。
「ウフ、ウフフフ……十八歳で定年のココ様が老後資金なんて言ってたら、二十四歳で嫁の行き場もなく使い捨ての私なんてどうすればいいのかしら……アハハ、なんだか笑えてきちゃうわ。私の人生……」
ナタリアは今ちょうどお年頃。
「おい、流れ矢を受けたナッツの方が死にそうだぞ」
あんまり心配して無さそうなセシルの感想を聞いて、ココがパッと顔を輝かせた。
「そうだ! 扶養控除ってヤツは!?」
「おまえが誰を扶養しているんだよ」
「ナッツ」
ココが指さす修道女をセシルも見る。
「ナッツの生活費は教会から出ているだろう? おまえが食わしてはいないだろう」
「私の活躍のおかげでナッツの仕事があるんだ」
「むしろお前のせいでナッツは人生棒に振ってると思うがな」
ナタリアはココの扶養家族とは認められないらしい。
それならば。
「そうだ! どうだ、セシル。私の僅かな貯金じゃなくて、寄付金でたっぷり潤ってる教会からがっぽり取れよ!」
「聖女、おまえいきなり何をとんでもないことを言い出すんじゃ!?」
ココのいきなりの告発に教皇とウォーレスがビクッとするけど、言われたセシルは残念そうにため息をついた。
「おまえの言う事ももっともだが、残念ながら教会の聖務に伴う収入は非課税なんだよな」
あからさまにホッとするオッサン二人。
一方のココは、矛先を変えられなくて舌打ちする。
「クソッ、どうりで神官が肥えるはずだ! ……まてよ?」
よく考えたら、ココだって聖職者だ。
「それを言ったらセシル、私も聖職者なんだけど」
聖女の身分をアピールするけど……王子様は渋かった。
「おまえのこれは、あからさまに運営資金じゃなくて私財じゃないか」
「ダメなのか?」
「聖職者だろうと個人の財布に入れる小遣いはダメだ」
「ぐっ!?」
昔の誰かの名言で、「無能な味方より有能な敵を与えたまえ」とか言うのがあったけど……。
一番いいのは絶対に、「無能な敵」だよな……。
ココはセシルの追及を右へ左へと躱しながら、ふとそんなことを思ったのだった。
◆
スカーレット派のヴァルケン大司教の元へ、大聖堂から到着したばかりの増援の者が報告へ訪れた。
「遅くなって申し訳ございません。ゴートランド派の警戒網にかからないかは分かりませんが、補充の密偵は市内へ分散して潜伏致しました」
「うむ。だが私が聞きたいのは……」
「はい」
旅装の司祭が頷く。
「こちらの『聖女』も到着です。修行明けのため、お待たせ致しました」
「いや、当初よりこのタイミングのはずだったからな。無事に着いて何よりだ」
ヴァルケンは満足そうに頷くと、椅子を回して窓の外に広がる夜空を眺めた。
「トニオめ……ブレマートン派を下してもう勝った気で祝杯をあげている頃だろうが……我らスカーレットの一手はこれからだぞ。せいぜい今を楽しむのだな!」
◆
「ジジイ! ジジイ!」
「教皇と呼べ! なんじゃ、聖女よ!?」
「おまえが巧いこと私腹を肥やしている節税のやり方を教えてくれ!」
「そんなことをやるかぁぁぁ!? 人聞きの悪いことを言うでないわ!」
「建て前は良いから本当のところを白状しろ! 私は切羽詰まっているんだ!」
「建て前も本音もあるか!」
その頃の教皇は聖女に首を絞められ、王子に疑惑の目で見られて 祝杯どころではなかったことを……大司教は知らない。
ココのお金は賄賂用の資金から闇社会へ生臭坊主の身柄を買い取る為にばらまいた裏金の残りなので、じつのところ税金がかかるようなきれいなお金ではありません。
セシルが気が付いていないココをからかっているだけです。




