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第101話 聖女様は勝手が違って戸惑います

 見慣れた意匠とはちょっと違った制服の兵士たちが護衛する中、十数輌の馬車が一列になって門を入ってくる。

 それを式典用のパリッとした制服姿で、ウォルサムたち大聖堂の兵が威儀を正して出迎えているのが見えた。宗教施設では珍しい閲兵式をよく見ようと、たまたま出くわした参拝客が路肩に鈴なりになっているのがわかる。


 大陸会議の開幕を明後日に控え、既に各地の司教たちが続々と大聖堂へ集まって来ていた。そして今、他の大聖堂の幹部たちもご到着だ。

 ゴートランド大聖堂を満たすピリピリとした緊張感は、当日に向けて濃度が急激に上がりつつあった。




「おーおー、アレがスカーレット大聖堂の御一行か」

 ココはスカーレット勢の到着セレモニーを、尖塔の上から眺めていた。

 中途半端に近い窓から覗いていると気づかれそうなので、思いっきり遠いところから見てみた。下の誰かが尖塔から見ている奴がいると気づいても、この距離なら誰だかわからないだろう。


 ココが見た感じ、別にスカーレット大聖堂の連中もゴートランドの高官たちと違いがあるようには見えないが……頭の中身の問題なら、確かに遠めに見てもわからないだろう。

 もしかしたら文化が違うんだけど、ゴートランド側の出迎えに応対中だから今だけ気を張って揃えているのかもしれない。


 そんなことを考えていると石段を上がってくる足音がして、後ろから声をかけられた。

「誰かいると思うたら……聖女、こんな所におったのか」

「見物するつもりだったのなら、上がって来るのが遅いぞジジイ。もう馬車を降り始めているぞ」

 足音から誰かわかっていたココは、後ろも見ずに返事をする。予想していたらしい教皇も平然と横に並んで下を眺めた。

「別に仰々しい入場なんぞを見たいわけではないわ。いよいよ大陸会議かと思うと憂鬱での。なんとなく風に吹かれたくなっただけじゃ」

「出迎えしなくて良いのか?」

「玄関まで儂が迎えに出たら、教皇の権威を安売りすることになるでの。あちらは執事長のウォルバートに任せた。儂は明日、開会前の大司教座顔合わせで顔を出す予定じゃ」 

「面倒な小細工かますんだなあ……」

「それも政治よ」

 珍しく教皇が直接的な言い方をする。


 いつもは「聖務」だ「女神への奉仕」だと言葉を飾る男が珍しい。


 そんなことを考えながらココが横顔を見つめると、視線を感じたらしく教皇は眼下を見下ろしたままぽつりとつぶやいた。

「この会議の間ばかりは、言い繕うのは隙になるからの」

「……スキになる?」

 会議自体初めてのココには、まったく意味が分からない。

「儂らが二言目には“女神の思し召し”などと言うのはな、あくまで教団の為にやっていると己に言い聞かすためでもあるんじゃ。だが、大陸会議では生々しい話の応酬になるからの。建て前なんかで取り繕っておると甘くみられてつけ込まれる」

「……みんな教団幹部なんだよな?」

「だからこそじゃ。信徒もいない所でパイの奪い合いをするのに、なりふりなど構っておられぬ」

「なんだかなあ……」

 ゴートランド教団のお偉いさんたちって、そんなのばかりなのか。

 一応は聖人君子の集まりのはずなのに、欲丸出しと聞いてココはちょっとがっかりした。

 ココならスマートにさっと掻っ攫うけど、教団の大人たちは見苦しく取っ組み合って奪い合うらしい。

「そうかぁ……教団(ここ)で一番大人なのは私なのか」

「待て。それは異論がある」



   ◆



 三派の顔合わせは教皇執務室近くの会議室でやるというので、ココもナタリアに連れられて朝一番から大聖堂へ向かっていた。

「早く行かないと遅れますよ」

「へいへい」

 気が乗らないので歩きもなんだかモタモタしてしまう。


 会議に出ろって言われても、派閥利権の話し合いなんかに興味は無いので聖女様はそもそもやる気がない。笑顔で握手しながら机の下で脛を蹴りあうなんて、やりたい人間がやればいいのに。

 時給が倍になるなら、ココも頑張って蹴り上げるのだが。


 途中の廊下に人がいなかったので、ココは歩きながら軽く伸びをした。出席する前から徒労な感じがして、眠気がどうにも止まらない。

 何度目かわからないあくびを噛み殺し、眠い目をこすってボヤいた。

「くっだらないなあ……それにつき合うのもじつにくだらん」

「そう言わないで下さい。みんな大まじめなんですから」

「そこが一番くだらない」

 いい歳こいたオジ様たちが、“マジメ”に陣取り合戦とか……。

「いっそボードゲーム持ち込んで団体戦で勝負付けりゃいいのに」

「それじゃ議題の方は全く進まないじゃないですか」

「どの意見を採用するかなんて、勝ったヤツの総取りで良いだろ」

「そんないいかげんな……」

 ココちゃん、回りくどいのは嫌いなのだ。

「それじゃ、何のための会議なんですか」

 ナタリアはココの提案が不まじめだと嘆くけど……。

「勢力争いの為だろ? 体裁取り繕ってないでさっさと決めてけばいいんだよ。どうせ誰かが正論言ったって、よその提案だったらグダグダ言ってケチ付けるんだろ?」

「それは……」

 ナタリアが言葉に詰まる。

 教皇庁の実態を知っていて貴族令嬢出身のナタリアも、正直言えば会議が空転する実態に心当たりは有り過ぎる。なんだかんだ言ってもココの言うことがわかるだけに、ナタリアもそれ以上は言えない。

 ただ……今からこんな事を言ってる聖女様を、本当に会議に出席させていいのだろうか?


「さて、とりあえずは挨拶だけしてさっさと引っ込むか」

「そうして下さい!」

 なぜか独り言に即、かぶせるように反応してくるナタリア。

「……」

 お付きが何を考えているのか、なんとなく透けて見える。

 いろいろ言ってやりたいことはあるけど、時間が迫っているのでツッコまずに会議室へ向かうココだった。



   ◆



 会議室に集まっている顔ぶれを見回すと、確かに見覚えのない者たちが半分以上を占めていた。


 服装は別に普段見慣れているゴートランドの物と変わりはない。さすがに派閥で法衣に手を加えるとかは無いみたいで、全員ゴートランド教の神官に見える。

 その代わり、人口密度が多いうえにやたらとオッサンが多くてむさ苦しい。

 各大聖堂の上層部と言うことで、集まったメンバーがどうしても老人から壮年までの男ばかりだ。若手や修道女は数えるほど……十指を使い切れないほどの人数しかいない。

(……と思うんだが、どうだナッツ)

(明日の本会議からはもっと平均年齢上がりますよ? 地方の司教はお年寄りが多いですからね)

(うええ)

 別にお爺ちゃんズは嫌いじゃないが、大講堂いっぱいに詰まっているとなると……ちょっと絵ヅラが凄いことになりそうだ。

(それじゃ修道院ならぬ介護院……)

(絶対にそれ他言しないで下さいね!?)

 ナタリアとそんなことをこそこそ話していたら、全員集まったらしく司会のウォーレスがしゃべり始めた。




 簡単な歓迎の言葉を述べたウォーレスは、すぐに本題に入った。

「今日の打ち合わせではですね……」

 教皇秘書は明日以降の議事進行の段取りをまずは再確認しておきたいと話し、列席者が三々五々頷いたところでココの方へ手を差し伸べた。

「それではここで、初めての方もいると思うのでご紹介しておきます」

 自分に向けられた手を見て、ココはウォーレスからナタリアに視線を移した。

 ナタリアは頑張って! と言うゼスチャーをしている。

 つまり。

「こちらが第四十三代聖女、ココ・スパイス様です。聖女様、皆さんに挨拶をお願いします」

 開始早々に突然ボールが回ってきやがった。


 いきなり投げて来るなら、先に段取っておいてほしかった。根回しも無しでとは、ウォーレスのヤツも疲労が溜まって頭が回っていないと見える。

 それでもココとて八年も聖女をやっている猫かぶりのベテランだ。咄嗟に笑顔を作ると立ち上がり、見た目に見合った楚々とした感じで軽く会釈して自己紹介を述べた。

「ありがたくも女神様より神託を受けまして、聖女を務めさせていただいておりますココ・スパイスでございます。見ての通りの若輩でございますが、精いっぱいお役目を務めさせていただいておりますので皆様宜しくお願い致します」

 

(……?)


 なんとなく、反応がおかしい。

 一応まばらな拍手があるけど、全体に白けた雰囲気だ。

(この感じで挨拶すると、たいてい見た目に釣られてイイ感じに盛り上がるんだけどな?)

 若手が全然いないから色気が効かないんだろうか? などとココが内心首を捻っていると、ウォーレスがココの戸惑いを見て口を挟んできた。

「聖女様、気を使わなくて大丈夫です。八年の間に入れ替わりもあってご挨拶頂きましたが、主要な方々は任命に立ち会ってますから」


 つまりここにいる連中は、八年前にココが市場から連行されてきた時に教皇(ジジイ)と一緒に見ていたということだ。

 あの姿を見ていれば、いくら見た目が変わっていてもストリートチルドレン時代の印象が強いだろう。可愛らしく挨拶したところで、付け焼刃なのは周知の事実と。

「なるほど」

 じゃあ、取り繕う必要はないわけだ。


 ココはどっかりとソファにふんぞり返ると軽く手を上げた。

「ま、今後ともよろしく頼むわ」

 一斉にどよめく人々を前に、ココは顔を押さえるウォーレスに聞いてみた。

「なあ。丁寧に挨拶したら白けるくせに、普段通りにしたらパニックになるって何なの? こいつら基準がおかしくない? なんだか反応が両極端過ぎる」

「いや、両極端は聖女様のほうというか……なんで中間ができないかなあ……」

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