クライマックス~2~
正体不明の波に襲われたその後、俺は難なく追試を終え長崎と共にハンバーガーショップへ訪れていた。
もちろん地震の影響で店がやっているはずはなく長崎は俺の前で膝から崩れ落ちた。
「なんで、なんでだあ!」
「まあまあ、そういうなよ。あんな地震があったんだやってる店のほうが少ない」
「でもよ、なんで学校はそれでも追試受けさせたんだよ」
「それは、俺らの学校が異常なだけだよ」
そういうと二人はなぜだか納得してしまった。
長崎はとうとう諦めがついたのか安堵した表情をこちらに向けながらこちらを振り向く。
「まあ、帰ってゲームでもしようぜ九条」
長崎がその場から立ち上がろうとすると立ち方を忘れたかのようにその場で転んでしまう。
「おいおい、何やってんだよ」
俺はそういい長崎へ手を差し伸べ、長崎もその手を取るとその手はもうすでに人間のそれではなくなっていた。
「おい、長崎、なんだよこの手」
「分かんねーよ! 俺だって知りたいくらいだ」
「まあいいからとにかく立て一生お前と手をつないでるなんて御免だ」
「そんな冷たいこと言わないでよ九条きゅん」
「キモイわ!」
そういいつつも、長崎の態勢を整えると俺と同じくらいあった長崎の背丈が明らかに低くなっていた。
「なあ、九条、俺なんか小さくなってないか?」
「手足から見るにでっかい猫みたいだぞ」
「嘘! まじかよ、うちの姉貴猫アレルギーなんだけど」
なんて冗談を言ったのもつかの間、長崎が困ったように頭をかこうとするとその触った個所から徐々に鬣が伸びていき気が付けば二息歩行で歩くライオンのような見た目になっていた。
「お前、猫どころかライオンだぞ」
「嘘だー!」
「そう思うならこれ見ろよ」
俺はたまたま持ち合わせていた鏡を長崎に見せると、ライオンの顔でもわかるほど青ざめた表情へと変わっていた。
「なんで俺がこんな目に」
「いや、お前だけじゃあないみたいだ」
俺はあたりを見回すとある人は大型の鷲へ、ある人は宙に浮き、またある人は体が炎でおおわれていた。
ふと心配になり俺も自分の体をまじまじと確認するが特に変わったところなどは見当たらなかった。
「俺これからどうすればいいんだよ」
長崎は再びハンバーガーショップの前で打ちひしがれた。
まあまあと長崎を諭しているとこれもまた神の気まぐれか、俺にとてつもない尿意が襲い掛かりすぐさま俺はトイレへ駆け込んだ。
「悪い、長崎。俺今にも漏れそうだからトイレ行ってくる、ここでまってて」
「おいおい親友の心配よりも尿意かよ」
「勿論!」
俺は急いでトイレへ駆け込んだ。
たどり着いたところで安心し、掃除したての個室で穏やかな気持ちでお花を摘み終えると二回目の地震がやってきた。
「また地震かよ」
そういったのもつかの間、ショックウェーブが再び俺の足元に現れる。
「危な!」
とっさの瞬発力で俺は足を引っ込めてそれを回避するもなぜだか無性にもったいない気がした。
確かにそれにあたっていれば俺にも何かの能力が宿っていたのかもしれないが、直後に当たらなくて正解だと確信する。
俺は手も洗い終え長崎の待つハンバーガーショップの前に行くとそこには制服の所々が破けた筋骨隆々のガチムチライオンがこちらに手を振りながら立っていた。
「おーい九条、こっちこっち」
「次は何だよその見た目」
「かっこいいだろ」
「そんなんでもないよ」
俺は目の前で決めポーズをとる長崎を軽くののしりあたりを見回すと今までいたはずの人々が数多く同じような見た目になっていた。
それはさながらファンタジーでいうところのゴブリンのような見た目に。
俺と長崎はその光景を目撃すると顔色を合わせ急いで自宅へ戻ろうとするとその行く手をゴブリンにふさがれてしまう。
「参ったな九条、どうする?」
「空手の有段者の実力みせる時が来たな」
「お前空手なんてやってたのか?」
「いいや。やってないけど」
「なんでやねん!」
人生で一番のピンチにもかかわらず俺にはなぜだか余裕があった。それは今この状況下では最も頼りがいのあるそれであり、何よりも信じるべき感情だった。
「さてどうするか」
「やけに冷静だな何か秘策でもあるのか?」
「いや無いよ?」
「だからその冗談なんだよ!」
「それよりも俺たちにはこの状況を打破する術はないんだ、己の拳を信じて正面突破するぞ!」
なんてかっこいいセリフを言ったものの隣にはライオン人間になった友人、周りは気味の悪い魔物のような何か。俺のSAN値はダダ下がり、一歩ほど後ろへ後退すると怪物の一匹がこちら向けて飛び掛かってきた。
「来るぞ長崎!」
俺たちは急いで戦闘態勢をとると乾いた銃声が何発もその場に響いた。
「なんだ?」
「さあ?」
そういい音の出た先を見るとそこには一人の女性警官が立っていた。
「生存者を確認。直ちに保護します」
二人そろって開いた口が塞がらないまま、なすがままに多数の警官に囲まれていた。
「あなた達無事?」
女性警官は長崎の姿を見ても驚くことはなくただただ冷静に俺たちの心配をしてくれた。
「まあ、見ての通りピンピンしてますよ、なあ、長崎?」
「ああ、うん」
そういつもの掛け合いをすると女性警官は俺たちに顔をよく見比べ始めた。
「あなたは波に当たったみたいだけど、何か異変はない?」
異変が無いかと聞かれても現状は見ての通りで、長崎はどこからどう見てもライオンと人間が合わさったキメラのような見た目、異変しかない。
俺はこの刑事さんに不信感を抱いていると彼女は不意に俺の体を触り始めた。
「ななな、何やってるんですか」
「何って、あなたの友人がこうなったんだからあなたにも何か変化がないかどうか確かめてるのよ」
「や、やめてください!」
俺の肩当たりへと伸びていたその手を振り下ろし俺自身は思春期の沙我というのか心の臓をバクバクと音を鳴らしつつ恥ずかしながら後ろへ下がってしまう。
「気分を害したのなら申し訳ない。私の名前は佐藤、まあ言われんでもわかるだろうが警察だ。実はな君の友人のように波にあたった人間がその姿を変えたり、異様な能力を手にするという怪現象が発生しているんだ」
「なんですかそれ、それと長崎が狙われなきゃいけない原因が結びつかないんですけど」
そういうと俺は佐藤さんの肩を力強く鷲掴みにしようとするとその手は容易に受け止められ気が付けば俺は空を一回転していた。
ふわふわと感じる空気の感覚をほのかに感じた俺は気が付けば地面へと急降下していた。もちろんとっさのことにより対応しきれず背中から地面に倒れこむ。
「まったく何するんですか…ってうわわわわあああああ!」
倒れこんだ俺の目の前にあったのは無数の銃弾に撃ち抜かれたゴブリンが首の皮一枚でつながっている死体の顔が目に留まる。
その無残な姿を見た俺は長崎がこのようにならなくてよかったと思える半面、今まで人間として生きていた生き物が人ではなくなったその感覚にふとおえついてしまう。
「す、すまない! 思わず反射で…って大丈夫か?」
正直言って限界だった。
しかし人間は不思議なもので一度死期を悟るとそれ以上に怖いものがなくなってしまうらしい、自ずと恐怖からくる感情はスッと引いていった。
「さ、佐藤さん。これ何なんですか?」
「あなたの目の前にあるのは超人のなりそこないヴィランよ」
目の前にいるどころかあちこちにいるんですけど。
なんてぶしつけな突込みを胸の奥にしまい込み、冷静にその体の仕組みを見る。
確かに人間の面影を残したそれは不気味であり目をそらしたくなるほど醜悪な異臭を放つ。
「あなた…名前聞いてもいいかしら」
「あ、九条です」
「だったら九条君、この状況で冷静さを保っているあなたに君の友人の長崎君の様子とこの死体を見比べてもらってもいいかしら」
「マジすか…?」
「マジよ」
俺は言われるままに両者の見た目を見比べる。その違いは明白でありどこも見分ける必要物がないほどゴブリンは完全な劣化版だった。
「これってただの劣化版じゃあ」
「そう、でもところどころを見てみると一回目の波で手に入れた能力の痕跡が残っているわ」
「本当だ」
確かにその姿はどこか変化した元々の人間の得た能力が具現化されていた。背中から翼の生えているものや、体の一部の肉片を浮かせているもの。はてまた二首のものまでいる。俺の中には今目の前で倒れているこれらがもともと人間であったと自覚させられるを得なかった。
「まあ、そういうことで俺と九条は帰らせてもらうわ、それじゃあ刑事さん」
颯爽と駆けつけてきた長崎は覚えたての似非関西弁を侍らせて俺をわきに抱えその場を切り抜けようとする。確かに助けてもらえるのはうれしいんだが徐々に長崎の体臭がサバンナチックになってきているのがとても心配になってしまった。
「すまんな長崎」
「感謝するのはもう少し後になりそうだ」
「へ?」
目の前には佐藤刑事を先頭とした警官たちが立ちふさがっていた。