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 結論から先に言ってしまうと、水島さんは自力――と言っていいのかはわからないが――で大神殿のある王都までやって来た。


 わたしはと言えば、水島さんをあの場に置いてきてしまった選択肢に、馬車の中でメチャクチャ悩みまくったというのに。


 馬車の中でわたしは、今さらながらにコトの重大さに気づいて、震える声で今しがたしでかしてしまったことをワタルに相談した。


 ワタルはさすがにすぐに水島さんがだれなのかはわかったようだ。ひとの顔と名前を一致させることは、ワタルにとってはなんてことないことなのである。


「水島さんは困っていた風だった? たとえば着ていた服はどうだった?」


 半ば良心の呵責からパニックになりかけていた情けないわたしを落ちつけて、ワタルはそうやってひとつひとつ情報を拾い上げて行く。


「服……そういえば」


 そういえば、水島さんは小奇麗な恰好をしていた。


 スカート部がパニエみたいにふわっとしている長いワンピースドレスみたいなものを着ていて、思い返せば宝石のついたネックレスなんかもつけていた。


 体臭もにおう、ということもなかったし、顔色も良くて元気……かどうかまではわからないが、栄養失調に陥っているような感じでもなかった。


 ひとつひとつ記憶を引っぱり出して総合すれば、水島さんは別に生活に困っているわけではないのではないか、という事実が浮かび上がる。


 実際にそうであるかどうかは彼女に聞かなければわからない。


 わからないのだが、単純なわたしはそれだけでちょっとだけホッとしてしまったのだった。


「使用人さんも水島さんと面識があるんだったら、そうだね、あの領主さんを介して水島さんに手紙でも送ってみたらどうかな?」


 ワタルがどこまで本気でそう思っているかはわからなかったが、わたしは彼の言葉に全力で頷くばかりだった。


 わたしは水島さんを自己中などと評したが、振り返ってみればわたしも相当に自己中だ。


 だってそれは水島さんを真に心配してのことではない。


 わたしの良心の呵責をどうにか解消したい。失敗を取り戻したいと思っての行動だったからだ。


 けれどもわたしのそういった心の動きや心配などなんのその、手紙を送ってから一週間も経たずに水島さんは大神殿の門扉を叩いた。


 この行動力にはおどろかされた。わたしには……たぶん、できない。


 異世界でも水島さんは水島さんのままで、タフに行動を起こすことが出来る。


 それ自体は素直に称賛出来ることなのだが、問題はその言動だった。


 水島さんは神官さんを使用人かなにかと勘違いしているのか、高飛車に呼びつけて「ワタルと面会したい」と言い出したのだ。


「ワタル」が神子の名であることはもちろん神官さんたちは知っているし、神子と面会したいと言う訪問者も珍しくはない。


 だが神子のことを名前で呼びつけて会わせろと言い出すのは、前代未聞だった。


 ワタルが「祈りの間」にいる時間帯であったことも相まって、すぐさま情報は侍者であるわたしのところに飛んで来た。


 そしてわたしは嫌な予感を抱えつつも、女子神殿内にある一間へとすっ飛んで行ったのだった。


「あっ! アンタっ!」


 ソファでくつろいでいる風だった水島さんは、わたしの顔を見るなり一瞬だけ怒りの表情を作った。


 けれどもすぐさまそれを収めて、しかしかといって笑顔を浮かべることもせず、無愛想な顔を横にそらした。


 部屋の中にはわたしと水島さんだけだ。


 水島さんはこの前会ったときと同じような、きらびやかな恰好をしていた。


 そして神官さんたちからの情報によると、見目麗しい子息が鈴なりになっていたと言う。


 どうも、水島さんは彼らに頼んで王都まで連れて来てもらったらしい……とは神官さんたちが、水島さんたちのおしゃべりを総合して推測したことである。


 水島さんは美人だもんな、とわたしは心で半ば納得する。


 部屋の中にふたりきりなのは、水島さんの態度に早々に神官さんたちが引き揚げたのもある。それと、この部屋は女子神殿内にあるので水島さんが連れて来たらしい男のひとたちは入れない。


 でもそれ以上にわたしも水島さんも、たぶんふたりきりになることを望んでいた。


「この前のことは水に流してあげる」

「えっと、すいません……」


 なんと答えていいのかわからないときに、思わず謝ってしまうのはわたしの悪いクセだ。


 しかしそれでも水島さんは少しだけ気分を良くしたらしい。


 わざとらしくわたしとは正反対の方向に向けていた顔を、ぐりっと元に戻す。


 優雅な手つきで、出されたハーブティーを口にしたあと、ちらっと扉の前に突っ立ったままのわたしを見る。


 座っていい、というようなことは言われなかった。


 そういう発想がないのか、あるいはわたしなんざは立ちっぱなしでいいと思ったのか。


「単刀直入に言うけれど」

「はい……」

「ワタルちょうだい?」

「はい?」


 わたしはなにを言われたのか、一瞬理解できなかった。


 理解できたあとも、なんで彼女がそう言ったのか、わけがわからなかった。


 第一、「ちょうだい」って言って「はいあげます」とかいうやり取りをとるようなものじゃないだろう。


 ワタルはひとりの人間なのだから。


 そういうことを含めて、わたしは水島さんがなにを言っているのか理解できなかった。


「あの、今日連れて来たっていう男のひとたちは……?」


 神官さんからの情報から、どうも男のひとたちは水島さんに夢中になっている様子だという。


 言い方は悪いが、つまり、水島さんは彼らを手玉に取って不自由なさそうな生活を送っているのではないか?


 そういうことをわたしは耳打ちされていたので、気になって水島さんにそう問うた。


 水島さんは露骨に嫌そうに顔を歪めたので、小心者のわたしの心臓はどきりと跳ねてしまう。


 水島さんは次いでティーカップを乱暴にソーサーの上に置くと、ハーッとわざとらしいため息をついた。


「あんなのアクセサリーみたいなもんだから! 本命はワタルなの。わかるでしょ?」

「いや、わからないです……」

「はあ? ホント前から思ってたけどアンタとろすぎ! ちょっとくらい考えればわかるでしょ?!」


 それから水島さんは長々と話を始めた。


 突然、異世界に来てしまったこと。


 困っていたら男のひとたちが助けてくれたこと。


 けれどもすぐに男のひとたちの奥さんたちに追い出されそうになったこと。


 そのときに助けてくれたのが、どうやらわたしたちが先日訪れた領主様の子息らしいということ。


 その子息さんの友人たち――これまた貴族らしい――も水島さんによくしてくれているということ。


 けれどもそれは水島さんにとっては不本意なものであること。


 そしてワタルが神子として同じ世界にいるということを知り、これは運命だと思ったこと。


 けれどもなぜかワタルはサヨリという女と恋人同士だということ。


 それを聞いて、いてもたってもいられなくなったということ――。


「あの……神子様がワタルだってどこで――」

「アンタがいて、ワタルって名前の男がそばにいるなら、それはもうわたしの知っているワタル以外にいないでしょ?」


 水島さんは「それくらいわかるのよ」と言ってフフンと鼻で笑った。


 ――つまりは全部推測の上で突撃して来たということなのか……。


 あまりの行動力と神経のずぶとさに、わたしはいっそめまいを覚えそうであった。


「でさ、わかってるでしょ?」

「はい?」

「だーかーらー。あたしがやろうと思えばアンタがどうなるか……わかってるでしょ?」


 脅されていると気づくのに、また時間がかかった。


 しかし気づいた瞬間に湧いて出たのは、怒りでも恐れでも呆れでもなく、ひたすら凪いだ心だけだった。


 あー、このひとわたしを脅しているんだー。というような、びっくりするくらい冷静な自分に気づく。


「……どうなるっていうんですか?」


 わたしが挑戦的な言葉を発したのに気づいたのか、水島さんは意外にもちょっとだけ目を泳がせた。


 強気な彼女にしては珍しい、と思うが、ただ単に地味なわたしが大人しくしていなかったことにおどろいただけなのかもしれない。


「……決まってるじゃない。メチャクチャになるわよ? だって、あなたたちは――」

「――だから、どうだって言うんですか?」

「え?」

「だから、メチャクチャになったとして、どうだって言うんですか?」

「え? だって、だって……」


 どこからそんなパワーが湧き出てくるのか、わたしにもわからなかった。


 水島さんに立ち向かう。そんなこと、元の世界ではたぶん一生、考えつかなかった。


 それができたのは、恐らくワタルがいたから。


 この世界ではわたしとワタルはこそこそ隠れなくてもいいから。


 でも一番はきっと――ワタルがわたしのことを愛してくれているから。


 だからわたしは水島さんに堂々と脅されても、別に怖くもなんともなかった。


「だって、だって、キモイってみんな言うよ?」

「みんな、ってだれのことですか?」

「みんなはみんなよ!」

「別にそんな有象無象に言われたってどうでもいいです」

「は、はあ?」

「わたしはワタルのことを愛しているので。その気持ちはだれにも負けません。……水島さんにもです」


 言い切った。


 と、同時に言ってしまったとも思った。


 これでもう、なにもかも後戻りはできない。


 水島さんへ「恋人同士は世を忍ぶ仮の姿」などといったたわごとは、通じなくなった。


 やってしまったという思いと、やってやったという思いが混在し、なんとなく、体が熱を持っているような気になる。


 水島さんは二の句が告げないという顔をして、わたしを見ていた。


 しばしのあいだ、わたしたちはそうしていた。


 視線を外さず、目をそらさず、しかし言葉は交わさず。


 どちらに軍配が上がったかはわからない。


 やがてワタルの「お祈り」が終わったと神官さんが知らせに来るまで、わたしたちのあいだに言葉はなかった。

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