~第16幕~
横浜拘置所は夜が明けてからもマスコミの人だかりにあふれていた。昨晩の凶悪犯出頭の報道を終え、正午をまわった今なおも関係者からの情報を待っていた。彼らが待っているのは野神晶子容疑者が事情聴取にどう答えたのかだ。横浜市内で多発している連続怪奇殺人はもはや多発テロとみられているのだ。捜査関係者からは既に野神晶子が少なくとも野神一家の殺害に及んだことや、そして害虫を野神邸より放出していた事実を取材のなかで抑えていた。
もはや言い逃れは出来ない。しかしゲームの話をしたって誰も理解する筈もない。彼女は重苦しい思考を巡らせながら、ゆっくりと取り調べ室へ入る――
「どうだ? ゆっくり寝られたか?」
晶子の取り調べに応じるのはこの一連のテロ事件の捜査で重責を担うこととなった新任の柏木警部だ。彼はそっと微笑むようにして彼女に話しかけた。
しかし彼女は首を横に振った。そしてサッと席に座った。
「そうか、寝られなかったか……。こちらの不手際があったのならば、お詫びをしよう。ところで俺はこれから君にいくつも質疑をしていく。君には黙秘権があり、何も話したくなければ何も話さなくていい。この点はいいか?」
「…………はい」
「さっそくだが、答えて貰おう。昨晩君のお家が焼失した。焼失した家の中から君以外の家族全員の死骸が発見された。家族を殺したのは君か?」
「…………はい」
「そうか、では家を放火したのも君か?」
「…………はい」
「なるほど。君がそう認めるのならば、話は早い。しかしまだ君には聞きたい事が山ほどある。答えるのがしんどくなったら黙秘してもいいし、答えたくないとも返事してくれていい」
「わかりました」
「君の家から無数の様々な害虫が横浜中に放出されていると聞く。その害虫によって殺害された人たちもいる。心あたりはあるか?」
「…………はい」
「君が飼っていたのか? それとも家族か?」
柏木は真剣な顔で取り調べに取り組んでいる。蟲を飼っているという奇怪で可笑しな疑いですら表情一つ変えずに聞いている。晶子は修也とやってきた事がここまでの現実に影響を及ぼしたのだと実感するに他ならなかった。
そう思えてくると、自分がどう答えていくべきか見えてきた気がした。
「私が飼っていました。親を……家族を……家族と関わる人間を殺したくて」
「そうか、それで殺傷能力のある害虫を館の中で保護していたのか……まぁ、どのようにして入手して培養したのかはわからないが、話は見えてくるようだ。しかし、君の家から飛んでいたのは虫だけではない。ドローンまでも目撃証言がある。虫が家から抜け出して横浜中に広がるならば話は解かるが、ドローンが自ら動きだす事は理解し難い。操縦していたのは君だろう?」
「………………はい」
「目的は何だ? 爆破事件があった廃工場でも全く同種のドローンが数体発見されている。君の家から抜け出した害虫も含めてだ。もしかして君は家族だけでなく横浜中を巻き込もうと何かを画策していのか?」
「いや、それは……」
柏木がガラス越しに警察らしき人間が合図を送っているのを確認する。どうやら晶子の心拍数が高まったのを察知したらしい。瞬時に彼女はそれを悟った。しかしここで混乱してしまっては本末転倒だ。彼女は出来る限り脳を回転させ、もっともらしい返答を編み出した。
「少しでも害虫が街に広まらないように駆除をしようと思って。それから火事になったのは私が放火したワケじゃなくて、私が虫を駆除しようと色々試みて火が生じたからで……」
柏木は再びガラス越しにアイコンタクトを送る。彼が頷いているのを見るとどうやら問題はなかったようだ。早口でまくし立てず、ゆっくり話した甲斐があった。向き合っている柏木も話をややこしくしたくないのである。その意図がだんだんと彼女にもわかってきた。
「つまり君の家に貯蔵していた害虫を漏らさない為にやった事が仇になったということか。それならば話は見えてくる。なるほど、実に迷惑かつ滑稽な話だ。でも全ては繋がってくる……さっきの話に嘘偽りはないね?」
「はい」
「それでは核心に触れよう。君が家族に殺意を抱いたのは何故だ」
「……………………」
返答に困った。しかしここまできたら、もう言っても良い気がした。
柏木がガラス越しにみえる監視官を見る手前で彼女は話した。
「弟が、死に別れた弟の無念を晴らす為……」
「修也君か?」
「知っているのですか?」
「俺達の仕事だからな。調べはついているよ。しかし恵まれた環境にあっても、人と言うのは幸せだと感じられない生き物なのかもしれないなぁ。おっと、話が逸れたか。まぁ、全容はみえたワケだが、さらに確信させて貰いたい事がある」
「?」
「君が働くアルバイト先で贔屓にしていた黒崎零という男の子、現在彼は行方不明かつ逃走中なワケだが、君とは全く関係ないのかな?」
思いもよらない質問が飛んできた。そして今の彼女は零がゲームの関係者である事を知っていた。自然と笑みがこぼれた。その思いのままに言葉を紡いだ。
「彼も人殺しがしたいと私に打ち明けていました。彼にもいくつか害虫を与え、彼の行動の支援もしていました。でも、あの火事が起きてからは連絡もとれず、彼と一緒に出頭しようと思っていたのですが……」
「そうか、ありがとう。全て繋がったよ。ちょっと休憩しようか?」
柏木は席を立ち、窓から見える日差しを仰いだ。不可解なことは尚もいくつもあるが、これで彼の仕事はひと段落できそうだからだ――
そして晶子も微笑んでいた――
∀・)晶子、取り調べを受けるの巻でした。このへんまでくると色々な設定の云々で色々なツッコミが入りそうですが、まぁ、余程変じゃなければこのままでいこうと思います。ちなみに彼女は修也が救いにくることを見越しているとは言っておきます。その視点でここは読んでくれたら色々解かるかな。また次号。




