~第8幕~
廃工場での決闘から数時間後、西園寺明日香は閉店したカフェで堂々と盗み食いをしていた。
「誰にもバレないっていうか、食ったものが『なかったもの』として消化されるなんて天国みたいな世界だよな~。あはは! がはっ!? はぁはぁ……!?」
至福のひとときを過ごしていた筈の彼女だったが、突如むせこんで嘔吐した。ここまで来るのに足を引き摺っていた。体がだるく、何か食事でもとれば体力が回復するものだと思っていたが、違っていたようだ。
「どこかで隠居でもしろよっていうのか……クソッ」
決闘では1日の限度数である3度の自爆をおこなった。その代償の大きさを感じるに他ならなかった。
「クソが! クソが! 酒でも飲んでやる!!」
ふらふらになりながらも彼女はビールジョッキにビールを注ぎ飲み乾した。
「ぷはー! うまい! うまいぞ! うま……はぁ……はぁ……」
やがてそのまま床に転がって彼女は寝てしまった。
目を覚ますと、カフェの店員が店の準備を始めていた。その音で彼女は目を覚ました。
「あ、すいません! 寝ちゃっていました! お代なら払います!」
懐のポケットに手を入れるが財布なんてものはない。店員も自分のことには全く気付かず黙々と作業を進めている。
そっか、私は死神だったな。
彼女は我に戻った。ゆっくりと起きあがり、自分の姿が見えない店員に一礼した。タダ食いが許される世界での諸行とは言え、何だか申し訳ない気持ちになった。西園寺明日香にもこんな時代があった。それを思いだしたのだ。
顔を洗面所で洗って店を離れようとした時、店員がテレビをつけた。
テレビに映ったのは燃え盛る廃工場に豪邸、そして一連の容疑で容疑がかけられている女が近くの交番に出頭し拘置所へ送られる模様を映したニュースだ。
「野神?」
ふと聞き覚えのある、いや見覚えのある名前がテレビの映す文字で浮かぶ。
彼女はすぐさまにモニターを作動させた。あった。間違いないようだ。
「あの虫野郎の雇用主か? ふふっ、ちょうどよくイライラしてきたぞ?」
彼女の中にある火力があがってきているようだ。だが足がガクガクして思うように立ち上がることができない。
「すぐには戦えないか。まぁ、いいや。新しく駒も手に入れたことだしな」
西園寺明日香は店員のほうを向くとニッとしてみせた。
「お姉さん、ここで3日間はお世話になりますわ! オナシャス!」
彼女はいつしか満面の笑みを浮かべていた。
そのニュースは横浜ならば勿論、テレビやインターネットを介して全国へと広がりをみせた。1つは横浜市による「緊急事態宣言」もう1つは野神邸におき発生した火災と殺人事件。そしてそれに関与したと自供した野神晶子の出頭。他にも横浜中で爆破事件や怪奇殺人が報告されて自衛隊が街に派遣される事態とまで報告が重なった。この世を生きる者は見えないゲームに恐怖するようにまでなった――
新城など零の学校に通う零の友人知人はメールや電話で零の関与がどうだと話し合って、彼らの休日を過ごした。もっとも、晶子と零の接点に関して知っている新城は一切そのことは触れず内密にした。それは彼の親友に対する配慮であった――
柏木は力也と連絡をとり合い、晶子の取り調べに柏木が向かうことを確信し合った。この時、力也が隻腕になっていた事が少なくとも柏木の記憶から全くなくなっていたことに力也は驚いた。彼は失神した妻を病院へ迎えにいったが、その妻もなぜ失神したのか覚えてないのだと言う――
零とエレナは横浜駅近くの高級ホテルの1室でニュースをじっと眺めていた。零は眠たいのか、背中をエレナに支えて貰っていた――
鬼道院は車をパーキングエリアに停めて、車内のカーナビテレビをボーっと眺めていた。そこはもう神奈川県ではなかった――
そして翔が手渡した号外越しにその事実を知った修也は言葉を失った。翔は粒子単位で自身の分身を分散させ横浜をリサーチしていたのだが、この事実を知ってすぐに修也へ報告した。
「どうする? 救いにでもいくか?」
「………………」
「おっと、俺を憎むのはよせ。そもそも俺達は敵同士だ。今こうして殺し合いを休戦している理由を忘れたりするなよ?」
「………………」
「まぁ、仮にも同盟だしな。もともと互いにするべきだった療養をするべきと助言はしておく」
「………………」
翔は拠点の近くに作った洞穴をちらっと見た。ここには野神邸の地下に保管されていた無数の卵が眠っている。これが孵化するとなると、それなりの強敵にはなるだろう。しかし今は自身の力も蓄える必要がある。3日ぐらいの充電すらあれば廃工場での決闘時と同じステータスに戻れる。翔は彼自身を信じた。
横浜の街に静けさが満ちはじめた。街中を歩きまわるのは武器を持った軍人。誰もが窓をそっと開けて、その異様さをじっと見守った――
この翌日、刑務所の特別区で監禁されている白崎創は新聞を手に取り微笑む。
「あはっ、面白い事がおきそうだなぁ」
彼は天井に吊るされた電球を見上げた。自分の人生がまだ終わっておらず、ここから何かはじまるのだと感じ始めていた――
∀・)はい、ボリュームたっぷりの第8幕でした♪♪1番の注目どころは野神晶子の出頭にみえて、じつはそこじゃないんですよね(笑)久しぶりに零君たちが登場したワケだけども。次週少し時間を戻します。次週の話をお楽しみに☆彡




