~第12幕~
羽田空港を発って1時間とちょっと。思ったよりも早く北の大地に零たちは到着した。
「姉ちゃん、起きて、起きて。着いたよ」
「んっ……ああ?」
「千歳空港だよ!」
「もう着いたの?」
絵里奈は両手を組み、背伸びをして目を覚ました。
世間ではゴールデンウィークと言われている時期だからか観光客のような人たちで空港はごった返しているようだった。
零たち姉弟はそこからバスに乗って新たな居住地へと向かった。
「まずは新しい生活に慣れる事からだね」
バスの中で絵里奈は零に問いかけるように呟いた。零は静かに頷く。
バスから降りてまたバスに乗る。やがて零たちは新居に着いた。アパートであるが、横浜で住んでいた時よりも少し広い感触がした。「ちょっと広くなったかな?」と絵里奈も口から漏らした。
来週には仕事を始める。絵里奈は宣言通り児童養護施設の職員として非正規ではあるが、一歩を踏み始める。しかし彼女はものの1年で正規職員となった。そして零はこの後すぐに職安に行き、清掃員の仕事を見つけて始める事となる。通信制高校の入学は10月から、零の人生はまだまだこれから山あり谷ありとなりそうだ――
零が旭川に来て一週間、この日社会人としての一歩を踏み出した。彼はこれから所属する会社へ出社した。事務所には一人の作業着を着た男が居た。
「おはようございます! 黒崎零と言います! 宜しくお願いします!」
「おう、お前か今日からの新人っていうのは。宜しく」
「あ、はい……」
「そこの左奥のロッカーにお前の作業着があるから、着とけ」
「はい! あの……1つお尋ねしていいですか?」
「何だ?」
「お名前は?」
「あぁ~鬼道院っていうよ。鬼道院魔裟斗だ。よろしくなぁ~。外の車で待っているから。着替えたら下りて来い」
「はい」
零は彼とは初めて会ったのだが、それが初めてではない気がした。この感覚、まさか北海道に来てまであるとは……
車中で零は鬼道院と色々話をした。なんと彼も横浜から北海道にやってきた人間らしかった。暴力団の下っ端だったが、仕事で重大なミスを犯してしまい、そのまま組から外れて庶民に戻ったらしい。しかし彼は元々暴力団に所属していること自体が不本意であり、ここまでやって来て良かったとすら言っている。
「何だか俺、お前とはどこかで会った気がするな。お父さん、組員だったとか?」
「いや、そういうのじゃあ……」
「悪いなぁ。その歳で横浜からここに来るっていうのも色々ワケがあるのだろ。俺はイチイチ聞かないよ。ただ、俺が所属していた組の組長さんがお前によく似ていたから、ちょっと気になっただけだ」
「嫌な偶然ですね……」
「それよりか別の話でもしないか? 俺さ、出身は鹿児島だけど、高校を中退して、それから全国まわったのよ。特に目的もなくなぁ(笑)」
「凄いですね! そっちの話をしてくださいよ!」
やがて派遣現場に到着した。
駐車場にはなんと見覚えのある顔が零達を待っていた。
「お世話になります! 日光コーポ、鬼道院です!」
「お世話になります。旭川昆虫館の野神です。今日は宜しくお願いします。あ、零くん!? 零くんじゃない!?」
「あ、はい……」
「え? 知り合いか何かですか?」
「ええ……横浜にいた時、彼のお姉ちゃんと親しくしていまして」
「そうなのですね! おいお前、ちゃんと挨拶しろよ!」
「あ、はい、宜しくお願いします」
「えっと、それで今日お願いしたいのは倉庫の方になるのですが、錆びが沢山あるぐらい酷くて……」
「ええ! お任せください! 我々そういうのも得意ですので!」
零は何かの運命から逃れられないと悟った。
仕事は午前中のうちに終わった。最も鬼道院の思っていた以上に零が仕事をテキパキとこなしたことがそこに繋がったようだ。
仕事後、野神に挨拶して車に乗る前に鬼道院が一言かけてきた。
「おい、なんか好きなのがあれば選べ!」
彼が指さすのは自動販売機。彼の奢りで何か飲ませてくれるようだ。
自分の遭遇する運命は不幸ばかりなものかと嘆いていた零だったが、今日のこの瞬間は憎めないなと思ってみたりもした――
∀・)鬼道院、清掃員になっていたの巻(笑)&零くん野神晶子とは腐れ縁の巻でした(笑)北海道後日談編、クライマックスに向けてもう少し続きます!




