~第9幕~
零と絵里奈が北海道に出発する日が近づいていた時のことだ。零は絵里奈が臨時で働いている洋食店で食事をとっていた。
「零君、そのパスタ好きなのね」
「はい、好物だし。結構安いし」
ウェイトレスの女性が気さくに話しかけてきた。絵里奈と仲良くしている人なのだろうか。疑問に思っているうちに彼女の方から自己紹介してきた。
「私、野神って言うよ。ここのアルバイトのチーフをしているわ。おねぇちゃんから優秀な弟だって聞いているわよ?」
「優秀だなんてそんな……出来損ないですよ」
「私も生き別れた弟がいてね、昆虫が好きな弟だったのだけど……羨ましいなって思ったわ。姉弟で仲良さそうだものね」
「仲が良かったのですか?」
「うん、仲良くしていたと思う。私はね」
「そう、どこかで出会えたらいいですね」
「そういえば北海道にいくのだって? 奇遇だけど、私も行くのよ?」
「そうなのですか?」
「来年の春から昆虫館の職員になるの。地域は君達と一緒、旭川よ!」
「奇遇ですねっていうか、よほどお好きなのですね(笑)」
「何だろうね、君とはどこかで縁をした気がして。話しかけたいなって思っていたよ。向こうに行っても縁がありそうね!」
「俺は昆虫に興味はないですけど……」
だが野神の話した「どこかで縁をした気がする」という感覚は零にもあった。しかもこれが初めてではない。青風園で出会った拓海を含む面々もそうだし、河村と佳奈美と久ぶりに会ったときも「生きてくれていて、本当に良かった」と謎の感情が湧きあがったぐらいだった。自分は現実に生きているが、何か夢の続きのような世界で生きてもいる。そんな妙な感覚がずっと彼にはあった。
「ちょっと晶子さん、何口説いているの!」
ウィトレス姿の絵里奈が遠くから零と野神に笑って声をかける。
あの格好、彼女が首輪をつけたら何か完璧な気がした。
「エレナ……」
野神が「どうしたの?」と尋ねると彼は「いや、何でもないですよ」とお茶を啜った。何か思いだしてしまいそうだが、思いだせない。
いや、それは思いださなくてもイイことなのかもしれない――
北海道に旅発つまえ、権藤紋太の遺族である権藤元太をはじめとする遺族にお詫びを申し上げに絵里奈と伺った。彼がそこで出会ったのはややぽっちゃり体型の柔和な顔をした青年だった。
「いいえ。恐い思いをしたのはきっと君の方でしょう。本当ならここに来る事すら嫌だったかもしれない。私の兄が絵里奈さんをはじめ、君と君のご家族にまで迷惑をかけてしまった。私の方こそが君達ご家族にお詫びを申し上げたい」
「元太さん……」
「絵里奈さんにはよくして頂いた。私達家族は兄のお蔭で離散し絶縁もした。母は自殺未遂でとどまったが、今も精神病院にいる。本当なら私も母のあとを追ってしまうところだった。しかし優しい祖父や絵里奈さんから励まして貰い、新しい一歩を私も踏み出そうと思っているし、その道半ばだ。でもだからこそ私は負けちゃいけないと思っている」
元太は零の肩に優しく手を置いた。
「お互い平坦な道ではないかもしれない。でもだからこそ負けずに生きよう。私は君のことを恨んでないよ。むしろ応援している。頑張ってくれ」
零はその言葉を聞いて権藤元太とやっと視線を合わすことができた。やはり何かイメージと違った。彼は現在フリーターで警備員の仕事をして生きているようだが、零がここに来るまでこんな立派な青年像が思い浮かばなかった――
空港を発つ前日、彼は横浜県警の明神警部という刑事と会った。「さいおんじ」という中華料理屋にて。明神が気に入っているお店らしい。だが店の看板娘は家出をしてしまい、遂にはヤクザの配下となって人殺しに加担、また殺されてしまったらしい。その一連の事件を彼が担当していたとか。何とも憂鬱になる話を聞かされたものだが、衝撃的な話はまだそこからだった――
「君は義理の弟のことを知っているか?」
知っていた。しかしそれはずっと記憶に封印しようと思っていた事だった――
∀・)改変後の世界にも続くシンキロゲームの記憶。明神力也も登場して「白崎創」「零の指弾」の話になります……!!次号……!!




