~第19幕~
その日、零は学校帰りに近所で迷子になった年寄りの手助けをした。女性の高齢者で散歩に出たつもりが、その中で道がわからなくなったという。彼女を交番に届けて終わる筈だったが、その場にたまたま新聞記者が出くわした。
零は携帯電話を持っていなく「家族が心配するので」と早々に出ようとしたものだったが、交番の警官と新聞記者から「最後まで一緒に居てやりなさい」と宥められ、渋々交番に残った。そして感動の再会まで一緒にする事となった。
絵里奈はスーパーに買い物へ出掛けていた。ここ数日は休日を持つ事にして、心の療養に励むことにしていた。
エレナはこの時間、寝て過ごしていた。そこへ何者かがやってきた。裏の窓がバリーン! と音をたてて割れた。
エレナは侵入者に向かって吠えた。しかし男はニヤついていた。
「こんなオンボロのアパートで飼われていたのか。まぁ、いい見世物になるか。そこでじっとしていろ」
男は壊れた窓から入り込み、ゴルフクラブでエレナを襲い始めた――
絵里奈が帰宅すると、嫌な異臭がすることにまず違和感をもった。
入ってすぐにその理由がわかった。
「エレナ!?」
血まみれのエレナが横たわっていたのだ。
「がっ!?」
すぐにエレナへ駆け寄ろうとしたところ、何者かに首を掴まれて絞められた。その男は誰でもない権藤紋太だった。
「お前のせいで俺の人生メチャクチャだ! こうなった御礼に殺してやるよ! はは、ははは、あーっはっはっは!!」
こうして絵里奈とエレナは殺害された。紋太はそのまま走って逃走した。
いや、それは逃走ではなかった。彼はそのまま交番で出頭したのだから。
「どけ! 小僧!」
何の運命か、零と紋太はこのときに道中にてぶつかった。しかし、紋太はそう怒鳴り散らして走り去っていくだけだった。
「何だよ、正義のヒーローになれと命令してきたりさ、どけだと怒鳴ったりさ。大人っていうのは自分勝手な野郎ばかりだな。呆れるよ……」
溜息をつきながら零はゆっくりと起き上がる。
彼が彼の住むアパートに着く頃にはパトカーが周囲に何台も停まっていた。彼はただ唖然としていた。
「君、もしかしてこのアパートの人?」
「はい……そうですが……」
「もしかして黒崎絵里奈さんのご家族?」
「はい……」
「そう、こっちに来なさい。お話するわ」
立ち尽くす零に話しかけてきたのは女性警官だった。彼に絵里奈が殺された事実を告げたのも。
ただ彼は茫然とするばかりだ。母が亡くなった時もそうだ。彼が学校にいる間に息をひきとった。彼は葬儀場で彼女の死と向き合った。何かが抜けていく。その感覚だけが彼を支配していった――
絵里奈の行動は確かに権藤紋太の人生を壊した。彼は物的証拠が職場に提示されるや否や呼び出され、その場で当面の謹慎、そしておそらくは免職となる事が打ち明けられた。職場をでるとカメラを持った連中が離れた位置で自分をじっと見ている。
彼の神経はこの時に壊れてしまったのだろう。
教員としてハイキャリアが約束された自分。しかし現実はそこから地獄へと突き落とされる自分をそのままに映していた。
現実とは常に皮肉だ。彼が出頭してきたことと、その罪の計画性の薄さから極刑は免れた。懲役35年を言い渡されて、上告せずに彼はこれを受け止めた。
その日、零は無表情のまま裁判所の席に座り続けた。
隣に座った真人が零の背中をゆっくりさする。
「ごめんな。俺が何も出来なくて、救えなかった……」
彼は零れる涙を止められなかった。
「いいよ。俺には何の実感もない。悔しくても悲しくても、何も感じない」
「零……」
「なぁ、真人ニィ、これから暫くは真人ニィのお家で世話になってもいいか?」
「ああ! 俺はお前に寂しい思いはさせない! 誓うぞ!」
「ふふ、何を泣いているのだか。でもこれは約束してくれ」
零はまっすぐな瞳で真人にその言葉を告げた。
「俺がガキのうちは死なないでくれよ」
真人は「約束する!」と強く零の手を握った。
しかしその半年後に彼も交通事故で命を落とすこととなる。
零は常に空虚の中で生きていた。それでもその空虚の中で確かな愛と友情を感じて生きていこうとした。その為に努力を怠らなかった。だからこそ彼には譲れないものがあった。
それは何にも変えられない「平和な日常」という世界そのものだ。
彼は死神だったエレナを優しく抱いていた。だんだん体の力が抜けていく。これでやっと分かり合えた彼女とも別れるのか? 何だか寂しくなるようだ。
「なぁ、これから先はどうなる? また現実に戻るのか?」
「ウン、戻ルヨ。ダケド、私ハモウイナイ。ダケド零、全テコレハ零ノ為ノ闘イダッタンダヨ。ダカラコレダケハ覚エテイテ」
「何を?」
「私モヤレバデキルデショ?」
「ああ! どこのどんな奴よりもカッコよかった!」
そして2人は真っ白な世界に溶けていくようにしてなくなった――
∀;)いやぁ、我ながらちょっと感動した(笑)エレナ、いいやつです!ほんとうに!かないどぎつい場面があった本幕でしたが、ラストシーンは“勝者の余韻”なんですよね。
∀・)で、これで終わるようで終わらないのが本幕です。本巻のタイトルは「What is your justice?」です。何が彼と彼女の正義なのか?本巻の最後はそこで明らかになります。次号。




