~第10幕~
零は凶器を持った晶子から走って逃げた。
「待てぇ!! 黒崎ぃ!!」
零の背に刺さる罵声はこれまでに聞いたことのない野神晶子のものだ。
何故こんなことになっているのだろうか?
零は洋食店でアルバイトをしていた頃をふと思いだした。彼がアルバイトを始めたのは高校に入学して間もないことだった。真人の稼ぎだけで零の生活を養うのは厳しかった。その現実を受けとめた上で「俺、バイトしたいって思っていたし!」と快く働き始めた彼がそこにいた。
時給はとても高くそれに相応しい忙しさがあった。日本のなかでも大都市圏とされる横浜で人気な洋食店だ。彼が担うウェイター業務もそう簡単には慣れないものだった。
零は仕事が終わって一人項垂れていた。注文の確認ミスを3件もたて続けにやってしまい、店長から「暫く来るな!」と烙印を押されたのだ。
「黒崎君、どうしたの? ここで泊まるつもり?」
「いや……俺が働けないと俺は……」
「まぁまぁ、クビになったワケじゃないのだしさ」
「野神先輩……俺、この仕事むいてないのかな?」
「まだ2カ月じゃない? 独り立ちして数日よ?」
「わかってはいます……わかっていますけど……」
晶子はそっと零の横に座る。そして肩をそっと摩った。
「石の上にも三年、意味知っている?」
「え?」
「もう、ちゃんと勉強しないと。私もね。独り立ちするのに時間かかったのよ?」
「そうですか……」
「ほら、ちゃんとこっちを見て?」
「え? はい……」
「私なんか『声が小さい』ってずっと怒鳴られてね。ずっと先輩が付いていた。3カ月は付いていたわね。それで4カ月目から独りで始めたけどさ、君みたくミス連発しちゃって。また1カ月先輩が付いたの。それでどうなったと思う?」
「わからないです……」
「大きな声しか出なくなった。それだけ訓練を重ねたのよ」
「先輩は頑張って報われたのでしょ? 俺は違います……」
「もう、意固地なのね~。じゃあ私から提案してもいい?」
「提案?」
「明日から私の傍につきなさい。それで私のフォローをしなさい」
「え、でも店長が……」
「ウチはこう見えてバイトの育成には優しいのよ? 私に任せなさい。店長も私に対して今はあれこれ言わない筈だからねぇ」
「あの、先輩……」
「ん?」
「俺なんかの為に何でそこまでしてくれるのです?」
「ん~私には弟がいてね、いや、いたのね。もう死んじゃって。君凄く頑張り屋さんじゃない。弟も凄く頑張り屋さんで……何か力になってあげたくなるのよ」
「そうですか……」
「ほら、俯かない! 顔をあげて! 前を向かなきゃ!」
それから零は晶子の世話になり続けた。
仕事終わりに店近くの自販機前で缶コーヒーを片手に仕事の事から学校の事まで零と晶子は時間を忘れて語り合って過ごした。缶コーヒーはいつも晶子の奢りだ。
そういえば彼女は彼女のことをあまり話してはくれなかった。いつも零の話を優しい眼差しで聴いてくれる良き姉のような存在だった。しかし今彼を追いかけてくる彼女はまるで全くの別人だ。
「黒崎ぃ!! 待ちなさいぃ!!」
何かの役所だろうか? 拘置所近くの大きな建物のなかへ零は駆け込んだ。拘置所で騒動があったからか、建物内には誰もいない。必死で階段をのぼっていく。晶子は鉄パイプでガラスをぶち壊してやってきた。
ふと零はある物を目にした。
「クソッ!! これでもくらえ!!」
零はすぐに消火器を手にとり、階段をのぼってきている晶子を目がけて投げつけた。命中はしなかったが、足止めにはなったようだ。
「小癪な真似を!!!」
零は広い事務室へ入る。ロッカーもたくさんあり、そのうちの1つに入った。こうして何とか避難をしたのだ。
「どぉこぉにぃいぃるぅのぉ?」
晶子はすぐに入ってきた。
晶子は部屋を舐めまわすように見て回る。そしてロッカーを1つずつ開けていった。やがて零のロッカー手前に近づく。零は息を殺し、いざとなった場合の戦闘に備える。彼がその手に持っているのは鉄パイプに到底及ばない古びたモップだ。心臓が激しく鼓動する……
零は狭いロッカーの中でエレナが修也を倒すことをただ願った――
∀・)優しいバイトの上司、豹変の巻でした(笑)これはこれでショックだと思いますが、もう零君は慣れている感がありますよね(笑)ロッカーに逃げ込むあたりはホラゲ慣れしてるボクの感性がでちゃっているのかもしれません。さぁ、零君はたしてどうなるか?次号です!!




