~第3幕~
彼が家出をして向かった先は彼の家からさほど離れていない近所の公園だ。彼はスーパーで盗んだ砂糖一袋を蟻が集まる所でまるまる投下させた。
「お~いいコだ。うんと働いて、うんと幸せになれよ~」
彼の昆虫に対する愛は彼が歳を重ねても薄まる事はなかった。いや、むしろ深まったと言っていい。それは昆虫という域を超えて虫という生物への同志愛と言っても過言でない。
夕焼けが蟻を愛して見守る少年を照らす。その陰を既に大人は踏んでいた。
「おい、君だな」
「はい?」
「ウチの店で盗みを働いていたのは君だろ?」
「………………」
「とぼけても無駄だ。カメラに映像が残っている。一緒に来て貰おうか」
「わかりました」
修也は近くのスーパーで店長から叱咤を受けた。しかし何一つとして彼には響くものなどなかった。
「言っておくが、見過ごすことなんてしないぞ。君のその制服でどこの学校か見当はつく。親にも学校にも話は通す。警察にも。わかっているな?」
「そう、じゃあ勝手にすればいいよ」
沈んだ顔をした修也はニヤついてみせた。店長の大深山は怒り心頭だった。
「お前、自分が何をしているのか分かっているのか!? 学校には行けない、親からは信じて貰えない、何もかも失って少年院に行くつもりか!」
「ああ、その方がいいだろうね」
「何だと?」
「おっさん、これを見て何とも思わないのか?」
修也は自身の首まわりにできた痣の数々を指さしてみせた。
「これは学校にいる奴らがやったもの。これを見ても学校の教師もボクの母親だって何も気にしてない。気にもしない。それに比べて一生懸命に女王様の為、働く彼らに愛を授けて何が悪いの? アンタだってさ、ボクがどうしてあんなことをしてたのか分かってないだろう? 今日ボクは退学したんだよ?」
「退学した……?」
大深山は返答に困った。が、少年がお店に迷惑をかけたことは事実だ。だから今回ばかりは初犯だし、ほっておこうかという気にも当然ならない。
「君の事情は君の事情だ。お店にはお店の事情がある。代金がここで払えないなら、一緒に君の家まで行って、お父さんお母さん払ってもらうぞ。いいな?」
「ボクにお父さんなんていないよ?」
「イチイチ文句を言うな!」
「はいはい」
大深山は修也を引き連れて修也の自宅へ彼を連れ戻した。しかし、その母親も母親で「そうですか、はい」と無感情の返事をするばかりで困惑した。遂には亜矢子に対して怒鳴りつけるしかなかった。そして結局、失った売上金は返金されることもなかった――
トボトボと店へ戻る大深山、今後も店の物を盗むかもしれない。それはあの少年だけでなく母親すら共犯者となって。そうなれば親子ともども警察へつきだせばいい話だが、ここにきて彼に妙な案が浮かんでいた。
「やぁ、君、ウチで働いてみないか?」
それは修也が学校を退学して初めての万引きを犯した翌日のこと。彼はまたもや砂糖1袋を盗んで公園に群がる蟻へ寄付していた。大深山は何故か怒っていない。それ以上に思ってもみない提案がふってきて彼は目を丸くしていた。
∀・)野神修也の回想、まだまだ続きます……!!




