表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/15

13:嘘つきの光


 アルルスラント地下のイリーの応接室に俺、ゼル、イルシィ、ワンズ兄弟、そしてシオンは呼び出され集合していた。シオンと俺の事から数時間が経ち、イリーは落ち着きを取り戻していた。しかし、その眼差しは鋭さのあるもので、この呼出しがあまりよくない情報をもってくるのだと、いやでも予想できる。


「バガイ山がエイルに占拠された」


「それはその……当然じゃないっすか? だってエイルなら簡単に山ごと生物を根絶やしにできるだろうし……」


 正直予想するまでもないことだ。エイルの力があれば余裕も余裕、問題はそこじゃないってことか?


「僕がそんな誰でも分かることで、君たちをわざわざ呼び出すとでも? 問題はエイルが占拠した、というよりはエイルの軍勢が占拠した……というのが問題なんだ」


「軍勢? イリー、それはどういうことだい? レンの妹ちゃん、シオンと似たような存在で軍勢を作った。そういう解釈でいいのかな?」


 確かにそうだ、ゼルの考えは自然とたどり着くもの。シオンはエイルから生み出された。この地獄に再び。


「シオンに似てはいないな。なんでも白い流魂奴のような生物だそうだ。それも山を埋め尽くすほど大量に。そして、そいつらはエイルやシオンと同じように精神エネルギーを操れる。まぁわかりやすく言えば、アルターエゴのような存在に自身を変身させられるんだ」


「流魂奴? それに大量ってなるとなんだか量産型って感じ。個々の戦闘力は同程度と見てもいいのか? といってもその戦闘力が分からないけど。イリー、そこら辺の情報は?」


「戦闘力は平均して高いが一応数人がかりなら凡人でも倒せるレベルだそうだ。ただ……それは単体での話。どうやら厄介な能力があるらしくてな。その白流魂奴は1体1体が強力なエゴフィールドによる心掌エネルギー減衰がある。そして複数の減衰能力が作用し合って強いエゴを持つ存在でなければ完全停止してしまう。とのことだ」


「ちょ、ちょっと心掌エネルギーってなに? 知ってる前提で話されても困るんだけど」


「ん? あーそうか、一応これ系は高等学問だったな。知らないのも無理はない。心掌エネルギーっていうのは一言で言うのなら概念と本質、そしてその指向性から生まれる限定空間での半実体エネルギー、またはそれからなる物質のことだな。簡単に言うとエゴフィールドを形成しているもの。そしてエゴフィールド内で起こる現象の核だ。


 エゴフィールドは精神エネルギーが心掌エネルギーと作用して生まれる。君もゼルと戦ったなら感じただろうがエゴの強いエゴフィールドと接触すると動きが鈍くなるだろう? なぜそれが起こるのか? それは心掌エネルギーが概念、本質、そして指向性が存在するからだ。概念、例えば銃という概念、そして本質が恐怖や死だとする。そしてそれに指向性を持たせるのが人間、精神エネルギーを持つ存在だ。この指向性っていうのは考え方や力の使い方だと考えてくれていい。


 そして、指向性は人それぞれ違う。扱う概念、本質が同じでも、つまり銃の使い方は人それぞれ違うって感じかな? 身を守るため。敵を殺すため。単純に撃つのが好きとかね。そう、指向性にはズレがあるんだよ。似ていても細部は違ったりする。だから衝突するんだ。同じ向きにズレなく進めるならぶつかることはないが、少しでもズレがあればぶつかる。そしてその結果が心掌エネルギーの減衰だ。ようは考え方が違うから喧嘩するみたいなもんだな」


 長い!! けどなんとなくは分かった。エゴフィールドを形成する心掌エネルギーが衝突した結果、エゴフィールドのエネルギーが減衰、強い方に流されるってことだ。……多分。


「えーっとつまりエゴフィールドっていう不思議空間で起こる全てのことは心掌エネルギーが作用してて、その心掌エネルギー自体が減衰、削られると文字通り全てが出来なくなって、動けなくなる。そういうことかな?」


「その通りだ。で白流魂奴にはその指向性のズレがない。つまり協力して強いエゴの指向性と膨大なエネルギーを集中させられるってこと」


「えぇ……レンは今のですんなり理解できるのか。俺は理解に少し時間がかかったんだがな。まぁいい、けど思考のズレがないってことは白流魂奴は同じ行動パターン、思考パターンを持つってことだよね? じゃあ倒すことができる状況まで持っていければあとは作業だね」


「確かにそうだな。同じ動きするなら倒すのは楽だ。けどどうやって集団でなくすんだ? どうやって分断すればいい?」


 皆黙る。そりゃそうか情報が少なすぎる。


「ねーねー、遠くからこう大砲的なアレで攻撃して散らすっていうのは?」


 アウルが沈黙を破る。割といいんじゃね? と一瞬思う。けど──


「そりゃ無理だな。大砲の弾が白流魂奴達のエゴフィールドに入った瞬間に弾はエネルギーを失って、空中で無力化されるだろうな」


 イリーが即座に否定する。けどそうなると、マジでどうやって突破すればいいのか分からねぇな。これ、多分無策で行ったら俺も完全停止で簡単に殺されるだろうな。


「ふむ、皆案はないみたいだな。ということで皆それぞれ対策を考えてくれ。僕も考える。策無しで行けば確実に死ぬ。まぁそれまでは考えながら休むといい」


 対策を考える……ねぇ? 正直他のやつに任せたいところだけど。頭の片隅にでも置いておくか。会議は終わり、イリー以外の皆はアルルスラントの地下街へと移動を始めた。



────────



 地下街を歩く、目に悪そうなネオンが局所的に光ってるけど、全体的に薄暗く夜みたいだ。地下だから日光が届かない、だから当然といえば当然だが、この地下街はずっと夜の時間を進めてる。人々の目つきはギラついている、金になる者を、モノを品定めするように彼らは歩いている。路地裏の隙間を覗けばこの地下街がダークなのがよく分かる。目の死んだ浮浪者がごろごろいる。地べたに座り、寝転び、青いタバコのようなものを吸っている。タバコではない、そもそも買える金があるとは思えない。


「あれがなんだか気になる? あれはね、精神感応素材、ようは地獄兵器とかを作るときに出る廃棄物を粉末状にしたものだよ」


 ゼルが浮浪者に視線を向けず説明する。産業廃棄物ねぇ。


「で、あれはやっぱヤク的なものなのか?」


「あれはね、一言で言えば毒だよ。あれを吸うと一時的に精神が崩壊する。精神が崩壊した時、辛いことや現実から目を背けられるのさ。精神に直接干渉するから誰でも簡単に壊れる。効果は一時的なものだけど、継続的に吸うと、自我も記憶もなくなる。文字通りイレギュラーな形での精神干渉だからね。負荷に耐えられなくなって最後は……死ぬ。意思のない、ただの精神エネルギーがつまった肉袋になって」


「精神崩壊する……か。そうまでして忘れたい現実や記憶がこの街には沢山あるんだな」


「いいや、違うよ。それだけじゃない。人間が弱いからだ。アレで精神崩壊をさせると一時的に気持ちよくなれる。だから、辛い気持ちがなくても、逃げたい、気持ちよくなりたい、そんなちょっとした欲求であんな風に簡単に堕ちる。でもそんな気持ちは普通に誰もが持ってる。変える、それをしなければ未来は……ないんだよ」


「ゼルさん、けど俺はそれ、悪いことじゃないと思うんすよ」


 アウルがゼルに噛み付くように言葉を投げかける。


「悪いことじゃない? これが? 未来も過去もなくなって、そうなるのが分かっててもやめられない弱さが悪くないっていうのかい? 君は?」


「ゼルさん、あんたは強いから分からないのかも知れない。弱い人間には分かんないんすよ。どうすれば自分を変えられるか、良い方向へ進めるか分からない。迷って空回りして、失敗して、それで何もない自分に気づいたら、何もかもが楽しくなくなる。そんな中で楽しめるものがある。いいことじゃないですか。俺はやろうと思いませんけどね」


「諦めた人間に価値はないよ。足掻いて、幸福を勝ち取らないといけないんだ。君は、まるで自分のことのように彼らを庇うね? なにかそういう経験でもあったのかい? そう、負け犬みたいな……ね」


「おいゼル!! 癇に障ったのは分かるけど、言って良いことと悪いことがあるだろ!! アウルに謝れよ」


 負け犬だと挑発するゼルは流石にやり過ぎだ。アウルとゼルの間に険悪なムードが流れる。けど、ゼルの言うことも全て間違っているとは俺も思えなかった。お気楽でいつも楽しげなアウルからああいった言葉が飛び出すとは想定していなかったし。浮浪者を庇うアウルの言葉には実感が伴っていたように感じたから。


「いや、いいっすよマスター。負け犬なのは事実ですし俺、ちょっとおかしくなってたから。はは、ははは……」


 乾いた笑いのアウル、それをイグルは悔しそうに見ていた。


「すまないレン、俺も正気ではなかった。頭を冷やしてくるよ。じゃ」


 ゼルはそう言って俺たちのもとを離れ地下街の人混みに紛れていった。ゼルが過剰反応したのにもきっと訳があるのだろう。アウルとゼルの過去、きっとふたりとも奥底にあるのは……辛い記憶だ。



────────



 ゼルと離れ俺とイルシィ、アウルとイグル、シオンは個室のある酒場に来ていた。アウルの励ましを狙ってだ。俺としても暗いアウルに昔何があったのか気になるし、空気を変えたかった。


「アウル、責めるわけじゃないけど。さっきはゼルにどうしてあんなに噛み付いたんだ? 正直俺はお前たちのこと何も知らないからさ。まぁいいきっかけとは言えないけど。話してくれねぇか?」


「その前にちょっと質問いいすか? マスターは、自分には何もないって感じたこと、ありますか?」


「ああ、あるよ」


「えっあんなに強いマスターにもそんなことあるんすか?」


 アウルだけでなくシオン以外の全員が驚いていた。


「別に最初から強かったわけじゃねぇよ。俺は、運動も勉強も実を言うとできるほうだったんだ」


「それ自慢すか? というか関係なくないすか?」


「関係あるよ。で、俺にとってそれができるのは当たり前のことでさ。周りもそう思ってた。だから意味なんてなかったんだ。俺の心にとっては。俺を楽しくも悲しくもさせない。ただただ疲れるだけの作業。無感動だった。でも俺にはシオンがいた。シオンを守って、楽しませて、シオンが生きてるって感じた時、俺も生きてるって感じた。


 でもさ、ふと気づいちゃったんだ。シオンがいなかったら俺には何もないって。心がないっていったら変かな? 楽しくない、無感動が99%、それが俺を形つくってるって気づいちまった。その時物凄い虚無感を感じたよ。けどその時初めて俺は自分を知ったんだよ。何もねぇって、だから始まったんだよその時から本当の俺の人生が。楽しいって光を手に入れる。俺は感動的な、ドラマチックな人間になってやるって」


「なんで……なんで、そんな風に思えたんすか? 何もないのに、どうやって明るい未来が想像できるんですか? なんの根拠があって……」


 アウルが涙ぐんでいる。悔しそうに。俺に嫉妬しているのがわかった。


「根拠なんてない。俺は気づいただけだ。俺の体と心、本能は楽しいことを求めてるってそれに従っただけだ。できるかできないかは関係ない。失敗しようが関係ない、俺は欲しいものを求め続けただけだ。アウル、お前だってお求めてるんじゃねぇの? 今、分かったよ。お前がお気楽に楽しげなフリをしてたのはそうなりたいからだ。忘れるためだ。辛い気持ちを、暗い自分を」


「……っ、違う、俺は求めて……求められてない。意味なんてねぇよ。俺には無理なんだから。できなかったんだよ!! いつも、いつもだ!! 父さんと母さんが死んだときも前のマスターが死んだときも!! 俺は目の前にいながら何もできなかった。殺されるのを見てた。戦っても勝てないって分かってたから。弱いんだよ!!


 勝てる戦いしかしてっこなかった。でも、もう違う!! マスターがこれからしてく戦いは!! 俺が勝てる戦いなんかじゃねぇんだよ!! 誰一人守れなくて、見捨ててきた、卑怯者が!! 求めるから求めた? それで手に入るのは!! 選ばれた、強い人間だけなんだよ!!」


 アウルの顔はぐしゃぐしゃで涙に濡れて、その姿は無力で、弱々しかった。いつも潰されそうだったんだ。自分が守れなかった人たちへの罪悪感に。


「それでいいのか? そのまま負けているままで満足なのか? アウル」


「そんなわけないだろ!! でも無理だろ!? なんでできるって言えるんだよ!! あんたは! 俺のこと、なんにも知らないくせに!!」


「お前は生きてる。少なくとも2、3回は修羅場をくぐり抜けてきたってことだろ? 父さん母さん、前のマスターの時でさ。お前は弱くなんかない。生き残るっていう強さを持ってんだよ。お前が生きて、お前はお前の人生に光を与えることができる。罪悪感に潰されることは、お前のために死んだ人間の生き様を無駄にすることなんだよ!! だから前を向けよ! アウル!!」


「──っ、そんなことが、俺には、でも……あんたずるいよ。無駄にしたくねぇよ。無駄にしてぇわけねぇだろ!! いやなんだよ! 怖いんだよ!! 今のマスターと仲間といるのが楽しくて、また、失ったらって……俺、そんなことまた思うなんて思ってなかった。俺はもう諦めきってるって思ってたのに!! 俺、諦めてなかった……!! 諦めたくなかったんだ!!」


「アウル、お前の強みを活かせ、そんで俺の命を救え。それがお前の勝利だ、そしたらお前はきっとまた、人生を楽しめるようになる。お前の生に意味を見出すんだ」


「──はい……! 俺、俺も楽しく生きられるように……なりたいですから!!」


 男の威厳なんてクソもない、アウルの顔はもっとぐちゃぐちゃになっていた。けど、少し前を向いていて。いい顔だと、俺にはそう見えた。そして、イグルもイルシィも釣られるように泣いていた。まぁ俺も泣いてるんですけどね。熱くさせるなよバカが。お前を見てるとイライラするし放ってはおけない。俺はお前のマスターで仲間だからな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ