1妖
どんな日常が好きかと言われれば、楽しい日常が好きだ。友人と遊んだり、出掛けたり、ゲームしたり…とりあえず退屈でないことが俺は大好きなのだ。逆をいえば、つまらない事が心底嫌いなのである。
「だから、このようなテストは俺は非常に憎い」
返された答案用紙をクシャりと音を立たせながら握りしめた。
前の席に座る青年の顔を見ると信じられないと言う表情をされた。
「俺はこのテスト週間を全てお前に捧げたと言ってもいい、0から100まで教えたつもりだ…なのに 何故赤点を握りしめている」
握りしめていた答案用紙を奪われ、シワを伸ばしながら広げられた紙には大きく17と書かれている。
教師がやけくそになって書いたと感じられるほど、大きく雑に書かれていた。
「この短期間で17問正解したことを褒めて欲しい」
「まず、そこまで追い詰められるような状況にはならないだろう」
真っ黒な髪に映える赤い瞳が、鋭く俺を睨みつけた。
初めてあった人間なら怯えてしまいそうなものだが、小さい頃からの付き合いの俺には全くと言っていいほど効果はなかった。
「でも、俺に勉強付きっきりだったから今回はお前も点は下がっただろう?」
前の机に堂々と置かれた用紙を見れば、98の数字書かれている。
体を乗り出し目を凝らしながらその数字を見るが98の文字は変動されることは無かった。
「え、何故?」
「毎日、授業をしっかりと聞いて復習すればテスト期間に要点を抑えるだけでいいんだよ」
小さなため息をつき、前を向いてしまった青年。
昔からの付き合いだと言うのに冷たい人間に育ったものだ。
小さな感傷に浸りながら、窓の外を眺めた…
雲ひとつない青空と、誰もいない校庭が時間の流れを忘れさせてくれた。
まるで赤点などとっていないような、そんな気分にさえしてくれた。
机に突っ伏し、寝る体勢を整える。これで目を閉じれば、夢の世界が俺を安息の地へと導いてくれる。
そっと目を閉じた瞬間、頭の中でパキッと何かが割れた音が鳴った。
それとほぼ同時だろう、前の席の人物が椅子を引きおそらく立ち上がった。
当然を目を閉じている俺にはその姿なんて見えない訳だが…
優等生の彼が授業中にいきなり立ち上がるとは不思議な事もあるもんだな
"…ケタ、…ケタ、…ィ、…ェ…クワ…ロ"
小さな声が、耳元で聞こえた。
男の低い声、そして何故か悪寒がした。
「なぁ、今誰か俺の耳元で話をしなかったか?」
突っ伏した顔を上げるとやはり目の前の人物は立ち上がっていた。
表情を強ばらせ、窓の外をじっと見ている。今まで見たことのないほど、恐ろしい顔をしていた。
周りの生徒も教師も立ち上がりはしなくとも、窓の方をじっと見ている
俺もつられる様に窓を見ると先程と変わらない青空と校庭…いや、ひとつ違うのがあった、さっきまでは雲ひとつなかった校庭に、雲の影が現れている…雲はあれほどハッキリした形だったろうか
"…ケタ、ミツケタ…"
低い男の声が、よりハッキリと聞こえる。
しかし、俺の耳元や近くにそれほど低い声の人物はいない。幻聴にしてはやけにハッキリと聞こえた。
校庭の影がより大きくなった。
「伏せろ!!」
普段叫んだりしない、彼が声を荒らげた。
直後、地鳴りのような音と共に砂が混ざった強い風邪が教室の窓を次々に破壊していった。
「は!?何だよこれ!!」
もちろん、そんなことにすぐに対応できるわけもなく目をギュッと閉じる。
こういう時は全てがスローに感じる。飛び散ったガラスがこちらに向かって飛んでくるまでにやけに時間がかかった。
「風坂上」
聞き慣れた声が聞きなれない言葉を発した。
恐る恐る目を開けると、宙に舞うのはガラスでも砂でもなく、真っ黒な羽。
「なんでこんな所に羽が」
机の上に落ちた羽を掴む。
まるでカラスのような羽、というかこれはカラスの羽か?
先程の声の主を見ると、そこには 見たこともない大きな黒い塊…いや大きな翼がある。
それは紛れもなく、彼の背中から生えており触れてみるとドクリドクリと脈を打っていた。
この状況を周りはどう思っているのかと思い、クラスメイトを見れば全員の背中から同じような黒い羽が現れていた。
クラスメイトだけじゃない、先生にも同じよう羽があり廊下を見れば他のクラス、学年、先生が集まっている。
「な、何これ?ドッキリ?」
あまりにも点数の悪い俺に対してのドッキリなのだろうか…
だとすれば俺にはこのドッキリなんの脈絡があるのか全くわからない。
1人戸惑う俺の肩に目の前に立つ彼が、手を置いた
「後でしっかりと説明はする。ただ今言えることはこれはドッキリでも夢でもなくて現実だ」
そう短く俺に伝えると、複数人の先生と生徒を俺の元に残し、残りの全員が割れた窓から校庭へと出ていってしまった。
自分の教室や、目の前の状況を理解することで必死だった俺には目に入らなかったが、外には校庭の半分ほどの大きさの尾が2つに分かれた巨大な猫らしきものがいた。
「これが夢でもドッキリでもなくて現実…」
目の前の状況を理解することも出来ずに、呆然と校庭で大きな猫と闘う、黒い翼を持った幼なじみを俺はただ眺めることしか出来なかった。