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交易の国へ 道中の街編 9

書き試している量が少し増えたので、投稿を今日と明日二日続けて上げようと思います。

今回と次回・・・特に次回は思いのほか長めになってしまいました。

毎回思いますが、物語を次々に作れる人ってマジ凄い。




 一夜明け・・・・・・




 「ん~ーー!!良く寝ましたわ。」


 薄手の肌着のまま大きく伸びをするクリスティーナ王女、朝日を浴びて映るシュルエットは女性の色気がある艶めかしい身体をしっかり映し出している。

 そんなクリスの隣で、僕はゆっくりとベットから這い出る・・・今日はなんだか起きるのが辛い。


 時間は今日はそんなに早くない、『ハートエッジ』のメンバーとも落ち合う時刻は『朝の9の刻』にしている。ギルドに早い時間に行っても混雑している時間で、ギルドマスターと話せる時間が作れるか分からないので、朝の混雑が落ち着いた頃に落ち合うようにしている。

 僕とパーティーリーダーのシンさんは落ち合った後は城壁の外に出て周辺の捜査及び警戒に出る予定、ナーグは情報収取、クリスとサーラそれとミームはそのままギルドに残りギルドマスターのキリーさんと話し合いの予定。

 今は『8の刻』だから・・・少し急いで準備した方が良いみたいだな。


 「ナナミ?どうしたのです、そんなのんびりしていては遅れますわ。」


 クリスに急かされ、なんとか身体に力を入れる・・・思うように行かない。

 仕方ない、奥の手だ。


 「身体強化、状態異常回復・・・発動。」


 得意の魔法を使ってしまおう、身体強化はだらけている身体を動かすため、状態異常は回復魔法の一種であり身体の異常、「毒」「麻痺」など等様々な異常を治してくれる・・・言わば、某なんとかゲームの『〇ス〇』だ。

 こうすれば嫌でも目が覚めるだろう、・・・え?普通に寝ることが状態異常になるのかって?・・・はい、この場合は殆ど効果はありません。しかし、あまりに寝起きが悪い時などに使うと少しだけ頭がすっきりします。


 そんな力技の起き方をした僕を見て、クリスは苦い顔をしながら「ざ、斬新ですわ」と言っていた。

 だまらっしゃい!これは僕があみ出した気持ちの良い目覚めなんだ!寝起きが悪くて機嫌が悪い魔族にこれをやったら気分が良くなったと好評だったんだぞ!

 そんな力技で身体を動かし、クリスが髪をとかしている脇で僕は洗面台へ向かい顔を洗う。鏡の前に立ち自分の状態を確認する、・・・ふむ髪はボサボサでヒドイ状態だ、クリスが見かねて僕の髪をとかし始め鼻歌を歌いながら髪を撫でる。


 「ナナミは良いですわね、常にこの状態なんですから。痛んだりしないのでしょう?」


 「ええ、常に最高の状態で保たれますからね。と言うか、やらせてしまい申し訳ありません。後は出来ますから、自分の事してしまってください。」


 僕の髪を一通り撫でると、少し名残惜しそうにしながらクリスは離れて自分の準備を始める。

 そう言えば、クリスって王女様なんだからこういう身支度すらお手伝いさんやメイドとかがやってくれるのではないか?やたらと慣れているが・・・。


 「クリスは、自分で身支度することに馴れているようですが、そう言うのはメイドがしてくれるのではないのですか?えーと、キスハさんとか。」


 クリスは少し間の悪い表情になり、遠くを見ながら・・・


 「あー・・・、学園の時に覚えたのですわ。城ではそれは何人ものメイド囲まれ、あれこれと準備してもらっていましたわ。キスハが手伝いに来た時もありますが・・・彼女はお母様付の為ほとんど会いませんでした。それから・・・お忍びで城下町に行く時、こっそり準備する必要がありまして、それで慣れているのですわ。」


 なるほど、学園に入る前から抜け出すための準備を頻繁にしていたので慣れている・・・と。

 お転婆娘め、少し自重を覚えてくれれば良かったのに。むしろ自重と言う言葉を投げ捨ててここまで来てしまった。まぁ、完全に投げ捨ててる訳では無いみたいだから、これからに期待しよう。


 お互いに身支度を済ませ、荷物をまとめる。いくらこの部屋に泊っていても貴重品とかは常に持ち歩いていないと危険だ、宿と言っても完全に安全では無いからね。

 各々出掛ける準備が整うと、クリスが緩み切った顔のままとある肩掛けバックを手に握りしめ悦に至っていた、そのバックは、昨日僕がクリスの目の前で作って見せた『マジックバック』だ。





 初めは全然渡すつもりも無かったのだが、僕の思いと『仲間の証』みたいな感じで『記念品』として渡すことしたのだ。

 それこそ、バレた時に頑なに譲らなかったのは、技術漏洩が嫌だったからが一番の理由だったのだが、昨日の事で考えが変わった。もうバレてるし頑なに拒んだところで鬱陶しいだけだ、それに僕自身別に困ることは無いと思う。もちろん無くされたり盗まれたりしたら困るのだが、その時の対策もしておけば問題無いだろう。


 そしてバレるとか秘密とか考えるよりも、クリスに楽しんでもらうのと『旅仲間』になった記念が欲しかった。

 僕にも、クリスにも形として残る物が欲しかったからね、・・・なんだか照れくさくて男の僕がこんな乙女チックな事をすること事態変なのだが、こういう時は親しい人には何かを送った方が喜ばれると聞いたことがあるので、せっかくだから特別な物を送りたかったのだ。

 そしてもう一つ、『仲間は秘密も共有する存在』っと、聞いたことがある。この『マジックバック』はまだ誰も知らない、僕だけの秘密だったが今日からは二人の秘密だ、ぐっと距離が縮まったような気がする。これならマジックバックの事がバレてしまうと、最も秘密にしていたい僕の事までバレてしまう可能性がある、ここまで考えればクリスも下手に口外はしないだろう・・・怪しいが。


 それに、『マジックバック』の対策だってしっかりしてある。

 まずこのマジックバックは『空間魔法』で出来ている、だから魔力による認証を付けてられる、これはクリスと僕だけの魔力に反応するようにしている。その特定の人物の魔力をバックに通さないと空間は開かない、もし通さないでバックを開けても見た目はただのバックのままだ。仮に誰かが魔力を通したとしても、全く反応はしない。

 そして置き忘れ対策と盗まれた時の追跡対策。品質の良い魔鉱石を使用し、感知魔法に反応するように識別信号を微弱ながら発するものだ。これは、持ち主が一定の距離を離れると発動する、一度発動すると止まらない為、出歩くときなどは常に持ち歩かないといけないので注意が必要。発信は魔鉱石の中にある魔力を使い切るまで発生させるためそこそこの時間発信している。無くなると交換しなきゃいけないが無いよりはいいだろうし、無くしてすぐなら僕の感知魔法の超広範囲で大体見つけられると思うので、困ったときは力技で解決だ。最悪の場合はバック本体の空間魔法の魔力を辿ればいい。


 バック対策は以上。

 バレてしまったらその時に考えよう、一番はなくさない事と人前で使い過ぎない事、これさえ守れば秘密は守れるだろう。・・・僕みたいにサラッと使ってボロを出さなければね。


 ちなみに、クリスの前で作って見せた理由は、これが今の技術で作れるかどうか意見を聞きたかったからだ。答えは『簡単には出来ない』と言うことだった。

 理由は、『空間魔法』で使う魔力量があまりにも膨大過ぎる事だそうだ。

 人間が最上級だと言う魔法、例えば個人の使える最大の『多人数長距離転移魔法』『最上級攻撃魔法』等の魔法で使う魔力ではまだ足りず。それ以上の、大人数の魔法使いや魔術師などを集めて執り行う『古代集団儀式魔法』で、何とか足りるかも知れないと言う位の魔力を使っていると言われた。


 そう言われて、「これならバレた所で騒ぎにはなるが、制作は出来ない」と分かった。これを聞いて、正直何も問題ないなと思ってしまった僕は油断していると思う。気を引き締めないとな~。

 ちなみに、作ったのを目の前で見ていたクリスは、驚きのあまり尻餅をつき「そんな想像も出来ない魔力を自在に操るり使えるなんて!頭おかしいですわ!」と僕に言ってきた。でも、いろいろ納得したみたいで謎が判明しスッキリしたようだった。最後に彼女は「こんなの秘密にするも何も、誰も作り方を理解できませんわ『空間魔法』なんて・・・どこ調べてもありませんわよ」と、少し疲れた様子でため息を付いていた。




 昨晩はそんなやり取りをして渡したマジックバック、クリスは気に入ってくれたみたいで、今は大事そうに抱えている。


 「クリス、気に入ってくれたようですね。」


 「ええ!最高のプレゼントですわ!ありがとうナナミ!」


 彼女は太陽な眩しい笑顔で答えてくれた、朝日のせいだろうかまぶし過ぎて直視できない。僕の中でも何か暖かな気持ちが感じられる、ヘヴィーに抱きしめられた時に感じたモノよりは温度があり自然とこちらまで嬉しい気持ちになる。


 「では、行きましょうかクリス。」


 「はい!今日も元気に行きますわよー!」


 僕達二人は朝の賑わいがまだ残る冒険者ギルドに向けて歩き出した。











 冒険者ギルドの一階は仕事の依頼が張り出されている掲示板や、冒険者ギルドへの依頼の相談受付所、メンバーの待ち合わせ場所、仕事を受けるための窓口や討伐した魔物の剥ぎ取り品を買い取る受付など、多くの窓口が存在している為、かなり広く作られている。

 天井も高く、槍や長物の武器を背負ったままでも歩き回れる、一部は吹き抜けになっており開放的な空間になっている。


 すでに朝の繁忙時間は過ぎたためか、冒険者達の姿はさほど多くない。

 そんな少し静かになった休憩室のテーブルの一角に冒険者パーティー「ハートエッジ」のメンバーは揃って居た。

 時刻はもう間もなく「9の刻」になろうとしている。


 「あの二人遅いっすね~。」


 そばかすの残る青年ナーグは、未だに来ていない二人の事を気にしていた。先程から何度もギルドの出入り口を見てはそわそわしている。


 「・・・サーラ、顔なじみの冒険者とは話せたか?」


 目つきがキツイ男性、パーティーリーダーのシンは、仲間のダイナマイトボディーで筋肉が強調されている女性のサーラに問いかける。むろん、ナーグのことは無視して。


 「ああ、聞けたよ。大規模作戦に参加予定で来てたけど、このままここに居たら『孤高の魔女(偽物)』の犠牲になりそうだから、安全な王都の方にしばらく行って来るだとさ。」


 今この街には各地から多くの冒険者達が集まっている。この街の東側に存在する「大森林山」にて大規模作戦が戦士団と合同で開催される予定だからなのだが、『孤高の魔女(偽物)』が冒険者の多くを殺害している事件も起こっている為、命の危険を感じて安全な場所へ離れて行く者が増えてきている。

 依頼放棄に近いが、ギルド側もこの事態を止められていない。状況が状況だけに強く引き留められないでいる。それでも、残ってくれると言っている冒険者達も居る為その者達のおかげで最悪の状況にはなっていない。


 「遠征を少し長くしていたせいで、大規模作戦の事を知ったのが遅かったからな。参加受付は俺達がモックさんの護衛をしていた時に終わったらしいが・・・話を聞いてみるか。」


 「その方が良いさ、アタイ等はCランクパーティーだ。今は戦力が欲しいだろうから、金払いもいいだろうさ!うまく話を持っていけば儲けになる。」


 この二人は少し悪い顔をしてニヤニヤしているが、それを見ていたまだ無垢なミームがジト目で二人を睨む。


 「二人とも、また悪だくみしようとしてる。」


 「何言ってるんだい!金がなきゃ食っていけないんだよ?儲けられそうならそうするのが冒険者さね!」


 サーラは女性とは思えない位の勢いで豪快に笑う、これぞ冒険者と言う振舞だ。


 ちなみに、ここまでナーグの発言を全員無視であるのだが、そんなことすら気にならないのか、ナーグはそわそわしながら出入り口を眺めている。



 ナーグがソワソワしていると、お待ち人が現れた。時間ギリギリと言ったところだろうか、待ち合わせには間に合ったようだ。


 「遅れてしまい申し訳ございませんわ。さっ!行動開始しますわよ!」


 来て早々威勢よく言葉を発してきたクリス、それを受けてシンは少し鬱陶しいと思ったのか小さな溜息を付いてクリスを制した。


 「落ち着いて下さいよクリス様、第一待ち合わせには遅れてない。俺等は早めに来て冒険者仲間達から情報の交換してただけ、気にしないでくれ。それより、まずは今日の予定を改めて確認して__。」


 「固いことはいいさね!クリス様、既にキリーの奴には面会の時間を取ってもらってる。早い所行くよ、なんでも『戦士団の方との面会の予定もあるから早めに』って言われたんだ。」


 シンは話を遮られ少しサーラの事を睨んだが、静かに黙って聞いていた。

 それよりも、『戦士団』と言う単語が出た瞬間に明らかにクリスの挙動がおかしくなった。少し焦っているようだが大丈夫だろうか?


 「クリス?もし嫌であれば私が変わりましょうか?」


 たぶん、キリーさんがクリスが気にしていた戦士団との接触をなるべく回避できるようにするため、事前に知らせてくれたんだろう。キリーさん的にはこれほど気の使う冒険者は居ないだろうな、手間お掛けさせてしまい申し訳ありません。僕は心の中で謝罪した。


 「いえ、大丈夫ですわ。」


 クリスは小さく頷くだけだった。僕はそれを見て少し不安になるが。


 「安心しなよ、アタイが付いてる。事情があるんだろ?」


 「困ったら頼ってもらっていい、私もお役に立ちます。」


 サーラさんとミームちゃんがクリスの両脇に立つ、こう見るとこの二人が非常に頼もしく見える。いや、普段から頼もしいのだろうが、より一層って意味でだよ?僕なんかよりいろんな人間関係から修羅場まで潜り抜けているであろうサーラさんなら、安心感が半端ない。


 「・・・とにかくそっちはサーラに任せる、ナーグ、ナナミ、俺達も行動するぞ。今日、森の方で依頼を受けた奴等が二組居る、奴の行動範囲は森に近ければ近いほど活発だ、こいつらが狙われる可能性がある。ナーグは街の情報を任せるから、ナナミは二組のうち片方を見て欲しい。俺も残りを見張る。」


 どうやらこのパーティー、今朝のうちに犯人の行動範囲をある程度絞ったようだ。こう言う時は、情報収集できる人達って重宝する、いやー、実に助かりますなー。


 ナーグはその指示を聞くや否や「んじゃ!行ってくるっす!」と言い残し、さっさとギルドを出て行ってしまった。彼の持ち味はその行動力にあるらしい、良くも悪くも突っ込んで行くので意外な成果を持ってきたり問題を起こすとのこと。

 ・・・ここまで聞いて僕はついついクリスを見てしまった、彼女もそれに気が付き「私はそんなめちゃくちゃな事にまで首を突っ込みませんわ!」と、プリプリ怒ってしまった。


 そうこうしているうちにギルド職員が近づいてきた。


 「冒険者パーティー『ハートエッジ』の皆さん、ギルドマスターのお時間が空きました。今ならすぐに面会が出来ます。」


 「おっ、そんじゃ早速行ってくるとするさね。」


 サーラは椅子から勢いよく立ち上がりミームをおもむろに抱っこする。抱えられたミームは、何処か達観した目で諦めの境地にたどり着いているように見えた。


 「あ、あの・・・サーラ?ミームをどうして抱えますの?」


 「ん?いやなに、階段で上がるの大変だろ?ミームはこれでも一流の魔術師、『飛ぶ』事すら簡単に出来ちまうからさ。いつもこうしてるのさ。」


 「いつも抵抗するけど何をしても無駄だった・・・。」


 ・・・いや、階段使えよ。サーラさんその自前の筋肉は飾りか?パーティーリーダーのシンですら呆れている。なんというか・・・シンの方も諦めた表情してるな、いつもこんな感じなんだろうね。


 だが、こんな事を真に受ける人物はもう一人居る、あのサーラと意気投合するのだ、そりゃ影響されてしまうだろう。


 「そうですわ!『飛翔』すれば良かったんですわね、私も長い階段を上がるのは正直面倒だと思っていたのです。・・・はっ!まさか・・・この吹き抜けの意味は!!」


 「おや・・・そこに気付いちまったかい。そうさね、あまり知られていないが・・・飛んで楽に移動するためのもんなのさ!」


 『カッ!』と目を開き、どや顔を決めながらサーラはクリスの思ったであろうことを肯定した。

 僕、シン、そしてギルド職員は「んなわけあるか!」と、ツッコミを入れた。そんな中、ミームは既に魔法で飛ぶ準備を始めており魔法陣を展開している。『飛行系』の基本的な術式だ、筋肉で重いサーラを一緒に持ち上げる為か出力を高めに設定しているように見える。

 クリスも同じ術式を展開させる、ミーム隣に立ち一緒に飛ぶようだ。これなら補助の役割を果たせるので、ミームは普段より楽にサーラを持ち上げられるだろう。


 「クリス様、ありがとう。」


 「いえ、これ位お安い御用ですわ。それに、飛行は久しぶりですの慣らしには丁度いいですわ。」


 二人が話しながら少しずつ上昇していく、地面から一メートル位の所まで上がったらそこからは速度を上げ、あっという間に五階まで上がっていった。

 上がり終わると「いやー!やっぱり楽だねー!」とサーラの声が下まで響いてきた。あまり魔法使いや魔術師をそんな道具みたいに使わんでくれ、あれはあれで大変で苦労するのだ。技術的には上達するだろうが、その分魔力を結構使うんだから。


 「豪快なお人で魔法使いの扱いがちょっとあれですが・・・なんだか憎めない方ですね。」


 「面倒見がいいし世話を焼いてくれるからな、俺としては最も信頼している奴だよ。さて、俺達も行くぞ。」


 シンは上に行った三人を見送ってから、さっさとギルドを後にする。僕もクリスの方をもう一度だけ確認してシンの後を追う。向かうのは東側に存在する『大森林山』冒険者を狙う危険な『孤高の魔女(偽物)』が良く出現する場所へ。









 僕とシンは大森林山の近くまで移動してきた。移動中は特に会話をするわけでもなく、淡々と歩くだけで何もなかった。

 ちなみに、転移魔法を使おうかと提案したのだが。敵に察知される可能性があるので歩いて行くと言う結論になった。シンには伝えなかったが、隠蔽しながらの転移も僕なら可能だ。だからと言って決定したことにあれこれ言っても仕方がない、彼なりの考えがあっての事なのだろう。何も考えてなかったとしてもそれはそれで良いのだ。


 歩みを進めていると、前方に一組のパーティーが視認できた。さらに、かなり離れていて肉眼では見えないが、千里眼を使えばもう一組のパーティーが居るのも確認できた。


 「彼らの今日の仕事は何なのですか?わざわざ事件のあった森近くに来るなんて・・・。」


 「話を聞いたところでは、「ボアウルフ」の毛皮が必要らしいんだ。なんでも急ぎで必要としてるらしくてな、依頼主が大金をつぎ込んでるらしい。その額が額だけに、金が必要な奴らが飛びついてるのさ。」


 ほうほう、ボアウルフ自体ここらではこの森にしかいないしね。もうちょっと南下すれば他にも居るみたいだけど、それだと時間が掛かるしね。

 ・・・あれ?そう言えば、昨日殺された冒険者も狙っていたような。


 「ギルドとしては、ここに近寄ること事態止めて欲しいみたいだがな。依頼主が急かしてるみたいなんだ、どうせ大規模作戦が終われば大量の毛皮が手に入るんだから。一週間くらい待ってくれればいいのにな。」 


 「・・・ならさっさと依頼を終わらせてもらいましょう。彼等ならそれが出来るのでしょう?」


 「ああ、腕は確かだ。まだまだDランクのパーティー達だが経験はある。邪魔さえ入らなければな。」


 『孤高の魔女(偽物)』そいつの邪魔さえなければすぐに解決する依頼。今回二組のパーティーが挑んでいるのだ、「邪魔さえ」無ければ問題無いだろう。

 しかし、ギルドの職員も大変だ。本来は一組のパーティーにさせる依頼を、確実に解決させるために、わざわざ二組にするなんて。そのお金は誰から出ているんだろう。頭割りしたのかな?もしそうだとしたらこの二組のパーティーは良い人達ばかりだ。ギルドに協力して取り分が少なくなるのを承知した上で、依頼達成を優先させるなんて・・・この街はそう言う人たちの方が多いのかな?


 そんな素晴らしい冒険者精神に感銘を受けている間に、パーティーは森の中に入って行った。

 それを見たシンは走り出し、目の前のパーティーの後を追う。


 「ナナミ!アンタは向こうの奴等を見ていてくれ、俺でも感知出来てるんだ、どうせもう感知しているんだろ?問題が起きた時は合図を送れ!なんでもいい。無理に戦闘はせず逃げることを優先しろ。」


 早口でそう言い残し、一気に魔力で身体強化をしたと思ったら『縮地』を使い居なくなってしまった。


 ちなみに、『縮地』は足さばきの一種で体術である。魔法ではない、断じてない。僕がギルド運動場でやったのは『ただ飛び退いただけ』己の魔力を使いまくって神様に貰った強化した身体だから出来た芸当。

 本来の『縮地』等はその技術をしっかりと肉体に覚えさせ鍛錬と修行を行い使うことが出来る『技』なのです。僕は出来ません、魔法で無理やり似たようなことをしているだけ。

 その『技』は、己の魔力で身体強化した状態であれば超人的な力を発揮するのです、シンが消えた『縮地』がいい例です。


 このイーセアには様々な使い手が居るのでこの旅をしているうちに出会うかもしれない。



 シンが行ってしまった後、僕は静かに歩き出す。もう一組は森に入ろうとしている所で、見失わないようにしないと。

 僕は感知魔法で彼らを補足する、もうこれで見失う事わないだろう。それに、魔物以外の感知だって出来る、シンが既に追いかけたパーティーに追いついたことも分かるし、シンが担当しているパーティーの事も捕捉した。・・・これであちらに問題が起こってもすぐに転移できる。


 周りの気配に気を配りながら、僕はゆっくりと冒険者パーティーの後を追った。









 ナナミとシンが冒険者パーティーの後を追って森に入っている頃、街にある冒険者ギルドのギルドマスターの部屋では、キリーが三人に対して『苦いリンゴ』の紅茶を振舞っていた。


 「おいキリー・・・アタイはいらないって言ったの聞こえなかったのかい?」


 「・・・私これ嫌い。」


 「おいおい、辛辣だな。せっかく心を込めて入れたのに・・・少しはクリス様を見習え。」


 「ぐふっ!・・・や・・やはり渋いですわ・・・。」


 明らかに不愉快を隠そうとしないサーラとミーム、それに対してキリーはさらっと受け流しながら優雅に紅茶お飲んでいる。クリスは・・・言うまでもない。


 「それで?まさかクリス様が『ハートエッジ』の面々と知り合いだったとは、俺としては嬉しい誤算だな。どちらにしろお前達にも協力してもらおうと思ってたからな。」


 「はん!気に入らないね~、ガッツリ報酬もらえないならやんないよ?あ、大規模作戦の方は別で頼むよ?!こう言っとかないとまとめられて少なくなるからね!と言うか、すでに『規格外』が居るんだ、もう内心安堵してるんじゃないのかい?」


 『規格外』と言う言葉にクリスは反応する。


 「サーラ!ナナミの事そう言わないでって何度言えば分かってくれますの?!」


 「あー・・・悪かったって、失言失言。」


 クリスはプクッと頬を膨らませて怒っている表情を作る。自分の旅仲間を『規格外』と言われる事にイライラが収まらない。だが、確かにナナミは『規格外』なのだ、それは自分が良く知っている。それと同じ位、ナナミが普通の『人間』だと言うことも良く知っているのだ。

 いつの間にか膨れていた頬はしぼみ、少し落ち込んでしまうクリス。気持ちが沈みこもうとした瞬間に手に持っていた紅茶を一気にあおり、気持ちを入れ替える。


 「ウグッ・・・キリー殿、先ほどの話を続けても?」


 「あぁ・・・どうぞ。」


 流石のキリーも、怒ったりしょんぼりしたり、かと思えば真面目になったりするクリスに押され気味になりながらも、なんとか返事を返した。


 「ナナミが昨日見つけてきた魔鉱石ですわ、見て頂くと分かりますが術式が刻まれている加工品ですの。ナーグの聞いた情報が間違っていなければ、ここ最近多くの魔物から剥ぎ取られていると聞いていますわ。解析は出来ていませんが、ナナミとこちらに居るミームの予測では『寄せ集める』と言う見解ですわ。ただ分かっているのはそれだけで、解明するには設備が必要ですの。」


 「この魔鉱石については確かにギルドにも報告は上がってたが・・・術式が刻んであるとは聞いていなかったな。これが魔物から取り出されているとを考えると、もしかしたら急激に増えてる理由がこれかもしれないかもしれないってことか。」


 キリーが険しい顔をしながら自分の中で予測を立てている。

 そこにミームが発言してきた。


 「ギルドマスターの言うことも可能性の一つ、ただ本当にその魔鉱石が関係しているかは分からない。劣化が激しいから詳しく術式を読み取れないから、詳しく調べる為にもここの設備を借りたい。」


 キリーは表情そのままにミームの言葉を聞く。


 「分かった、ミームちゃん設備は好きに使って構わない。サンプルが必要なら鍛冶屋から買い戻す段取りもする。それで・・・いつもでにその結果が出てくる。」


 ミームが考え込むような態勢を取る、その間にサーラがキリーに向かって先に話し始めた。


 「魔鉱石の方ならナーグが既に集めてるよ。ただ・・・ほとんど鉄くず同然の扱いだから、熔かされてる可能性がデカいね。」


 キリーはそれを聞くと「あぁ、そうか」と顔を手で覆った。

 ここに持って来た魔鉱石ですら「これが魔鉱石?」と一度悩んでしまうくらい質が悪い。そして微量の魔力しか感じないので魔鉱石だとしても扱いは鉄みたいなものだ。

 ナーグは「まだ大丈夫」と言っていたが、どれほど残っているかわ分からない。キリーが想像している量は集まらない可能性がある。


 「・・・大規模作戦で大量には手に入る可能性がるか。」


 「キリー、確かにそれはそうさね。でもよく考えな、終わった後でまた同じ勢いで魔物が増えられたらこっちは疲弊する一方だ。なるべくなら元も同時に絶ってた方が良いだろ?」


 キリーは溜息は吐かないが頭を抱え考え込む。


 「・・・ナナミさんはこれについてはなんと?」


 「いえ、ナナミもこれだけしか見つからなかったと言ってましたわ。魔物の行動も奇行は見られず、変った事わなかったと。」


 クリスは下を向いたままのキリーに素直に話した。

 ゆっくり顔を上げたキリーの表情は、少し疲れの色が見て取れる。ここ数日、事件やら事故やら様々な事が起きてる中、貴族からの無理難題や作戦の準備などで精神的に疲労しているのだろう。ギルドマスターの宿命でもあるのだろうが、流石に隠し切れなくなっている。


 そんな疲れを見せているキリーに対して、ミームがようやくまとまった考えを話し始めた。


 「ギルドマスター、解析には時間は掛からないと思う。術式自体は非常に簡単、只の魔鉱石に刻んでいる術は難しいのは存在しないはずだから。ただ、それが魔物と関係しているかどうか調べるのは凄く時間が掛かる。仮に魔鉱石が生み出してるとしたら、まず一から実験しないといけない・・・正直短時間では無理。」


 「そうか、それならまず術式を解明してくれ。そこから新たな事が分かるかもしれない。」


 キリーは疲れた顔を隠し、やることを決めていく。

 とにかく今は魔鉱石に刻まれている術式を解析する事、そしてそれと同時にそれに関係ありそうな人物の捜索だ。

 分からないなら分かる者を見つければいい、そんな考え方からなのだが、正直見つかるかも分からない。手がかりはナナミが何処から得てきた『数日前から大森林山に頻繁に訪れている人物』しかない。

 キリーは職員を数人呼び仕事を振っていく、設備利用のための補佐人員や緊急依頼の発布、情報提供を呼び掛けるビラ配りなど多くの仕事を指示していく。


 そんな風に突然慌しくなった室内で一人取り残されるクリス。サーラは緊急クエストを発布する職員と参加条件や危険度などの助言をしている、ミームは職員と共に既に設備のある部屋に移動してしまった。

 クリスは考えている、自分のすることを。そして同時に大きな疑問にぶち当たる、その疑問を忙しそうにしているキリーに問いかけた。


 「キリー殿、この事件はもうギルドだけの問題ではありませんわ。むしろ今貴方が行っていることは、街の衛兵たちの仕事です。まず報告に行くべきでは?」


 キリーは作業の手を止め、クリスの方を見る。

 その目は、何かを訴えかけているように見えた。


 「正直、そうなんだろうが・・・色々あるんだよ。大丈夫、ご心配なく・・・もうすぐ戦士団の方が来る。話をしてみてどうなるかだが、概ね彼なら話を聞いてくれるだろう。それに戦士団長様の事なら俺よりクリス様の方が詳しいのでは?」


 クリスは「確かに、彼なら聞き入れてくれる」そう思える確信がある。だって彼は底抜けな位優しいく正義感が強い。なんならこの街の領主や貴族達に、冒険者ギルド任せにしているこの状況を改善しろと直談判しに行くと思う・・・、彼はそんな優しい人間で頼もしい男だ。

 

 「クリスティーナ王女様。」


 不意打ちで名前を呼ばれて反応してしまう。

 顔を上げた先には、キリーのいたずら顔があった。どうやら彼は想いにふけるクリスにちょっかいを掛けたみたいだ。


 「なーんでそんな顔するほど思ってるのに会いたくないかねー、あの戦士団長殿は余程の事をしたんだろうな。それとも王女様の方が?・・・まっ!そんなことは良い、さっさとギルドから離れた方が良い。そろそろ来ると思うからよ。会いたくないんだろ?今は。」


 喋りながらクリスの反応を窺いつつ、一通りの反応を楽しんだ後に「もうすぐ来るぞ?」と忠告してきた。キリーはまるで、いたずらが成功したかのような満足した顔をしている。

 だが、そんな顔も一瞬で消え、すぐにギルドマスターのキリーに戻る。その変化を見たクリスは、まるでナナミが被っている目に見えない仮面に近いものを感じた。ナナミのが自分を偽る仮面だとしたら、キリーのはどこか使命感に似た「ならなくてはならない」と言う決意の仮面に見える。ただ、頑張りすぎるあまり疲れているようにも見えてしまう。

 クリスは今のキリーに似た人を良く知っている、そうだユスティーナ女王・・・母がそうだった。「女王にならなくては」と頑張っていた時に見た顔と同じだ。責任感に押しつぶされそうになりながら必死になっていたあの頃の母だった。


 「・・・私は・・・。」


 「どうした?あ、もしかして今の地雷だったか?すまない、少し調子に乗ったな・・・。」


 「いえ・・・キリー殿、あまり無理はなさらないように。ゴーリラなら必ず助けてくれるはずですわ。それでは、私はこれで。」


 そう言ってクリスは足早に退室していく。

 それを見送るキリーは怒らせてしまったかと苦笑いしながら作業に戻った。



 ギルドの一階まで降りてきたクリス、そこへサーラがやってきた。


 「クリス様、良かった入れ違いにならなかったね。これからのことな・・・どうしたんだい。」


 サーラは目を丸くした、ぽかんとしたとは少し違う、だが驚いたわけでもない・・・。ただそこにはクリスと言う旅をしている女性では無く、隠し切れない決意を秘めた目をしたクリスティーナ王女がそこには居た。


 「サーラ、私・・・どうしてもやらなければいけない事が出来ましたわ。」







ここまで読んで頂きありがとうございます。

今日と明日、連続で投稿しますが。その後はまたいつも通りに戻りますのでご了承ください。



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