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第6話「ミナちゃん先生VS芽野先生」

 とある日の昼休み。

 中庭で、ただならぬ光景に出くわした。


 白衣の二人が、十分に間合いをとりつつ向かい合っていた。

 

 ミナちゃん先生と芽野先生だ。


 何をしているのかと思えば、二人が手にしているのはバドミントンの道具。


 ミナちゃん先生は、剣豪の立ち会いもかくやいう緊迫感と殺気を漲らせている。

 一方、芽野先生はゆるふわで楽しげな雰囲気を醸す。


「――いざ」

「尋常にしょ~ぶ~♪」


 バドミントン対決が始まった。


「えい!」(ペスン)――と、ミナちゃん先生。

「それ」(パシッ!)――と、芽野先生。

「やあ!」(ペスン)

「ほい」(パシッ!)

「たあ!」(ペスン)

「次こっち~」(パシッ!)

「!? ふわぁ!」(ペスン)

「今度は逆~」(パシッ!)

「!? なはぁ!」(ペスン)

「ほらほら後ろいくよ~」(パシッ!)

「にゃあぁぁぁ……」(スカッ)


 スマッシュは無し。

 相手の陣地に羽根を落としたほうにポイントが入る――といったルールのようだが、内容は散々なものだった。


 まずミナちゃん先生のラケット捌きが覚束ない。


 空振りは当たり前(スイングの瞬間に力んで目をつぶる癖がある)で、打ち返せても狙いがてんで定まっておらず、へろへろと力ない絶好球を芽野先生に献上している。


 かたや芽野先生は慣れたもので、前後左右に羽根を落とし、ミナちゃん先生をあっちへドタバタこっちへドタバタと走り回らせていた。


 ヒーヒー言いながら必死に羽根を追いかけるミナちゃん先生の姿が、芽野先生のいたずら心を――嗜虐心をくすぐっているらしい。


 ニヨニヨと口元を緩ませている。


「――~~~! ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」


 1ポイントも取れず、ミナちゃん先生は悔しさのあまり、天に吼えた。

 全力だ。

 

 そしてそれを敗北宣言と受け取ったか、芽野先生は勝者然として頷く。


「それじゃあ約束通り、一号くんはこれから第一保健室でお世話するということで――」


「なんですかその約束」

 

 聞き捨てならず、僕は二人の間に割って入った。

 

 なぜ急に僕の名前が出てきた。


「あー! 一号くん! いいところに来たわね!」とミナちゃん先生。


「ほんとですよ。僕の知らないところで僕の身の振りが勝手に決められるところでしたよ。何やってるんですか?」


 僕が尋ねると、ミナちゃん先生はぷっくりと頬を膨らませる。


「それが芽野先生ったらひどいのよ!」

「はい」

「歩いてたら、後ろから呼び止められたの。肩をポンポンってされて」

「ええ」

「それで振り向いたら、芽野先生の人差し指が、わたしのほっぺたをむにーって!」

「ミナちゃんのほっぺた、ぷにぷにで気持ちいいんだもん~」


 なんてしょうもないイタズラを……。


「そのあとも、わたしがジュース買いに行くのにくっついてきて」

「はあ」

「飲んでたら、すっごい変顔見せてきて、わたし噴き出しちゃってもう大変!」

「はあ……」

「人がものを食べたり飲んだりしてるときにあんな……あんな顔……ぷふーっ! 解剖学的にもありえない顔だったわ! ぷっぷすー! くすくす」


 よっぽど面白い顔だったんですね。

 ミナちゃん先生、怒ってたはずなのに思い出し笑いしちゃってるし。


 ともあれ、ミナちゃん先生が芽野先生のいいおもちゃにされている、ということだろう。


(芽野先生、ミナちゃん先生のこと大好きだからなぁ……)


 お気の毒様。


「それでわたしが厳重な抗議をしてたら、いつの間にか一号くんを賭けたバドミントン対決をする流れになってたのよね」

「『なってたのよね』って……一気に話が飛躍しましたね……」


 芽野先生のことだ。

 

 その巧みな口車でミナちゃん先生を煽り、まんまとそんな約束を取り付けたに違いない。

 

 僕が胡乱な目で芽野先生に向けると、芽野先生はイタズラに口の端を持ち上げた。


 ほら、やっぱりそうだ。


「本当に芽野先生は困った人だわ! こんな人がこの学校の養護教諭だなんて……! その内バイオハザードが起きるわよきっと!」


 それは言い過ぎじゃあ。


「……でも、この通り負けちゃって……一号くんが第一保健室にとられちゃう……」


 ミナちゃん先生はしょぼくれ、オロオロと狼狽え出す。


 まぁ、僕の意志とは無関係に交わされたそんな約束なんて、無視しちゃえばいいだけの話なのだけれど……。


(ミナちゃん先生、妙なところで律儀だからなぁ……)


 芽野先生との約束を反故したことを、しばらく引きずってしまうかもしれない。


 勝手な約束をしてしまったのはミナちゃん先生の落ち度とはいえ、それはちょっとかわいそうだ。


 なので、


「……これ、借りますね」

「え……?」


 僕はミナちゃん先生の手から、そっとラケットを抜き取った。

 そして芽野先生と対峙する。


「僕ともバドミントン勝負しましょう。僕が勝ったら、ミナちゃん先生との賭けは無かったことに」


 僕自身のために、そしてミナちゃん先生のために、僕は芽野先生に勝負を挑んだ。


 芽野先生は「んー」と楽しげに首を揺らす。


「私が勝ったら?」

「僕とミナちゃん先生、二人揃って第一保健室でお世話になります」


「えええええええ!?」とミナちゃん先生がびっくりして叫ぶ。


「乗った♪」


「あああああああああ」とミナちゃん先生が膝から崩れる。


 ミナちゃん先生、いつにもましてリアクションいいですね。

 そういうところが芽野先生を喜ばせてしまうんだと思います。


「だ、だだだ大丈夫なの一号くん!? そんな約束しちゃって!」


 ミナちゃん先生が僕の制服の裾を引っ張る。


「あはは、そんなに頼りないですか? 僕」

「そ、そうじゃないの! そうじゃなくて……激しい運動は、身体に障るから……」

「…………」


 ああ、ミナちゃん先生は僕の身体を心配してくれてたのか。

 胸がほっこりして、自然と笑みが零れた。


「今日は体調いいので、少しくらいなら」


 安心させるように言うと、芽野先生が口を挟んでくる。


「ん~? 少しくらいだと~? そんな生ぬるい気持ちで、この私に勝てるとでも~?」


 妙に芝居がかっているのは、悪役を演じて楽しんでいるからだろう。


 まぁそれはそれで好都合。

 本人が悪役を望むのなら、悪役らしい結末を迎えさせてあげよう。


 かくして戦いの火蓋が切って落とされ、青空に純白の羽根が舞った。


 ☆ ☆ ☆


「――くそ~、今日はこの辺にしておいてやる~。お~ぼえ~てろ~♪」


 芽野先生の陣地に羽根が落ち、勝負は短時間で決した。

 三下悪役お決まりの、負け犬の遠吠えを喜々と上げながら、芽野先生はパタパタと去っていく。


「…………」

「どうしたんですか、ミナちゃん先生」


 無事勝利を収めた僕。

 一息ついて振り返ると、ミナちゃん先生が呆気にとられた様子で立ち尽くしていた。


「え、いや、びっくりしちゃって……。一号くんって、運動神経いいのね」


 ミナちゃん先生が感心したように言う。

 僕は頭を振った。


「良くはないですよ。高1男子の平均です」


 これは謙遜でも何でもない。

 客観的な事実だ。


 そもそも芽野先生だって、相手がミナちゃん先生(10才の運動音痴な女の子)だから圧倒できていただけであって、とりわけバドミントンが上手いわけではない。

 

 そして僕は虚弱体質だし、体力もないし、体育の授業もよく見学するけれど、決して運動自体は嫌いじゃないし、とりわけ苦手というわけでもない。


 だから普通にやって、普通に勝った。

 ただそれだけだ。


 けれど、ミナちゃん先生は首を横に振った。


「そんなことないわ! と~~~~~っても上手だった! すごいすごい!」


 そしてぱちぱちと手を叩きながら、ぴょんぴょんと跳ねて、全身で賞賛の意を表してくれた。


 僕がやったことなんて本当に大したことないから、そんなに褒められてもむず痒さを覚えるのだが――やっぱり心のどこかでは、少し、誇らしい。


「あ、いけない、わたしったら。はしゃぐばっかりで言い忘れるところだったわ」


 ミナちゃん先生ははっと我に返ると、襟を正し、楚々と頭を下げるのだった。


「助けてくれてありがとうございます」

(やっぱり律儀だなぁ、ミナちゃん先生は)


 勿論、言うまでもなく、そこは美点。


「どういたしまして。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」


 僕もバドミントンで乱れた制服を正し、ぺこりとお辞儀を返すのだった。

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