第3話「君は何系?」
「――痛っ」
授業中、プリントで指を切ってしまった。
傷口を吸ってみたものの、血は止まりそうにない。
(あちゃー、絆創膏が必要だな)
授業を終えて休み時間、僕は第二保健室に足を運んだ。
☆ ☆ ☆
「…………ぬぅ……」
僕の人差し指を見るやいなや、ミナちゃん先生は露骨に渋い顔をした。
あとちょっと、威嚇するみたいに唸った。
「一号くんは文系? 理系?」
そして不意にそんなことを聞いてくる。
「どっちかっていうと文系です」
僕は答えた。
すると、
「そう……。わたしは内科系なのよね」
「内科系」
そんなジャンルがあったとは。
「一号くんが理系を苦手なように、わたしは外科系が苦手なのよね」
「つまり?」
「血が苦手なのよね」
知ってた。
そう。
ミナちゃん先生は血が苦手だ。
保健室の先生なのに。
「人の血ってどうしてそんなに赤いのかしら……。いや、知ってるのよ? 血が赤いのは血液中の赤血球が赤いから――もっと言うとヘモグロビンが赤いからだって。理屈ではわかってる。勉強したもの。でも、それはそれとしてそんな怖い色にすることなくない? あとその、てろてろした質感もよくないわよ。うん。よくない」
ミナちゃん先生はぶつぶつと独り言つ。
しまいには「もっとこう……ストロベリーシェイクみたいな感じだったらかわいくていいのに」とか言い出した。
それ本当にかわいいかな……よく考えてみてほしい。
ストロベリーシェイクみたいな血液……ドロドロで高糖度……全然かわいくない。
「と、とにかく傷を洗ってこっちいらっしゃい」
僕は流しで軽く傷口を洗い、ミナちゃん先生の正面に座った。
ミナちゃん先生はその小さな手で包み込むように、僕の手を取る。
そして消毒液を浸したガーゼで、ちょんちょんと傷口を拭ってくれる。
その手つきは熟れていて丁寧。
そのうえ優しく、柔らかく、温かい――しかし、表情はしかめっ面だった。
「いたっ。いたた。うぅ~、しみる~」
これ、僕が言っているのではない。
ミナちゃん先生が言っているのだ。
そんなに滲みないし痛くもないのだが、ミナちゃん先生を見ていると本当に痛く思えてくるから不思議だ。
だからそれ、やめてほしい。
「あの、これくらい自分でやりますよ? 血が苦手なら尚更」
「だめだめ。これは保健室の先生の仕事なんだから。――いたたたっ」
保健室の先生ならそれやめてほしい。
折に触れてミナちゃん先生は「どうしてみんな第二保健室を利用してくれないのかしら……」なんて、しょんぼりとぼやくが、正直そういうところに一因があると思う。
「――はい。できた!」
苦戦しながらも、ミナちゃん先生は無事仕事を完遂。
僕の指に絆創膏を巻いた。
ただその絆創膏が、女児向けのファンシーなキャラクターがプリントされたもので、男の僕には少々恥ずかしいが……、
(ま、いっか)
口にはすまい。
血が苦手にもかかわらず、せっかく手当てしてくれたんだから。
するとミナちゃん先生は、再び僕の手を取った。
そして自分のおでこのところへ持っていき、むむむと何かを念じ始める。
「何やってるんですか?」
僕は尋ねる。
ミナちゃん先生は目をつむったまま答えた。
「おまじない。早く傷が塞がりますようにって」
「…………」
なんとも言えないこそばゆさが胸に走る。
が、
「あと、一号くんの血がストロベリーシェイクみたいになりますようにって」
付け足されたその一言で、僕はさっと手を引っ込めた。
ミナちゃん先生にはすごく悲しい顔をされたが……これは僕が悪いのだろうか……。