プロローグ「疲れたでしょ。保健室おいで」
教室のゴミ箱が山盛りになっていた。
どれだけ高くごみを積み上げられるか、ゲームになっているフシすらある。
それを日直の女子が、悪戦苦闘しながらゴミ袋にまとめ、持っていこうとしていた。
日直は男女一人ずつ。
ゴミ出しなんて力仕事は、相方の男子に任せればいいのに……と思ったところで、僕は気付いた。
日直の男子のほうは今日、学校を休んでるんだった。
「……重そうだね」
僕はその女子に声を掛けた。
☆ ☆ ☆
サンタクロースのようにゴミ袋を担いで、僕はゴミ置き場を目指す。
「ハァ、ハァ……」
けれど、これが思った以上に重い。
昇降口を出る頃には、すっかり息が上がってしまって、膝も笑っている。
考えなしに力仕事を買って出たものの、僕は体力に自信がない。
というか、かかりつけ医お墨付きの虚弱体質だ。
ゴミ置き場まではあと50メートルほど……一旦下ろそうかと思ったその時だ。
急に、ゴミ袋が軽くなった。
「――えへへー。後ろ姿を見かけたから、追いかけてきちゃったわ!」
そして背後からそんな声がする。
振り向いてもゴミ袋が邪魔で、姿こそ見えないが、声の主が一緒にゴミ袋を持ってくれているようだ。
「それにしても重いわねぇ、このゴミ袋。何が入ってるのかしら……電子レンジ? タンス?」
「さすがに教室で粗大ごみを捨てる人はいないかと」
「じゃあ何を捨てたらこんなに重くなるのかしら。……過去?」
「そんな重い過去を背負ってる人がクラスにいるなんて考えたくないです」
声の主の見当はついているので、会話も気心知れたもの。
「一号くん、今日日直なのね」
〝一号くん〟というのは僕のあだ名だ。
「あー、いえ」
かくかくしかじか、日直の女の子の代行をしていることを説明する。
と、
「えらーーーーい! さっすが一号くん!」
歓声が上がり、ぱちぱちと拍手が聞こえ、ゴミ袋がぐんと重くなった。
「うわわ!」
「ああっ、ごめんごめんっ」
拍手したからね。両手放しちゃったんですね。
あわやひっくり返るところだったが、またすぐにゴミ袋は軽くなる。
なのでそのままゴミ置き場まで行き、無事ごみ出しを終えたのだった。
☆ ☆ ☆
「ふぅ……」
額の汗を袖で拭おうとすると、横合いから、すっとハンカチを差し出された。
「もー。どうして男の子ってハンカチ持たないの?」
そう口を尖らせて僕を見上げるのは、白衣を羽織った女の子だ。
オーバーサイズ気味だがその白衣にはシミひとつなく、後ろで束ねたセミロングの栗毛がよく映える。
「ありがとうございます、ミナちゃん先生。……でもいいですよ。せっかく綺麗なハンカチなのに、汚れちゃいます」
「なにを遠慮してるのよー! いいからホラ、しゃがむ! もー」
僕は固辞したが、白衣の女の子――ミナちゃん先生は僕を中腰にさせて、わしゃわしゃとハンカチで汗を拭いてくれる。
「…………」
なさるがままの僕は犬にでもなった気分で、些か恥ずかしい。
「お手洗いのあともズボンで拭いたりするし……そういうの、はしたないし、何より不衛生だわ」
ぷりぷりと小言を漏らすミナちゃん先生だが、ふと僕の全身をしげしげと眺める。
そして急に、汗の拭き方がゆっくり、柔らかくなった。
「……ご苦労様だったわね」
ミナちゃん先生は労るようにつぶやく。
僕が肩を上下させていることに気付いたのだろう。
「いえ、ゴミ出ししただけで息が切れちゃうなんて……情けない……」
僕が苦笑いを漏らすと、ミナちゃん先生は首を横に振った。
「そんなことないわ! 重かったもの! それに、これは人に親切にしてあげたからでしょ。だから、えらいえらい」
「…………」
そして穏やかな微笑みとともに、僕の頭をぽふぽふと撫でてくれた。
やっぱり犬にでもなった気分で、些か恥ずかしく、目をそらす。
するとミナちゃん先生は、おもむろに僕の手を握り、引っ張り歩く。
「疲れたでしょ。保健室おいで」
ミナちゃん先生は、この学校の保健室の先生だ。
僕との身長差は優に30センチ以上。
年の差は5つ。
僕が15才で、ミナちゃん先生は10才。
学年で言うと、僕は高校一年生。ミナちゃん先生は、小学五年生――。