夏の昼下がり日曜日。
ある夏の昼下がり、日曜日。
開けっ放しの窓からはセミの声。風にカーテンが揺れては、うっすらとした日差しが入ってくる。
台所のテーブルの上には、ちょうど一人分のお昼ご飯。
そして……。
スーツのまま、リビングのソファーを背に座り込む……私の幼馴染。
「ねぇ、梢君?」
「……何」
呼びかけると……明らかに、不機嫌そうな返事。
切れ長の目を、私と合わそうとしない。
「お昼ご飯、食べないの?」
近くまで行って、覗き込むと。
「……いい。……いらない」
……ぷい、と、黒い髪を揺らしてそっぽを向く彼。
もう。
私も負けじと回りこむ。
「でも、外でも食べてないんでしょ?」
「…………お腹すいてない」
「……私の作った料理、食べたくないの?」
彼はぴくっと反応した後。
「……食べたくないって、言ってるでしょ」
そう言って、自分の部屋に引っ込んでしまった。
……残された私は、一人ひっそりとため息をつく。
「もう、意地っ張り」
ソファーにかけてある彼の上着が、ふわりと靡いた。
――私の幼馴染……梢君は、すごく子供っぽい。
昔から、すぐ拗ねて、わがままだった彼。幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた。
まぁ、見た目だけなら、さすがに成長したとは思うけど。
そう……梢君は、すごく格好良くなった。
……もともと、子供のときから可愛いと評判だった梢君。
あんまりいじってない黒髪に、切れ長の釣り目。全体的に端整な顔立ちで、身長も平均よりちょっと上くらい。
学校に通いだす頃にはもう、女子に大人気の美人になっていた。(梢君に言うと怒られるけど)。
だから、大人になった今も、上司や取引先からの縁談も多いらしい。
……だけど、みんな、こんな梢君の子供っぽいところ知らないんだろうな。
未だに好き嫌いが数え切れないほどあるし、食べさせようとしても絶対に嫌だといってきかない。
外でも絶対手を繋ぎたがるし、そのくせすぐ帰りがたる。
中身なんて全然変わりなくて……子供そのもの。
外での落ち着いたクールな雰囲気を出してる梢君とは、すごい違い。
――とまぁ、そんな梢君も、私より4つも年上。
私はまだ高校生で、梢君はもう立派な社会人。
私はよくわかんないんだけど、IT関係の仕事についているらしい。
……今日だって、突然仕事が入って、日曜日だというのに出社していったし。
だけど、やっぱり梢君は梢君。
梢君は、実家の近くに家を借りて一人暮らししている。
家事はもちろん、自炊さえろくにできないので、よく私は手伝いに来ているんだけど。
そんな日は、いつもご飯は一緒に食べるようにしてる。……まぁ、梢君が譲らないからなんだけどね。
それが今日は梢君も仕事でいないので、一人で先に食べてしまった。
すると、思いのほか早く帰ってきた梢君。
……なんと、昼ご飯を一緒に食べれなかったというだけで、拗ねてしまったのだった。
「本当……しょうがないなぁ……」
スーツの上着をハンガーにかけながら、ため息をつく。
もっと大人になってくれないかなぁ。
先にご飯食べてても、『いいよ。遅かった俺が悪いんだし』とか、言えるようになってくれないと。
別に年上が好きなわけじゃないけれど、これじゃどっちが大人かわかんないよ。
……でも。
私はため息をつきながらも……なぜだか、微笑みが浮かんできた。
だって、彼が拗ねるってことは……それだけ、私と一緒にご飯食べたかったってことだから。
ある意味ストレートなのが、梢君のいいところ。
「本当、しょうがないなぁ……」
2回目となるしょうがないを呟いて、リビングを出る。
向かうのは、彼の部屋……ではなく、中庭。
私が普段手入れしている小さな中庭は、季節の花が咲いていて芝生もちょっとある。
一階のベランダから覗くと……やっぱり。
お日様の下で寝転がっている、梢君。
私はこっそり近づくと……。
「……わっ! って……びっくりしないの?」
「……何の用……?」
せっかく驚かそうと思ったのに、不発に終わる。
対する梢君は、まだ機嫌が悪い様子。……相変わらず、執念深いことで。
思わず微笑むと、梢君は寝転がったままで、視線を逸らした。
照りつける太陽の光。ちょうどベランダの陰になっているここは、風が気持ちいい。
となりに座りながら、ふと、足元に咲く小さな花が目に入った。
そういえば……昔、梢君と一緒に花畑に遊びに行ったことがあったっけ。
私は青い青い空を見上げながら、ため息をついた。
まだ小学校にも上がらない頃、近所の花畑に行った私たち。
だけど私は花を摘むのに夢中になってて。あの時も……梢君、拗ねてた。
最後にその花束を梢君にあげたら、当然の無反応。
その頃の私は梢君の想いなんて知らなかったから、ただ無視されたのだと泣いてしまったけれど。
……思えば、そんな小さい頃から梢君は私のことを見ててくれたんだ。
素直じゃなくて、実は誰より素直だった梢君。
今は……。どうだろう……?
しばらく、そんなことを考えていると。
「……君が、悪いんだからね……」
いじけたような声。
そっと覗き込むと。
……梢君は、呟いた。
「……俺は……君が思ってる以上に、君の事想ってる。なのに。
……そのことに気づいてくれない……君が悪い」
切なげに、ゆがめられた眉。
そっか……やっぱり、梢君は変わってない。
素直に自分の気持ちがいえなくて、謝れない。だけど……誰よりも素直な梢君。
「……梢君……」
思わず呟くと。
「何……、悪い……?」
……悪びれたような、照れたような、そんな表情。
可愛い……。
本当なら、『大丈夫、梢君の気持ち、わかってるよ』って、笑顔で伝えたい。
だけど……今の私には言えなかった。
……だって……。
〜〜だって……そんな恥ずかしい台詞、真剣な顔で言われるなんて、思ってなかったから。
梢君は、一度スイッチが入ると恥ずかしいことも平気で言うから困る。
……どうしようかな。
すると梢君は、居心地悪げに座り込んで、そっと視線を合わせてきた。
……私の顔が赤いことに気づいていないらしい。
すると、何も言わない私に不安になったらしく。
揺れる瞳で、梢君は呟いた。
「……ねぇ。……俺のこと……嫌いになった……?」
ちょこんと、私の服の袖口を握る手。
……やっぱり、あなたは子供の時から変わらない。
いつも拗ねて、私を遠ざけた後。
袖口を握りながら、いかないで、って言うような目で尋ねてくる。
幼い頃とは、声も、目線の高さも変わってしまったけれど。
すぐ拗ねるところも、わがままなところも。
――そして、誰より素直なところも。
……変わってなくて……。――よかった。
「大丈夫だよ……梢君」
私は小さくかぶりを振ると。
――梢君の首に手を回して……不安げな瞳ごと、抱きしめた。
相変わらずサラサラな髪が、首元をくすぐる。
それでも、ぎゅっと抱きしめると、梢君は身体を預けるように頬を寄せた。
そして……囁くように、呟く。
「――嫌いになんて、ならないよ。
……だって、梢君のこと、大好きだもん。ずっと側にいるって、約束したでしょ」
――……幼いときから、何十回と繰り返されたこの会話。
梢君が私を想って拗ねるたび……繰り返されてきたこの台詞。
これから先も……二人は、きっと変わらない。
梢君はそっと顔を上げると……微笑む、私の頬を撫でた。
「……大好きだよ。ずっと……これからも。……だから、側にいてくれる?」
「うん。私も……大好きだよ……」
――……子供っぽいあなた。
どんなに見た目が変わってしまっても、ずっとずっと、素直なあなたでいてね。
すぐ拗ねても、わがままでも……少しは、我慢するから。
だけど……。
「……お腹すいた」
しばらく頭を撫でてあげていると、梢君は小さく呟いた。
……そういえば、まだお昼ご飯食べさせてない。
私は思い出すと、そのまま台所に行くため手を放す。
「じゃあ、また作り直そうか。何が食べたい?」
「……駄目。……もう、待てない」
「待てないって……えぇと、じゃあカップラーメン? は、身体に悪いし……」
すぐできそうなものを考えていると。
……大きな手が、私の腕を掴んだ。
「え……梢君?」
見ると……意地悪げに微笑む梢君。
そしてそのまま引っ張られ、今度は梢君に抱きしめられる格好になる。
「しょ、梢君っ?!」
焦って手足をばたつかせるが、びくともしない。
ま、まさか……。
見上げると……今までに見たこともない、艶やかな微笑み。
「……時間切れ。もう待てないから……君を食べさせて?」
「ええっっ?! でも、勧めても食べなかった梢君が悪いんじゃ……!」
「……だから。先に食べちゃった君が悪い。……ということで、お仕置き」
「〜〜そんなぁっ」
……結局色々交渉した結果、私はお仕置きとして、夕飯までずっと膝枕することに。
やっぱり、梢君にはもう少し大人になってもらわないと困る。
――梢君のわがままは、いつになったら直るのだろう。
私は青い空を見上げ、微笑みながらため息をつく。
夏の昼下がり日曜日。――膝で眠る、あなたの寝息と、重なった。
お読み下さりありがとうございました!
この作品は急遽短時間で仕上げたもので、はっきりいって自信もテーマも方向性もあまりありません……。その割りに長いですが。
まぁなんかぐだぐだになりましたがお付き合いありがとうございました!




