婚約破棄屋を開きたい
文字の誤変換から産まれちゃったような物語ですが、よろしくお願いします。
隣に座る男の話を聞くのにもそろそろ飽きてきた。新人神官仲間のうじうじ恋愛話よりも大切なことが世の中にはたくさんあるのだ。
「婚約破棄屋、してみようと思うんだけど」
「唐突だな。俺の恋愛相談はどこいった」
近頃、巷では婚約破棄を願う男女が多いらしい。婚約などというたいそうな儀式をするのは裕福な家が多いので、大抵は貴族。
「好きな人ができた」というのが理由として最も挙げられる。婚約というものには政略が絡むものが殆どだというし、婚約者に愛情を抱いてるわけじゃないみたいだ。
婚約前の男女も入れれば、結構な数が婚約話に不満があるんじゃないだろうか。
「ねぇ、実益も得られるし他人の役に立つし、いいと思わない」
「金を取る気かよ……今度は何に影響された」
「この本よ」
「そんなくだらないものを…」
とても素晴らしい本だった……。まさか、あそこまで愛に生きるもの達がいるとは。特に駆け落ち計画のところ。ヒーローが家名を捨ててまでヒロインと結ばれたいという思いが伝わって感動した。無事に結ばれてよかったです。
「フラスタから借りたんだけど?」
「素晴らしい本なんだろうな」
この男はフラスタにめっぽう弱い。そんなに好きならさっさと言っちゃえばいいのに。そして振られてしまえ。私のフラスタだ。
「今、ひどい事考えてただろ」
「別に。………で、婚約破棄屋のことなんだけど」
「なぁ、俺帰っていい?」
「フラスタに言いつけるわよ」
「……お前、話さなければいいのにな」
「貴方に言い寄られてもこれっぽっちも嬉しくない」
自分の見た目は重々承知している。この、人に好まれる顔立ちを利用してるときもあるし。仮にもあの『美貌の公爵家』の血が流れてるんだから当然といえば当然の顔だ。
「誰がお前に言い寄るか」
「そこら辺に群がる男たち?さらに言うと、フラスタも一緒に言い寄られるかな。……本題に戻そう」
ジュベルと話しても全く話が進まない。どころか脱線していく。なんなの。
「というか、結婚を祝福する側の神官が、なんで結婚前の奴らを引き裂くんだよ」
「後々離婚するなら結婚する前に裂いて仕舞えばいいじゃない。だから、手伝って」
どうせ祝福するなら愛のある結婚がいい。
既に婚約破棄屋を必要としてる人はみつけたしね。フラスタが一緒にすると言えば、こいつも手伝ってくれるはずだ。
だってジュベル、フラスタのこと大好きだしね!
☆
そんな話から一週間が経った。古くから続く男爵家の娘であるフラスタに頼んで、男爵家の別荘で婚約破棄屋と依頼人は落ち合った。
「殿下、リクス、久しぶりね 」
「義姉さん、お久しぶりです」
「今日はよろしく。フラスタ嬢に、ジュベル。それに従妹殿、アトラスでいい」
「三人とも、そんなに畏まらなくてもいいよ。こっちが頼む側だしね」
畏まった私たちにに殿下、改めアトラスが苦笑する。特に後ろの二人が固まっちゃってることに、かな。
まぁ、見た目も家柄もいい次世代でトップに君臨すると言われる貴公子二人の前だし仕方ないか。片や公爵家後継で、片や王太子殿下。私の父は現公爵で王弟だから、リクスは私の義弟、アトラスは従兄なのだ。
何故そんな尊い血筋の公爵家の娘が新米神官なのかって?私が婚外子だから。というわけで、私は公爵家の一員としては認められてない。よかったよ。だって私に貴族社会のドロドロとか無理無理。ああいうのは見ているだけでいいんだよ。
別に、親子仲は悪くないよ?異母姉弟のリクスともこうして仲良しこよしだし。三年前くらいにぽっくり逝った無駄に権力握ってた父の母親に反対されてただけだから。本妻のリクスのお母さんも私とお母さんとを迎えてくれる構えだったし。二人で旦那様を責めましょう!みたいな。
結局家は別々だけど、たまに遊びに行ってるみたいだし。私は私で神官寮で楽しくやってるし。べつによくない?
「で、どっちの方だっけ?」
「僕の方だよ。……義姉さん、助けて」
「どうしたのリクス!」
心痛な面持ちで抱き着いてきた我が義弟を受け止め、一体私のかわいいかわいい大事なリクスに何があったのかとアトラスを見る。
「リクスは隣国の皇子に嫁に出されそうなんだ」
ん?嫁?いやいやリクスはいくら可愛かろうと男でしょ?皇子(男)にリクス(男)が嫁に出される………?
「誰だそんな無茶苦茶なこと言いだした奴は」
「隣国の皇子。多分この間、こちらに来た時の歓迎パーティー辺りでリクスを見たんだと思う。…………隣の国の皇帝の側室には男がいるというし、男色を許容しているのだろう」
「いくら貴族の務めでもそれは僕には無理です」
「リクス様でいいのかしら?…………ササラに似てるし、可愛いし」
「うんうん、流石『美貌の公爵家』というべき美しさだな」
(((絶対、食べられる方だ)))
全員の心の声が今一致した気がする。
「そんな皇子のところに食べら……嫁ぐなんて、私が許さない!!」
「義姉さん!」
「婚約破棄屋として、この依頼、受けるわ」
「一週間後、またここで会いましょうね」
「全力で打開策を考えて来るからな!」
「従弟のためにも、頼んだ」
☆
「ねーえ、どうする?」
「お前が言い出したんだろ?一番考えろよ」
「ジュベルも全力で考えるっていってたでしょ!」
「二人とも、落ち着いて。とりあえず雑草を抜くその手を止めないで。罰が増えるよ」
あの日から早六日。明日にはまた二人に会わないといけない。なのに何一つ案が出ていない状況に焦る。神聖なる神殿で騒ぎすぎた罰として庭の草むしりをしている時間なんて全くない。
「ごめんフラスタ、巻き込んじゃって」
「俺は?!」
「お前は自業自得でしょう?」
「この女っ!!」
「だから落ち着いて、ね?」
フラスタが困ったように眉を下げる。彼女のことが大好きな私達には効果覿面で、すぐに二人して大人しくなった。
「……もうさ、リクス様を他の人と婚約させればいいんじゃないか?」
「私のお眼鏡に叶う女がいればね」
「このブラコンのせいで全く話が進まない!」
「フラスタならいいよ。ぜひ義妹になってよ。家族総員で歓迎する」
「そんなこと許すか」
「お前には聞いてないから」
「ま、まあまあ、リクス様がいいとは限らないし。愛ある結婚を多くするための婚約破棄屋が、好き合っているわけでもない私とリクス様を結婚させるっていうのはおかしいじゃない」
「それもそう、か」
じゃあ、どうしろと?それじゃ、リクスをご指名の皇子に他の人を紹介するのも無理だし。社交辞令くらいしか話してないみたいだし、それくらいじゃ性格は読めないだろうから、リクスの顔が好みなんだろうけど。
リクスレベルの美形……そうそう居たら困らないよね……。リクスに似てればなお良いんだけど。………………ん?
「いるじゃん?」
「ササラ?」
「思いついたか?」
「とってもいいこと!」
ふふーんと笑う。
「嫌な予感しかしない」?ジュベル、嫌なことは何も無いって。
「私が代わりに隣国に行けばいいのよ!」
胸を張って答えてやった。どうだ、この素晴らしい考え。讃えてくれていいよ。
「無い胸は張っても大きくは見えないぞ」
「よほど死にたいらしいな」
「………ごめん。私も今回は止めないや」
いつも止めてくれるフラスタの優しさを深々と心に刻め。そのまま嫌われてしまえ。
別に、私は胸が無いわけじゃない!フラスタが大きいだけ!スレンダーなだけだから!フラスタは大きいのに細いけどね!羨ましい。
「でも、そうするとササラが皇子に嫁がないといけないんじゃないの?」
フラスタ優しいぃ。
ジュベルの胸ぐらを掴んでボッコボコにしてるささくれた心が癒されるわ。
「嫌われればいいのよ。隣国は嫁・婿関連での他国との衝突なんて慣れっこみたいだから、国の負担にはならないと思うし」
皇子がどんな奴かは知らないけど、とことん嫌われてやる。
「まあお前、人をイラつかせるの上手いしな」
それは全く褒めてないし、こんなに突っかかってくるのはジュベルくらいだから。
その後、ジュベルにはもうちょっと制裁を加えた。なんだかんだ女子には手を出さないいい奴だ。
☆
「リクスレベルの美形は少ないけど、私なら義理でも姉弟で似てるから行けると思うの」
「ちゃっかり自分を褒めるな」
「俺たちがそんなことを許すとでも?」
「一応代案としては皇子と同等、もしくはそれ以上の相手と婚約させるというのがありますが……」
「私が許さないもの!」
「義姉さん……!!でも危なくない?」
感激したように私をキラキラした目で見てくるリクスかわいい。というか、なんで私が嫁ぐのに反対するんだアトラス。
「私がリクスの代わりに皇子のところに行ってくる。で、嫌われる。わかった?」
「皇子より身分が同等か上で未婚なのは……俺とシエラくらいだな。消去法だとシエラだが」
「シエラ、僕のこと嫌いじゃん。かわいそうだよ」
でも一応言っておくとさ、シエラちゃんはリクスのことが嫌いどころか大好きだよ。ただ単に照れて話せないとか、ペースが崩されるとかで会いたくないだけだし。
あと若干リクス、シエラちゃんのそういうところで楽しんでるところあるじゃん。絶対確信犯でしょう。
「それに、王族とそれに次ぐ公爵家の婚約なんて絶対かなりの時間がかかると思います」
「一回あの聖地に行く為に二人で山登りしないといけないしさ。その間にあっちが押してきたら駄目だし。だから、やっぱり私が行ってくるよ」
「もしお前が襲われたらどうするんだ」
「ありえないね。男が好きだったら女っていう時点でアウトだろうし、全力で嫌われる気でいるし」
手段は色々考えてる。すごい高いもの強請ったり、暴れたり、ベタベタしたり。
別に、逃げるくらいはできるしね。運動できないわけじゃないから。
「アトラス、こうなった義姉さんは止められないんじゃないかな……」
「俺は許さない。力ずくで止めさせてもらう」
「ちょっ、痛いってば!離せ!」
女子の手首を力一杯掴むとかありえない。折ろうとしてるかと思うくらい強いから。過保護なんだよ!
「あの……次の夜会には皇子は呼ばれてないのですか?」
次の夜会は………建国の祝い、だったっけ。隣国なら誘われてるかも。
「さすがフラスタ!私がその夜会でリクスのふりすればいいんだよ」
「じゃあ、僕が義姉さんのふりをすればいいんだね。楽しそう」
「夜会なら滅多なことはできないしな!」
「アトラス、守ってくれるでしょう?」
私の有無を言わさない笑顔にはそれなりの威力があると思うよ。
☆
「リクス、かわいいきれい。もう女の子でいいんじゃない?」
「義姉さん、それはちょっと……」
「これは、騙されるな」
「フラスタとどっちがかわいい?」
「リクス様には悪いけど、フラスタ」
私は男の格好で、リクスは女の格好。
カツラまでしてるリクスとフラスタ並ぶとほんと目にいい。眼福です。そして、ジュベルの正装とか……笑える。いやちゃんと似合ってるけど、見慣れないからさ。
「アトラス、王子様みたい」
「お前も女達が群がりそうだな」
「パーティでの僕らの苦しみを味わってみなよ。げんなりするから」
「リクス様には殿方が群がりそうですね」
「エスコートし合えばいいんだよ。……ササラ嬢、僕にエスコートさせて頂けませんか?」
「喜んで」
クスクス笑い合ってリクスの手を取る。
私、どっちのパートでも踊れるからエスコート完璧にできる自信あるよ。
「リクス様の方がお淑やかじゃねぇか」
「夜会の前に顔を腫らしたいか?……フラスタをエスコートしなよ腰抜け」
「えぇぇ、私は別にいいの」
「なんなら俺がするが?」
「アトラスなら安心だよ」
アトラスなら完璧。絵になるしね。問題といえば、他の女の人からの嫉妬の視線だけど、我が従兄殿のことだからそこまでこなしてくれることだろうし。
ジュベル、フラスタ盗られてもいいのかな?
「いや、フラスタは俺がエスコートするから」
「あの、殿下、彼がこう言ってくれてますし、大変光栄ですが身に余るので、だからっ申し訳ございません」
「振られるの初めて?オウジサマ」
「そうだな」
「みんな、そろそろ始まると思うよ」
お仕事開始!
国王陛下のご機嫌伺いなんて久しぶり。リクスとしてはよくあるんだろうけど。色々な視線が刺さるね。主に女の。よくこんな中に慣れてるよね。まぁ、こんなレベルの美形そうそういないしね。
さすが建国の祝い。人が多い。この中に皇子様がいるのか。
「義姉さん、あそこ」
「ん?」
優雅な仕草で耳に口を寄せられて、その時に指さされた方向に目を向ける。目が合ってしまった、のが皇子様かな?すごい見てくるね。ふぅん?かっこいいじゃん。リクスとアトラスには負けるけどね。でも見たことあるかも。
「ちょっと、挑発してみる?」
「ん?」
首に腕をかけられてグッと顔を寄せられた。急だったけど、私もリクスを支えるように背に手を回す。周りがザワッとしたような……?
「どうした?リクス……じゃないササラ」
近くで見てもかわいい。まつ毛長い、肌きめ細かい、どう見ても女の子じゃないか。
「私、殿下のところに行ってくるわ」
「あ、行ってらっしゃい」
別にいちいち言わなくてもいいのに。変なところで律儀だなぁ。さて、私はここの美味な食事を楽しもう。とりあえず壁際に……寄れない。忘れてた。
「ご機嫌ようリクス様」
「リクス様がエスコートしてらっしゃった女性、見たことが無いのですが……」
「リクス様、先程の女性は?」
まあ、神殿に引きこもってこういうのに一切参加しないもんね。というか、これでもっと参加し難くなったよ。リクス、アトラスのところに行ってるし……二人のファンが考えただけでも怖すぎる。
「あの子は姉だよ」
「______お前は、姉と口づけをするのか?」
「んん?」
そんなものした記憶……は昔はあるけどなんでそんな子供の頃のことを持ち出されなきゃいけないの?
というかさ、声が、男だったような。
「皇子殿下!」
「悪いが、この男をかりる」
皇子様じゃん。リクスの威厳に関わるのでお姫様抱っこはやめて頂きたいのだけど。どこに連れて行くつもりー!降ろして!
「何の御用ですか、皇子殿下」
「あの娘は何者だ?」
「だから、姉ですよあの」
「俺がお前に結婚を申し込んだ話は知っているだろう?」
そうだったね!全力で嫌われるんだった。そうだった。
「知ってるに決まってるでしょ」
「じゃあ何で姉とはいえ口づけた」
「わた…僕が一体いつそんなことをしたっていうんだよ」
「はっ、先程皆の面前でしておいて何をとぼける」
「えっと〜?」
まさかさっき、近づいた時?他から見たら口づけとかしてるように見えてたのかあ!挑発の意味がやっとわかったよ。リクス、何てことしてんの。
「お前の姉は、神殿で働いていたりするか?」
「あー、そうだね。うん、働いてるよ」
「やっぱりか……お前は姉と似ているな」
何で急に私のこと?関係ないよね?というか無礼な話し方してもちっとも怒らないとか、なんなの皇子様。早く私のことを嫌いになってくれ。
他の手で行くか……。
「口づけくらいは挨拶でしょ?結構するじゃん」
まだファーストキッスすらまだだけどなぁっ!子供の頃の戯れとか数えないから。そうなると私のファーストキッスは肉屋のおっさんとになってしまうじゃん!レモンの味なんてしなかった。
「そうか。で、姉は神殿に務めているのだな?」
流すなぁっ!
「そうだよ!」
「手伝って欲しいことがある」
「は?!」
「俺はお前の姉が好きなんだ」
「はぁ?!リクスに結婚申し込んできたヤツを私に紹介しろって?!こっちから願い下げだよ!じゃあね!」
「待て!………え」
短髪のカツラを頭から引き剥がした。伸ばしている長い髪が風になびく。
「私は!自分自身も、弟も!お前みたいな意気地なしに渡す気は無いね!自分で心掴めっての!ブァァーカ!!」
☆
「ササラ……お前皇子に何した?」
机に山のように積まれて今にも雪崩を起こしそうな程の手紙達。全てあのバカ皇子からの手紙である。全部求婚文。
婚約破棄屋が必要だったのは私だったみたいだ。そして、今となってはそんな心の余裕はない。
「あんなバカ知るかぁっ!」
思い出したのだ。神殿で会ったことがある男だったこと。私は馬に蹴られそうになったところを助けてもらった。淡い恋心を持っていた相手。……わかってるよ!我ながらちょろいなって!!カッコよかったんだよぉっ!
いくら似てるからって、リクスに求婚するとかありえないけどね!結婚するなら私とリクスを見分けられる人がいいって、今回の件で心から思いました。
……とりあえず、嫌がらせのように手紙を送りつけてくるのは辞めさせようと思う。
最悪、婚約破棄屋に手伝ってもらうよ?
続く……のか?
いつか婚約破棄屋は開けるのでしょうか。