第七話 当て馬お越し
ピコランダ王国の王族の歴史をさかのぼると遊牧の民になる。
豊かな大地を求めて移動する騎馬民族が発祥とされている。
現在王族は、王宮のある首都に定住しているがピコランダに入ると現在も独特の形のテントで生活する遊牧の民を目にすることもある。
大国だけあって首都の賑やかさは目を見張る。整備された道路に立ち並ぶ露天、賑わう人々。
そしてなにより、今この地をさらに賑わせているのが各国から集まってくる煌びやかな馬車の隊列。アル王子の花嫁選定試験に臨む姫たちが続々と王宮入りしている。
小高い丘に真っ白い石で作られている宮殿。柱と柱の間には青いガラスがはめ込まれ、まるで空の中にぽっかりと浮かんでいるような幻想的な城。
城壁も高く、ファルゴアの様にちょっと登って近道とか到底できない高さである。
見張り塔も何本も立っていて、広い敷地の先には森が広がっている。
そんな城に列をなして入っていく姫馬車、将来の王妃を一目みようとあつまった見物人。
ある意味王都は祭りのような騒ぎで、警備も大変だなと馬車から城下町を見ながらゆっくりゆっくり進んでいく。
この国でのお見合い、正しくは
【王位継承者第一王子アル殿下花嫁選定試験】
は、約半月を予定されている。
いつものように護衛の騎士3名と御者1名。そして、必ずお見合い国に入るとき最初についてきてくれるメイドのタシー。
という一国の姫としては身軽な編成の私。すでに、ピコランダ側に打診してお城でのお世話や護衛は基本時にピコランダ側に一任するとお願いしている。
つまり、この5名も私を送って荷物を運んだらファルゴアへ帰ってしまう。
その国に入ったらその国従う
他国の姫を迎え入れて怪我を負わすようなことはその王国の恥なので基本的にお任せした方が安全である。
まータシーを始め騎士も御者も他国入りには慣れてるわよね。
もう、何度も他国でお世話になっちゃってるわが姫だもの。
それこそ、現地入りした時の対応の早さはきっと他の国の追随をゆるさないんじゃないかな?
騎士の先導により馬車は指定の位置へ、素早く到着するとタシーがいち早く馬車を降りて、ピコランダでの御付のメイドと話をする。
馬車の中で待っているとタシーが帰ってきた。
「まずはお部屋へとの事です王や王子への謁見に関しては夕食時に行うそうです」
と情報を教えてくれる。
ピコランダのメイドさんが迎えに来て馬車を降りる。
御者と騎士1名を残して、ひとまず騎士二名とタシーとで王宮にはいる。
大きなエントランスは大理石でできていて赤絨毯は奥の大階段へと続き、二階・三階と吹き抜けになったその天井には大きなシャンデリアが豪華に煌めいていた。
開け放たれた大きな扉を抜けると
案の定、中はごった返していた。出迎えの人々は次々に入ってくる姫たちの名乗りに頭を下げているがとにかく人が多い。
大人数でやってきている国もあるし、ピコランダ側のメイドさんとはぐれたのか、行き先がわからなくて立ち往生している姫もいる。
さっき、ピコランダ側のメイドさん話を小耳にはさんだけど、なんと参加人数は20人を超えてるらしい。
大国とはいえ20人以上の姫を受け入れるなんて、さすがとしか言いようがない。
「ファルゴア王国王女クラァス・レィ・ファルゴア様ご来城ぉ」
響き渡る声にその場がすこし静まった。
私は胸をはり一度正面を見据えて足をそろえて立つ、それからゆっくりと瞳と同じ色の真っ赤なマーメイドドレスの裾を少し上げて会釈した。
微笑みをたたえて顔を上げる
誰もが息をのむのが分かる
綺麗に強調される胸には輝きを放つダイヤのネックレス。銀の髪は後ろで束ねてあげている、そこには赤い薔薇をモチーフにした髪飾り。その髪飾りから目の粗いレースが顔の横のラインまで流れて憂いのある影を落とす。
踏み出す足元には、銀色のヒール光を受けるとキラキラと輝く石で埋め尽くされたその先が赤い絨毯に映える。
この空間中が私を見つめている
そこを堂々と歩いていく
ここからもう勝負は始まっている
そして想定内の呟きが聞こえてくる
「当て馬姫が来た」
「あれが当て馬姫よ」
ざわざわっと広がるその声に私は屈しない!
だって、私に圧倒されてるような人の当て馬になんかならないから。
そう、今度こそ私が本命になってやるんだからね!
そんな気持ちを込めて当て馬とささやいた輩に余裕の微笑みを返す。
静まり返っていくエントランス内を練り歩いて、堂々と先導されて自分の部屋に着いた。
ピコランダのメイドさんがさがり扉がゆっくり閉まる。
身内の騎士とメイドだけになった…とたん
お互いに目を合わせてクスっと笑い出す。
するともう止められない、あはははという大きな笑い声になったところで騎士がゴホンと自制を込めて咳払いする。
タシーがニコニコしながら
「やりましたね姫様」
というと騎士が
「わが姫の美しさに皆圧倒されてましたよ」
「誇らしいですなぁ、早速ファルゴアに帰って自慢したいです」
笑顔で言いながら騎士たちは馬車に残した荷物を運びに一旦退出した。
通された部屋は、開放感がある造りで広い部屋に仕切りである程度スペースを区分けしてある構造だった。
扉を入ってすぐ目に入る大きなソファーにローテーブル。品のいいランプが置かれる壁際にふみ机。
広いクローゼットがあって、その先は寝室スペース。ドレッサールームに二人ぐらい手足を伸ばして入れるゆったりしたお風呂。
そしてなにより部屋全体に光を入れる大きな窓にベランダ。
ここで半月過ごす…
寝室の方へ行くと、大きなベッドは一人で寝るには広すぎるかなって思うほど。ファルゴアでこんなに広いベッド置いたらお部屋が埋まって何もできなさそう。
丁寧にベッドメイクしてあるふかふかの掛布団にドレスのままダイビング!
「ひゃーーーーぁぁ疲れたぁぁ、ってかでっかいわぁ」
そう言ってベッドに埋もれていると私のヒールを脱がしてくれながらタシーが
「確かに今まで私がお供した中でも一番広いですね。」
と笑う、そしてその靴をクローゼットへしまうてきぱきと部屋の中を私の使い安いようにしていく。
タシーへ向かって
「この広さの部屋を20以上用意しているって、すごくない?」
起きあがってドレスが皺にならないように脱ぐとタシーがガウンをもってきて着せてくれる。
「ふふふ、このタシーを舐めていけませんよ姫、ピコランダ側に話をつけましたからね」
と親指を上げる。
さすが!!
タシーが馬車から降りてそんなに長い時間ではなかったのに、その間の交渉で一番よいグレードのお部屋を用意してもらえたというのがわかった。
なんて頼もしい♪
なんどもその手腕に助けられる、尊敬の眼差しでタシーを見ているとお仕事の顔に戻って
「さて、今夜の夕食は趣向を変えて演奏会を劇場で聞きながら。という事です」
ドレスをハンガーに掛けながら移動していくタシー。
え?
「劇場?」
視界から消えたタシーにむかって問いかける。
戻ってきたタシーは私の髪を解きながら
「ええ!ピコランダの城下町にある劇場を2日間貸し切って、ディナーと素敵な音楽で馬車旅で疲れた姫君をゆったり癒したいというおもてなしですって。お席は各国専用の個室です、要人対応ですよ。」
劇場…貸切、ディナー・演奏会♪
私とタシーは想像して
同時にため息と共につぶやく
「「すてきぃ~♪」」
ファルゴアでは決して体験できない贅沢とお洒落な趣向に胸が躍る。
タシーはわざとらしく
「シュー」っという歯の間から息を吸う音を立てたあと
棒読みで続けた。
「トイウノハ、タテマエデ…」
おそるおそる聞く
「た・て・ま・え・で?」
「20人以上の姫を一同に会すとなると女同志、多少のもめ事は起こります。」
わかります。たかが5人だってあーじゃこーじゃで揉めるのが女の子。
しかも、同じターゲット、同じ目的なわけだし、牽制しまくりでしょう。神妙にうなずくと同時にタシーもうなずく。
そして、ドレッサールームの洗面台から湯気の出るタオルを持ってくる、一枚目を私の首筋に当てて緊張した首筋をほぐしてくれる。
「さらに言えば今回の参加者には、他国の姫だけでなく貴族のご令嬢や大富豪のお嬢様など政治的に社交辞令も含めてお呼びがかかっているようで、それこそどのようなトラブルが起こるかわからない」
なるほどね、20人以上の候補者を全部受け入れるというのには、そんな訳もあったのかぁ
「今回のお見合いはある意味、王子が王位を継承した際の政治的地盤固めの一環でもあるのね。」
その通りです姫と言ってタシーは二枚目の蒸しタオルを私の頭に載せて頭皮をほぐしてくれる。
「昨日と本日で24人の候補者がアル殿下とお見合いするわけですが、他国の姫同志、またはご令嬢方を下手に接近させてトラブルになるよりある程度までは他の候補者と顔を合わせないようにしてトラブルを避けるようにピコランダ王と王妃が考えて今回の趣向となったわけです」
すごいな…さすが大国の王。現ピコランダ王は賢人王として名を馳せている。元々大国だったこの国を更に発展させ安定させたとして、国内・国外を問わず信頼が厚い。
そのあたりの情報は事前にルミナーテに教わっていた。
それにしても、城についてから馬車内でタシーをまってたのはそんなに長い時間じゃなかった。その間にこんなに情報を仕入れてくるなんて、さすがタシー頼りになりすぎる。
またまた関心したのと頭皮マッサージの気持ちよさに、
「ほへー」
という何とも言えない声を漏らすと、タシーは満足そうに笑って精油を軽くつけて髪をブラッシングしてくれる
「ただ!姫は本命ですわよ!」
力強く確信をもって言い放つ
「お食事が終わったらその後、御席に国王妃殿下アル殿下がご挨拶にいらっしゃいます。そののち殿下と姫がお二人っきりで少々の間、歓談という流れです。このタシー、最大の気合いれてお支度しますね!」
鼻息荒く気合十分のタシー。私も気合十分に
「お願いするわね!」
と握り拳を見せる。
拳を同じように握たあとタシーは優しく笑って
「それが終わったら引き継いで私たちは帰ります。」
と告げた…
いつもの事。
全部整えて行ってくれるから本当に安心して滞在できる
でも、淋しくないなんてことはない…けれど、これは私の戦いなのだ。
そう思ってその笑顔に『いつも、ありがとう』と気持ちを込めて微笑みを返す
「それまでに、情報収取と夕食会のお支度、こちら側のメイドへの引き継ぎ。もろもろございますので、しばらく姫はお休みください。」
素直にタシーへうなずく。
たぶん次ゆっくりできるのはパーティーが終わった後、タシー達を見送った後よね。
騎士たちが荷物を運んできたのか、部屋の扉がノックされた
「では」と言って扉へ向かうタシーを見送って、もう一度ベッドにあおむけになって寝そべる。
そのまま目を閉じた。
さぁ…戦いが始まる。