第五話 当て馬癒し
まだ朝だと主張するような白い光を立ち上る湯気が幻想的にぼやかしている。ゆったりと肩までつかる湯ぶねには、ペパーミントが浮かんでいる。
爽快感のある香りが広がる浴室は、天井が抜けていて夜だと星空が見えて、朝はこんな風に幻想的だ。
母は私に
「汗を流して来たら朝ごはんに行く支度をしてあげる」
といってるんるん♪としながら浴室の外のドレッサールームでドレスを選んだり、髪飾りを選んだりしているのだろう。鼻歌やメイド長と楽しそうに話している声が聞こえる。
母の心は私を前にすると構いたくて仕方ないというのと、王妃の仕事をしなければという葛藤で『ぐぬぬっ』てなっている。
父と一緒で私が外に出ていくのが淋しくて仕方ないようだ。
だから、こうやって帰ってくると最後かもしれないって思ってるのか、なんとか時間を見つけては
甘やかしに来る。
厳しく叱られた時もある。本気で怒った時の母はルミナーテの比ではない。
そして、父が王で母が王妃だという事実は式典などの行事で見せつけられると甘えられなくて、淋しくなって、二人が遠い存在に思えて泣いた時もあった。
何より二人は忙しい、小さな国ゆえの二人の多忙さ。
でも今になってわかる。そんな忙しい中、愛情をいっぱい注いでくれたこと。
だから、注がれる愛情を拒まない。そして甘やかしに来てくれる時は
私も甘えることにしている。
湯ぶねからあがりさっぱりした気分でドレッサールームにはいると、椅子に座るように促される。
ガウンをはおり椅子にすわると母は髪をタオルで拭いてくれる。髪をしっかりと乾かすように。
母が髪を乾かしながら鼻歌を歌う。
♪愛しい銀のさらさらちゃん
♪ママのもの
♪パパからの贈り物
♪でもいまはママのもの
懐かしいその歌…タオルで拭かれている時間が退屈だった私が逃げないように母が作った歌だった。
ママやパパとは今は呼ばないけどね。
そんな時間が私をすこし幼くさせた…だから、どんなに癒されても不安になってしまう。そんな心の内が自然とでてきた。
「わたしにも、みつかるのかな…お母様にとってのお父様みたいな人…」
あらかた乾いた髪に金色の精油を数滴なじませ母は優しく髪を梳く。
髪を梳きながら包み込むように話し出す。
「結論からいうと、みつかっちゃうんだわ」
私の後ろにいる母を鏡越しにみると淋しそうに天井をみて笑ってる。
「見つけられちゃうのよ、クララがね」
なーにも心配いらないって鏡に映った私と目を合わせて微笑んだ。
「まだ、その時じゃないってだけ」
ドレスの入っているクローセットへ向かいながら母は続ける
「だから見つかっちゃうまでの間。どこにも出さないでクララを小さくしてずーっとポケットにしまって
おきたいって思うわ」
クローゼットから白地に緑の大小の花が賑やかにちりばめられているホルターネックのドレスを私にあてがって
「でも、ほら!こんなに美しく成長した娘を私のポケットに閉じ込めておくことなんてできないし、隙あらば綺麗でしょうって自慢したくてたまらない」
次に深い青いワンショルダーのドレスをあてて
「クララが思う道を進んでいけば、その道の先には幸せがあるわ。そしてそんなあなたの輝きをその人は見つけちゃうのよ、時が来れば…」
もう一度クローゼットから戻って帰ってきた母は真っ白なプリンセスラインのドレスを持てきて
「だから、それまでの間はどんなにクララが傷ついても何度でも私達に癒させて頂戴。」
それは、この国がと言ってくれてるみたいでさすが平和を司る王女…優しさがしみ込んでくる。
そして、元気が出る。
きっと私はまた人を好きになれるって思う。
今日のドレスはこれに決定、と言って先に朝食へ向かった母
いつか見つかってしまうまで私はここで何度でも蘇る。
当て馬になったとしても、いつかの為に自分を磨き続けるの。
私は、母の選んだ白いドレスに誓った。