第三十六話 当て馬救われし
迫りくる亡者の波ー
もう一度目を開けて挑むように立つ。
暗黒の闇に飲み込まれる、その衝撃が目の前に迫る。
痛みが襲うのだと身構える。
でも、やってきたのは、
──ふわり。
心地のいいベルベットの肌触りが私を包む。
そして、背中から優しく抱きしめられる。
耳元でささやかれる声ー
「何、勝手に面倒な事になってんの……」
望んでた、本当は辛くて、苦しくて。
……貴方の事……待ってたの。
涙が溢れだして。
私は、子供みたいにしゃくりあげる。
彼の夜色のローブが私を包み込んでくれている。
もう、我慢できない。
背中を支えてくれているそれが、今まで感じていた全ての緊張状態から解放してくれる。
嬉しくて
ただただ、嬉しくて
流れ出す涙が止まらない。
よしよし、という感じで右手で私の頭を撫でてから、その腕を私の前に素早く力強く突出した。
魔法陣が手のひらに展開する。
そこから放たれた冷気が向かってくる亡者を次々になぎ倒す。
倒れた亡者はそのまま土に帰っていく。
「小僧がぁぁぁあああ!!!」
そういってジフェルがより大きな魔法陣を展開する。
それは、今、自分が呼び出した亡者たちを生贄とし、己の流す血さえも代償に変えて、この世に召し喚かける!
陣の中心の闇が渦巻く。
嵐のような瘴気が立ち昇り洞窟内を黒い風が吹き荒れる。
「深淵の監獄からいでし邪悪神
黒き翼の泥闇王
我が下に来たれ!!!」
指輪がジフェルの声を魔術式の呪文へ変換する。
魔法陣が完成し召喚物が姿を現し始める。
闇の渦から黒い大きな羽が見え始めた。
折りたたまれたその翼がまさに開きだした時
──ゆらっ
その黒の魔法陣が一瞬揺らぐ。
耳元で魔術式の高速詠唱が始まる。
ラル王子の足元から立ち昇る無数の青色のマナ。
私を抱えてその魔力に当てられないようにしっかりとローブで包みながら──
彼の右手は現れようとする闇の翼を掴むように突き出している。
揺らいだ闇の魔法陣の色がじわりじわりと青く変色していく。
光に追いつめられるように後退し始める黒い陣。
それに伴って現れ出ようとする邪悪神が咆哮する。
風が巻き起こる!
ジフェルも負けじと声高らかに詠唱を再開する。
指輪からは毒々しい黒紫のマナが溢れ出し、魔法陣に注ぎ込まれる。
勢いを取り戻し、暗黒の翼が魔法陣から出ようと羽ばたいた。
まさにその時だ。
耳元の詠唱が終わりラル王子は突き出した手を握りこむ。
黒い魔法陣を侵食していた青い光が強く輝く!
その輝きは、そのさらに外周にもう一輪の魔法陣を形成。
更にそこから青い稲妻が円を囲むように走ると、
現れ出ようとしていた邪悪が、苦しみの叫びをあげながら闇の中に押し戻されていく。
魔法陣ともども青い光が包み込み、その円の外周を縮めていく。
青い魔法の術者は静かに言った。
「それは……許可できない」
そして握っていた手のひらを勢いよく
開く!!!
シュパーーーー!!
弾け飛ぶ青い光が稲妻のように、空間にヒビの残影を残して消え去る。
吹き荒れていた風が収まると──そこには、ジフェルの立てる荒い息だけが響いていた。
「うそだぁ……誰にも気づかれていなかったのに……なんでお前が!お前がいるんだぁ!!!!!!」
そう叫んで、ローブの中に隠し持っていたのであろうナイフをこちらに投げる!
「わぁああああぁぁぁぁあああ!!」
そのナイフが空間を切り裂いて飛んでくる。
ラル王子は息をフッ吐く。
すると、そのナイフはみるみる氷の結晶に覆われて凍りつき、ついにはその重さで
−カチャン
と音を立てて地面に落ちた。
その間にジフェルはスフィアの横で気を失ってしまっている、あの小柄な緑ローブの姫を掴む。
あわてて、ラル王子も反応しようとするが私を支えることで動きが遅れた。
それも考慮に入れた素早い動きで気を失った姫を抱きかかえ、首に腕をからみつかせて、指輪からマナ引き出せるように構えた。
「あははは、この女を殺すぞ!殺されたくなかった大人しくしろ!!」
そう言って腕に力を入れるしぐさをする。
このまま首の骨も折れるという主張だ。
捕まえられた姫がうなされて身じろぎする。
意識が戻ろうとしているようだ。
ズルズルと姫を引きずりながら出口へと向かうジフェル。
ラル王子は私を庇うように抱きかかえ、二人と距離を置きながら目を離さぬように正対する。
「こうなったら、逃げてやる……にげて……また、お前たちが油断したところで、また、裏切ってやる!」
狂気しか見えなくなった瞳がこちらを見ている。
出口の扉までじわじわと姫を引きずってたどり着く。
「ここは、自爆させる……うん、うん……そうしよう。今あるあのマナで暴走をしかける!あはは……いい考えだぁ……お前らはここに閉じ込められるんだ。
……完璧だよ」
そんな事を呟きながら扉の前に立つ
……私せいで、彼女が捕まってしまった。
ラル王子も私を支えてたから身動きが取れなくなった。
そう、思って悔しく奥歯をかみしめ抱きしめてくれる腕を両手で握る。
ごめんなさい、私が居なければ、ジフェルを捕まえられたのに。
するとラル王子の掌が優しく私の肩を撫でた。
そして、私にだけに分かるように、クスリと笑う。
……どういう、こと?
ジフェルが呪文を詠唱して、扉はゆっくりと開いていく。
こちらににやりと笑って
「では、またいずれ。あはははは──はっ!」
高笑いして振り返ったジフェルの動きが
──止まる。
ラル王子が
「俺たちは二度と油断しない──なぁ、兄貴!」
扉が開いた向こうの暗闇に向かって声をはる。
次の瞬間、ドガッ!と重い音を立て、ジフェルだけが吹き飛んだ。
そしてジフェルのいた場所には、
姫を横抱きに大切に抱え、堂々と立つアル王子の姿があった。
「ああ、そして“いずれ”は貴様には訪れない!」
アル王子のその声をきっかけに後ろから大勢の騎士がなだれ込んでくる。
王子の鉄拳を受けて気絶しているジフェルを包囲し、スフィアの周りに横たわる他の姫達も保護される。
アル王子がこちらを見て、
私を後ろから抱きかかえてるラル王子に向かって笑う。
……ラル王子も笑っているのだろうか。
兵士たちの喧騒のなか、アル王子の腕の中の、緑ローブの姫が目を覚ます。
二人が見つめあった。
あぁ、やっぱ来た……未来予知。
それは、ピコランダがアル王子によってさらに繁栄する未来。
その横には、濃いブラウンの髪を可愛くまとめ、そばかすの残る頬を赤らめる緑の瞳のちっちゃなあの子がいた。
アル王子が大切な宝物を扱う様に、彼女を抱きしめる。
それを、受け入れ幸せそうにはにかむ彼女。
──それ見た事か。当て馬のカンあたっちゃったよ。
予知のヴィジョンから帰ってくる。
でも、私の心はいつもと違っていた。
──人の幸せばかり見せるダメ押し能力。
──私が私の恋を諦める為のダメ押し能力。
そうおもっていたのに。
……背中が暖かい。
感じるのはラル王子の静かな息使い。
いつまでこうしていてくれるの?
問いただしたいけど、もう体が疲れ果てて、しゃべることもままならない。
ただただ包まれているのが、暖かくて心地よくて。
抱きしめられてる腕が優しくて。
そうか、あんなヴィジョンを見せられたのに、私ちっとも悲しくない。
あぁ、やっと……やっと自分の気持ちに気が付いた。
今までずっと無意識に気が付かないようにしていたんだ。
でも、もう自分の気持ちに気が付いてしまった。
もう誤魔化せない。
私は、この腕が……この温もりが、
……好き……なんだ。
そこまでやっと結論を出して、優しく包み込んでくれる腕の中で夜色の優しいローブの中で、ゆったりと意識を手放した。
消えゆく意識の中
私の好きなその人の声が私の名前を必死に
呼んでくれたような
……そんな気がした。




