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第三十五話 当て馬抗いし

──我が国。


暗く淀んだ悦びの中微笑む、滅びを望む魔術師から繰り出された、その言葉に思考が動き出す。


『俺の国の事だ』

そういって微笑んだ優しい響きが心に蘇った。

この国を守ろうとしている魔術師を思い浮かべる。


その夜色のローブが堂々とはためき、

眼鏡の奥の知的な瞳が湛える深い青を


──身体の中に、火がともった。


「……するか……」

そうだ、私はこの国を守りたいと思った。

「なんですか?よく聞こえなかったですよ」

からかう様に言うジフェル。

私は、その歪んでしまった欲望を抱いた魔術師を睨みつけるそして大きく息をすって


「屈するものか!!!!」


そう宣言する。


ジフェルは一瞬、私の声に驚くように肩をすくめたが、その後、吐き捨てるように言った。

「つまらないねぇ……まぁ、知ってましたけど」

そう言って止めていた歩みを再開する。


──ぞわり。

触手に触れた肌が泡立つ、寒気が全身を駆け巡り恐怖がまた頭をもたげる。


でも、私は屈しない!

たとえここで私が操られても、きっと彼がこの国を守ってくれる。


……そう信じる。


助けは、間に合わないかもしれない。

私は操られ、この魔術師の手に落ちてしまうかもしれない。


でも、この国が助かれば私の命も助かるだろう。


触手が首筋や胸もとに這いずり回っている

「まぁ、言いなりになれば何でもさせられる……もう少しの辛抱だよ」

ジフェルが楽しそうに近づいてくる。


泣くな!怖いし辛いし……悲しいけれど。


心は決して屈しない!


私は竜の力をもって生まれたファルゴアの姫。

この国が亡びる未来予知は見えてない。


目の前のこの魔術師が王になる予知もされていない!


という事は、大丈夫だ!!


「ふはははっこれであなたもお終いですよ。」

奥歯をかみしめて唇を強く閉じる。

そこをこじ開けて入ってこようとする触手に抵抗する。


最後まで屈しない!

決して屈しない!

その想いで恐怖をなぎ倒す。


仮面をジフェルが被せてくる。

その瞳は狂気の色を湛えてねじまがった喜びに満ちていた。


ついに唇をこじ開け触手が入り込む。

うぞうぞと動き全身を這いずり回る。


恐怖が闇を連れてきて心の隙を伺いそれを流し込もうとしている。


でも私は、この闇に屈しない。


私はクラァス・レィ・ファルゴア

この闇に抵抗する!!!!!


心の中で宣言した。


すると──体の奥がじんわりと熱をもつ。

それは、本当にそこに炎がともったように暖かくなる。

そして急速に熱量をまして──全身を駆け巡った。


「あああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」


私が呼び覚ました熱い想いが答えてくれる。


私の体を通して、いま化現する!


光が私を包み込む。


そして、今まさにかぶされようとしていた『心身隷属装置』が、まるで悲鳴のような音を立てて割れた。


拘束していたクリスタルも砕け散る。


何事かと目をみはったジフェルは、私から出る光に触れた途端に赤い閃光が走り背後へ吹き飛んでいく。


光は赤く明滅し、その範囲を広げていく

スフィアを飲み込み、つぎつぎと周りにいる6人の『心身隷属装置』を割っていく。


全ての装置を壊し、柱から魔方陣が消える。

姫達が床に静かに降下し、そして横たった。


すると光は急速に収縮し私の体の中に吸い込まれていく。


暖かい光の中──私は、幻を見ていた。

赤く輝き炎を湛えた竜が私を包んでくれている。


竜はいてくれたのね?


そして竜は光の中、天に昇って行った。


光が収まる。


ほんのりとした暖かさに包まれ台座の上に座り込む。


かなりの魔力が私の体を通りぬけていたのだろう


座って体を起こしているのもやっとと言うほどの倦怠感が襲う。

今にも倒れそうになる体をなんとか起こして周りを見渡す。


魔方陣が消え6つの柱は光をうしなって、欠けたりヒビが入っているものもある。


そこに閉じ込められていた姫達は今は地面に横たわってる。

胸が上下しているので眠っているのだろう。


醜い『心身隷属装置』はいまや金屑になって、無残に残骸を散らしていた。


スフィアを見上げると、躍動していたマナは今は動きを止めただ浮遊している。ところどころに亀裂が入っている。

洞窟事態にもひびが入っていて、魔方陣は今や一つも残っていなかった。


これは!

アンチマジックフィールドが消えたのかもしれない。


今やこの部屋を照らしているのは、スフィアの中に浮遊するマナの明かりだけだった。


止まった……助かったのだろうか?


私の力──いえファルゴアの竜が、助けに来てくれた。


あとは、ここから脱出して、このスフィアの中にあるマナをあるべき場所に戻してもらわないと。


そう思ってなんとか立ちあがる。


その時、後ろで、うめく声が聞こえた。


その声は地を這うように唸り、突然意味をなした

「なにをしたぁああ!!!」

そう言いながら私を突き飛ばす。


額から血が流れている、壁にぶつかった時にきったのだろう怒りの形相でスフィアに向かって駆け寄った。


跪き残骸になった『心身隷属装置』を拾い集めて呻いている。

「なぜだ……うそだ……マナが止まっている……うそだ……やめろぉ……」

よろめいた私はその場でなんとか倒れず踏みとどまったが、その哀れな背中を、私は見つめるしかなかった。


身体が限界を訴えてるように重くなっていく。

足を動かそうにも一歩も動けない。


あぁ、どうかあの哀れな魔術師が横たわる姫達を傷つけませんようにと祈るかなかった。


ジフェルはフラリと立ち上がりゆっくりとこちらを振り返った──自らの血で顔面を真っ赤に染め、怒りしかないその瞳が大きく見開かれ私を捕えた。


「おい……そこの小娘ぇ、おまえは……おまえは……」

額の傷が新たな血をその顔面に流し込む。

息も荒く乱れた髪がその顔にかかりそれはまるで悪魔の様だった。


「死ねぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!!」


呪詛の咆哮。

指輪から溢れ出した黒いマナが地面に無数の魔方陣を形成する。


それに答える様に、その地面がボコボコを盛り上がり始める。

そして、土の割れ目から青白い腕が付きだした。


──死体。

次々に地表に這い出てくるそれは、人型をとっているが明らかに生を感じさせない。虚ろで白く濁った瞳、乱れた髪はところどころ剥げ落ち立ち姿は危うくふらりふらりと揺れる。


亡者たちのは次々に地から這い出し、湧き出てくる。


そのいくつかに見覚えのある服装をしたものがいた。

夜の森で通り過ぎて行ったあの山賊たちだった。


──仲間を犠牲にしたのか。

そこまでして、この国に仇をなさなければいけない理由が私には分からない。


「殺せぇぇぇぇええ!!」

怒号が響いて亡者たちが一斉にこちらに向かって押し寄せる。


私はもう一歩も動けず立ったままだ。

座る事さえできない。


今や体中が悲鳴を上げて、意識は気を抜くと刈り取られてしまいそうだ。


覚悟は決まっている。

ただ、最後まで屈しない!


どうか、気が付いて……そして、あの姫達を助けて。そう願って目を閉じる。



──さようなら──


やっと呟いた言葉は、まったく音をなさなかった。


最後に浮かんできた笑顔は

夜色の瞳をもったあの王子の顔だった。

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