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第三話 当て馬なるままに日暮し

朝は剣術の稽古で騎士たちと汗を流す。


昼の間に城下町をみてまわったり遠出しては収穫を手伝う。

森から稀に湧く魔物を討伐しにいく騎士に交じっていたら怒られたり。

ベルの勉強に付き合わされて一緒に御小言をくらう。


夜はしっかり体中をもみほぐし一日の疲れをながす。

女性として美しい体を保つ努力を忘れない。

そんな日々を繰り変えすと心の傷がどんどん癒えていく。


自分でも驚くほどの回復力だなって思う。

身体をほぐし薔薇から作った精油を蒸しタオルでふき取ると優しくガウンをかけてくれたメイドが下がる。

このまままどろんで朝を迎えてもいい…それぐらい心地よい脱力感。


そんないつもの夜。


――コン、コ、コン


独特のノックの音。子供のころ二人で決めた合図。


「起きてるよ、どうぞベル」

ガウンを着てさっきメイドが消した蝋燭に明かりをともす。


静かに扉を開けてベルが滑り込むように入ったかと思うと扉を閉じてベッドに飛び込んできた。


白い軽い生地の寝間着をふわふわさせてベッドに寝転がる。

「薔薇…♪」

ベッドにのこる精油の匂いに顔をうずめるベル。

こういう時のベルはなにかのお願い事をしようとしている時だ。


恥ずかしいらしくてこちらが話を振るまでとりあえず関係ない話をしてくる。

「覗かなくってもわかるけど覗くよ?」

「うっ…」

固まるベル。


私たちの間で心を覗くことはコミュニケーションの一つでもある。

他の人の心を覗くより容易いし、私はベルになら見られても構わないし、いつもだったらベルも平気なのだけど


今回、ベルは迷った。


「自分の口で言う方がいいか、心の状態を私が逐一表現する方がいいかどっち?」


う…と(うな)って逡巡するベル。口に出すのは恥ずかしいらしい。

仕方なくという態でイタズラ心が許される仲なので能力を使う。

「わーこりゃまた随分思い込んだね…えっと桃色なふわふわした思いが城下町へ向かっているわ…。

 切ないかな…これは…そうか!…会いたい?かな…あとは」

「ひゃーぁぁぁ!」

そういってベルは起き上がり私の口を閉じる。

「わかったよ…状況説明するよりそうやって本心てか本能暴露が一番恥ずかしい」

─くすくす

こんな風に恋する乙女に妹をさせてしまう人物が城下町に住んでいる。

ほんとうは、彼女が何を言いたくてお願いしたいかわかってるのだけど、おねぇちゃんにはちゃんと説明してもらわなくちゃね。


ベッドにペタンと座って、私の枕を抱えながらベルは話す

「おねぇちゃん、レイピア新調するんでしょ?」

そら来たやっぱりそれだ。私はニヤリとする口元を隠すように頬に手を当てる。

「うん、したねぇ」

だから?とい顔で先をうながす。

…真っ赤な顔のベル

「えっと… 明日、やっと課題もひと段落してルミナーテがお休みをくれたのね」

ベルは次期王妃なわけで婿を迎える。どこから婿を迎えるにしても、最初のうちは王がこの国の王として安定するまで実質王妃の彼女が政治を行わなければならない。


能力が現れてからは彼女はその責任も一緒に受け継いでいる。


一国の王を支える為の勉強を今はひたすらしている。

さらに、ほとんどの公務に同行して本当に休みと言われる日はほとんどないのだった。

他国で皇太子がやることをこの姫はすでにその細い肩に背負って生きている。


私は将来、国外に嫁ぐと決めているので、またお見合いの話がくるまで悠々自適に過ごしていられる。


でも、妹は違うのだ。


そんな彼女がやっともらえたお休み

「…牡牛角の…鍛冶屋にいくんでしょ?」

すこし口ごもりながら、牡牛の巨大なオブジェを掲げ常に金属が打ち合う音が絶えず、窓からは赤い鉄の溶けた様子や火花の散るのが見えたりする、この城下町の鍛冶屋の名


前を出す妹。


私は妹の顔を見ながら

「セルヴァンのいる鍛冶屋ね」

と念を押す。


ぼんっと音がしそうなほどさらに顔を赤くして妹が私をみる。


ぱくぱく…ぱくぱく…

口は動くけど音はでてこない。


そう、妹の想い人の名前である。

こうやってからかうのが楽しくてついついいじめてしまう。

そろそろ、勘弁してあげようかな?

「“牡牛角の鍛冶屋の主人の息子セルヴァン”に頼んだレイピアは、明日の昼には出来るらしいから一緒にいくでしょ?」


「誰に対して説明してるのさぁ~」

とぶつぶつ言いながら結局素直にコクンとうなずく妹。

「それと、厨房に頼んで昼食を鍛冶屋に差し入れようと思ってるんだけど、早めに出てもかまわない?」


ベルの大きな瞳がキラキラ輝きだした

「昼食もどうせなら鍛冶屋のみんなと食べようと思うんだけどっ」

話の途中でベルはベッドの上に立ち上がった。


「おねぇちゃん!ありがとう」

そういってベッドからジャンピングして扉に向かっていったベルの背中に

「お料理がんばってね♪」

と声をかけると

「もう…早起きするからもう寝るねーお休みぃ~」

と照れながら部屋を出て行った。


ふわふわ、ほわほわ


今のベルの気持ちはこんな感じ?


明日は早くから起き出して厨房でセルヴァンの為にお弁当をつくるのだろうなぁ。


そう考えると春の日の陽だまりが胸の中にできたみたいで自然に口元が緩む。


セルヴァンは城下町にある鍛冶屋の息子で、幼いころから城に武器や防具を収めるためによく来ていた。


牡牛角というのはセルヴァンの父、つまり鍛冶屋の主人であるオーガイルが昔、素手で牡牛の角を折ったという逸話から来ている。


近衛兵隊長だった父の好敵手だったらしく。王になったあとも二人は仲が良い。

父がこだわるのもあり、武器の手直しをしたあと大体遅くなって、そのまま酒盛りになり、結局また鍛冶屋のお上さんが迎えに来るというのはよく見た光景だ。


その間、セルヴァンは私たちと遊んでいた。

そのころからベルは彼に淡い恋心を抱いていたようで、そして彼もベルに想いを抱き幼馴染として育った二人はお互いに意識し会いながらもまだお互いの気持ちを通わせず今


日まできたわけで…


周りから見ていると、とっくの昔に両想いの二人をある意味、暖かく見守っているわけなのだ。


彼の心を覗いてみたら?そう聞いてみたことがある

「もしかしたら、嫌われてるかもしれない…答えを出して…この関係が壊れてしまうのが怖い…それに…私は重荷かもしれない…」


ベルにとって自分の恋愛は王位継承が絡んでくる。

ただ思いを遂げるのにおさまらず、この国を将来背負う覚悟を相手に求めることだ。


ただ…臆病になる乙女心。

人は恋をすると臆病になる…らしい…


臆病になるほどの、失いたくない大切な人…


そんな想い人のいる妹がうらやましいなぁと思いながら…誰も思うことのない私は、ベッドで眠りにつくのだった。

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