第二十九話 当て馬対し
ハトナが下がっていったのをベッドで確認して起き上がる。
寝間着の上にきちんとショールをまいておく。ここで、前みたいに変に誘惑したとか言われるような事態は避けておきたい。
深夜である。
ベランダに出て小さく深呼吸をする。
見上げた空には月が煌々と輝き地上を青い光で満たす。
静まり返った庭園に、外灯の明かりがほんのりと揺れている。
そして来るであろうその人物に対して、壁を背にして待ち構える。
何度となく背後を取られ、その度に動揺してきた。
今夜は動揺している暇はない、きちんと間違えないように余裕をもって説得しなければ。
まるで私の準備が整うのを見計らっていたようなタイミングで青い魔法陣が突如現れた。
ゆっくりと青い蛍のようにマナの光が立ち昇る。
一瞬、陣の中心がふわっと色濃く光って──夜色のローブがはためきラル王子が現れた。
眼鏡のレンズに青い光が反射する。
ただでさえ白い肌は青い光に照らされて、この世のものとは思えない美しさを醸し出す。
ただ無言でみつめている私の瞳を捕える深い青の瞳。
すっと辺りが暗くなった。
今まで光を発していた魔法陣が消えて、通常の深夜の明かりに戻っただけなのにその美しい光景をずっと見ていたい…と思ってしまう自分がいた。
それをあえて振りはらう、ここで主導権を握らなければと、力を開いて心を覗くことから始めなきゃ。
よく観察しなければ
と、思って一歩彼へ近づいたと、思ったのに。
──ふわりと体が浮いた。
「な?どうして?!」
深夜という事もあり声は自然と音を含まない息だけのものになる。
浮いた体が彼の元に近寄っていき、すぽりと横抱きにされた。
本日二度目の「お姫様抱っこ」と言うやつですか?
いや、私は御姫様ですからどう抱こうとそれは御姫様抱っこって
──うえぇぇえーーーーー!???
せめて最後の意地で声だけは出さず、心の中で叫ぶ。
だから、どうしてこの人は私を翻弄する。
そんな慌てふためく私を彼は無表情で抱えそのまま、──飛ぶ。
「キャ!」
突然の移動に体が勝手に危険を察知して、彼の首にしがみつく。
移動はあっという間で、書庫の前にすとんと降り立ちあっけないほど事務的に私を腕から下ろした。
書庫には今日は明かりがついてない。
……今までこんなに真っ暗なこの建物を見たことがなかったので、少し怖気づく。
いやいやいや!びびってるんじゃないわよ。
いつもいつも不意打ちしやがって!不意打ち王子め!!説明してから行動しろよぉ!
拳を握って目の前にこいつがいなきゃ地団太を踏んで「きーーーー!」と叫び倒しているところだろう。
扉を開けて書庫に無言で入っていくラル王子。
その背中を睨みつけてやる。
パタンと閉まる扉。
なんの促しもなし。
────だから説明を……と!
目の前から張本人が消えたので声だけは上げないで、右足を一回だけ強くならす。
ふぅと小さく息を吐いて混乱を収める。
いま必要なのは冷静さだ、どんな思いだろうと受け止める余裕だ
機微を読み取ってなんとかジフェルを止められるように協力してもらわなきゃ。
開けなれた扉を押して中にはいる。
すっかり月明かりに慣れた目に書庫の中は思ったほど暗くなかった。
いつもは橙の光で満たされていた空間は、今日は大きな窓からはいる青い月の光が漂う。
机の上には5冊分の本の山が2個──片づけることなく置いてある。
扉をしめて辺りを見回してもラル王子の姿が見えない。
机の間を通って本棚に近づいてやっとその黒い塊に気が付いた。
本棚に背を預け床に座り込む、膝をたててその上に両腕を載せ顔はうなだれて表情は読み取れない。
丁度窓から月明かりが落ちて、格子の影がまるで檻のようだった
──私は能力を開く。
混乱・猜疑・自戒・自嘲……不信・後悔・口惜しい。
それらが彼の心を取り巻いて
──彼の心は小さく悲鳴を上げていた。
細くか弱く抑えても抑えきれない恐怖にさいなまれて助けを求めていた。
……言葉が出なかった。
予想では嫌疑と不信感で私を攻めたててくると思っていた彼の心は怒りの方向が自らへ向かっている。
この事態に対し迷い答えを出せないでいる自分を責めている。
どうして自分を責めるの?
自分を追い込まないで、そうじゃないでしょ?
「違う!」
声が出ていた──それに気づいたのは彼が顔を上げて私を見た。
あっ……いや意味不明だ。
落ち着け。
「あ……えっと、私を疑ってると思うけど……違うから」
間違ってないから自然だと思うけど、本当は自分を責めて欲しくなかった。
どうせなら私を責めてほしい、あの日のように八つ当たりでもなんでもいいから。
心の悲惨な現状にこれ以上自分を追い込まないでそう思う。
「4日後……もう深夜だからあと3日ということは舞踏会ね」
山賊たちの会話を思い出す。
私の声を聴いて思いが自分から私へ向かう。
嫌疑・不安……不信……解っていたその思い。
それを受け止めそれでも伝えるしかない。
「どうしてジフェルが怪しいと思ったかは──もう、カンとしかいいようがないの」
十歩ほどの距離を隔て流れてくる不信。
見下ろす形になっているのをいいことに、ひるまず続ける。
「彼はこの国を自分のモノにしようとしている」
目線を外して疲れたようにラル王子が言う
「何を証拠に……それもカンか?」
「その証拠を探すために彼の後をつけたわ、そうしたら城壁の前で姿をけした。近づくと壁の外からジフェル声が聞こえたのそれから壁を通ってこちらに帰ってきた。」
まさかっといって鼻で笑う声が聞こえて
「ジフェルの魔術適正は壁を通り抜けられるほどのマナを引き出すことはできない」
「でも、私は見たの、そして聞いた」
壁の向こうでジフェルと大男が話していた内容を伝える。
「彼が仕掛けるとしたら舞踏会の当日、この国の重鎮が集まるその日に何かをしようとしている。それはこの国を揺るがすほどの事なの……たぶん……」
私自身を疑っても構わない──でも、この話は信じて欲しい。
でも、自分でも思うけど根拠は話せないから説得力は皆無だ。
彼は力なく言った。
「俺が見て聞いた事に関して既に兄貴と親父には伝え、何かしらの陰謀が動いている可能性を示唆している。舞踏会までには、あの森に兵が派遣される。」
すごい、既に動いてくれてた。
……でも。
「でも……もしその動きにジフェルが気が付いたら、証拠を隠されてしまうかもしれない。
下手したら計画自体を隠されてしまうかもしれない。」
不安要素を進言する。
この計画自体ジフェルが首謀者だ。彼を押えない限り
「だから!あいつには俺に感知させないでカモフラージュできるほどの技術はない!証拠がなければ動けない。」
荒げた声には含まれていないけど、彼の心は自分を責め続けていた。
「城内にはいないけど、魔術のカモフラージュとかなにかしらの協力した人物が城の外部にいるのかもしれないわ」
「……くそっ」
小さく吐き出された言葉に私はしまったと思った。
気が付かないわけないんだ、そこは一緒に目撃したから。
だから……彼は、魔術的なカモフラージュに気が付かなかった自分を責めている。
プライドで魔術感知できなかったのを認められないのではない。
自分の不徳を認めた上で、感知できなかった魔法に対しての行動指針に迷っている。
自分が信じられなくなって、そして責めているのだ。
自分が決定して間違っていたら、それが恐怖を引き起こしている。
……責任感ので潰れそうなその心が。
「どうして、自分を責めるの?」
ゆっくり流し込むように伝える。
虚を突かれたように彼の瞳が開かれる。
そして彼は呟く
「もう……俺は利用されたくない……」
それは弱々しく発せられた弱って混乱した心が発した悲鳴。
瞳を見つめながら私も床に腰をおろして彼と同じ目線になる。
そして混沌の中、彼の心から溢れ出すものを受け止めるポツリ、ポツリと彼は語りだした。




