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第二十八話 当て馬飛ばし

森へ近づくと風景が変わって、明かりも少なくなっていく。

満月に近い月が出ているので行き道はあかるい。

森の入り口で荷物を隠し、奥へ向かう。


息が上がっているが、夜の森はひんやりしていて火照った体にはちょうどいい。


なんとか、件の城壁の場所まではついたもののかなりの時間を費やしてしまった。探索して帰ってギリギリか…そんな事を思いながら、森の奥へ方向を気にしながら入ってく。


城壁から見える城内の建物と森を見ながら、ジフェルが通り抜けたのはこのあたりだと憶測を付ける。


月明かりを頼りに、もしもの時にはと用意した太ももに仕込んでおいた護身用のナイフを構える。


夜目が聞くわけでもないし、特殊な訓練を積んでるわけでもない私だけど。田舎育ちで森の状況には、多少精通している。


魔物狩りの部隊にこっそり忍び込むこともあったので、レンジャーたちがやっている足跡の見分け方を見よう見まねで覚えたりもした。


なんとか、人が踏み荒らしたと思われる跡が見つかった。


枯葉を踏む自分の足音だけが耳に着く。


静かに流れる森の空気は澄んでいて、こんな状況でなければ安らげるのに。でも月明かりを頼りに今は必死で目を凝らす。


しばらく行くと森が一段と深く暗くなってくる。

でも、けもの道のような通路が微かに見つけられた。


よし、あってる!

そう思って先に進もうとしたその時。


──それはもう、すぐ後ろというか耳元、

「なにをしている」


低くかすれたその声は発した音の息が耳にかかるほど近い。


警戒態勢からの条件反射で飛び退きざまに側転で距離を取りナイフを構える。


しかし、相手の方が先行有利だった。

構えたナイフは相手から繰り出された光る鞭のようなものに絡められて奪われる。


さらに、足首を伝って膝下まで一気に下生えの草が生き物のように絡みついて身動きを封じられた。


鮮やかとしか言いようのない魔術の連携。


暗い森の中でもその夜色のローブは深い青を湛えているのが解る──足元から湧き出る煌めく青いマナ。


地面から少し浮いた足元に魔法陣が揺らめく。

わざわざ具現化しているのは私に対する警告だろう。


「ラル……殿下……」

分かり切っていたその声の主の名を呟く。

「わざわざ劇場を抜け出しなぜ一人でこんなところにいるのか説明願おうか?事と次第によっては、昨夜の事と合わせてあんたを処分することも出来る。」

最後通告としか言いようのない平坦な声。

見張られていたのかもしれない。帰国命令はなくても疑われている事には変わりがないのだから。


かといって、言える事は一つだ、あなたには嘘をつかないと決めたから。そう思い口を開こうとしたとき──突然、ラル王子が私の方へ飛びかかる。

訳が分からなくて声を上げそうになるのを手のひらで口を押えられて止められる。


そのまま、転がるように抱え込まれ木の影へ。

背中から包まれるように抱きかかえられて座り込む。


耳元で詠唱が聞こえると──自分から見えている手や足が消え始める。

「黙れ」

声は潜めているが、鋭く命令されてうなずくと口に合った手の感覚が消えた。


そのまま彼の両腕は私を抱きしめるように包み込む。


……首筋に彼の息がかかる。


何……なんなの?

対立してたのにどうしてこんな状況になってしまったのか。


騒ぐ心臓の脈動が私を包むその腕に伝わってしまうんじゃないかとすこし身じろぎすると

「動くな」

そう言って強く抱きしめられて、カッっと全身が熱くなった。


彼が私に危害を加えようとしているわけじゃないのは解ってる。

でも意味が分からない、そう思ったとき。


けもの道の奥から話し声が聞こえ始めた。

「楽……ちょろいぜまったく……」

下品な笑い声をあげながら数人の男が出てくる。

山賊のような盗賊のような風体の男たちだった。


「女どももようやく大人しくなったしなぁ。」

「しかし、せっかくの上玉なのにてだしできねーのはもったいねなー。」

1・2……3・4人いる。

4人ともこちらには気が付かない

「まぁーあと4日でピコランダ王国もおしまいだ。」

その会話がはっきり聞こえた時、私を包む腕が固く緊張する。


私は、その腕の緊張を取りたくてそっと手を添える。

男たちは城下町の方へ進路をとり去っていく

「旦那の指示だ……隠れ……」

「……今日は……金なら……あははは」

会話続いて消えていく。

あとには、森の木々のざわめきと遠くでなく梟の声が聞こえる。


感じるのは背中の温もりと固く私を抱きしめた腕。


ふっと私を抱えていた腕が緩んで透明だった体が実態を表す。


それを合図に私も無意識で止めていた息を吐いた。

すると首筋に暖かいく柔らかいものが触れる。

そして肩にことんと重みが乗った。

肩に乗ったのは彼の頭……首筋にあるのは──唇。


その唇から吐息と一緒に吐き出された言葉


「わるかった……」


疑ったことだろうか? 

突然拘束したことだろうか?

首筋にかかる熱い吐息……体の芯がゾクゾクする。


そんな場合じゃないのに顔が赤くなっていくのが解る。


どうして、彼はいつも突然背後から現れる?

なんの準備もできなくて、いつも私はこうやって動揺させられて──もっと上手くあしらいながら立ち回るのは得意だったのに。

なんで、この人にはそれが出来ないんだろう。


緩められた腕を……つい抱きしめてしまう。


──うっ!違うのに。

なんでこうやって彼に甘えてしまいそうになるのとにかく彼に解ってもらうなら今なのだ。


身体の奥に生まれた感覚を今はとにかく無視して立ち上がる。


「森の中に何かあるわ。詳しくは後で話すからとにかく奥へ行ってみましょう」

なかば強引に彼を立たせる彼もすぐにいつもの冷静な瞳になった。


ラル王子が先だって獣道に入っていく。

ただただ、無言で道をたどる。暗い道を彼は苦も無く進んでいくので、私は必死に彼の背を見失わないように歩いた。


しばらくすると、木々が少し減って、月明かりが辺りに落ち始めると目の前に突然、空き地が広がった。


シンと静まりかえった空間に月明かりだけが落ちている。


立ち止まったラル王子が辺りを見回す

「おかしい……」

「え?」

突然の呟きに聞き返すと

「何も感じない……でも」

彼は何もない場所に手を差し出す。


そして見えない壁を押すように力を加えた。

それを見て私も同じように手を差し出してみると


岩のような感覚が手に伝わる。


でも、そこには何もない。

もし、この手触りの何かがここに隠されているのなら、魔術的なカモフラージュがされているという事だ。


それは、ラル王子にとっては感知できるはずのものなのに感じられないという事か。

「どうしてわかったの?」

「影がおかしい……」


言われて自分の足元をみると上から月明かりがきているのに、そこには影はなかった。

よくわからないけど、おかしいのはたしかだ。


彼はそれを踏まえてこの見えない石壁を見つけたのだろう。


「罠か?……一度帰るぞ」

そう言って彼は急に私を横抱きにすると有無を言わさず空に向かって


──飛んだ!!


えっ???なに?

突然の?これは御姫様抱っこというヤツでしょうか?


ちっ、近いし……その顔も……胸もってか飛んでるの???


訳もわからぬまま彼の首にしがみ付き、目を閉じる。


上昇が終わると独特の浮遊感があった。

風の音に驚いて目を開けると


──そこは夜空だった。


「飛んでる……」

足元は森、目線を流せば城下町の光がキラキラと瞬く。

城壁の向こうのお城の明かりもゆらゆら揺れて今まで見たことない景色に心が奪われる。


そのまま、城壁の方へ向かって飛んでいく。


「あ!ドレス!!」

森の入り口に隠した荷物を思い出した。

「チッ……」

面倒くさそうな舌打ち。

なんか久しぶりに聞いた気がする。

「あ……ファルゴアへ帰るときにでも、回収するし……いいや」

「どこ?」

怒ったようなぶっきらぼうな言葉に、おずおずと大体の位置を指さす。

「後で届ける。そろそろ他の姫達が帰ってくる、急ぐぞ」

そっか、私が単独行動をとった一部始終は彼はしってるのか。

はやり見張られていたんだろう。


考えてみたら昨日の今日だ。

手の空いた時間で監視するなら私だろうなぁと思う。


しかも、城下に出るとか自分で考えても怪しいと思う。

もしかしたら、このまま私は牢屋に入れられてしまうかも。


それぐらいの不審な行動ではあった。

ただ、私を抱えて飛ぶラル王子の腕が……優しくて。

とりあえず、私の行動の理由を説明する時間は与えてくれるつもりだと思った。


ピコランダで私の部屋として使っているベランダの位置を聞かれ、教えるとそこに下ろされた。


「深夜……ここで」


そういって彼は青い魔法陣を展開し忽然と消える。


空間移動だ。

淡く揺れて消えていく魔法陣の残像をそっと触ってみる。

そしてため息がでた。


とにかく、この場を取り繕う時間と猶予を与えられた。

まず、話を聞いてくれるつもりなのはありがたい。


でも

「……ここからどうやって誤魔化せっていうのよ」

劇場にいたはずの姫が突然部屋から現れるってどういうこと?


とりあえずベランダから部屋に入って寝間着に着替える。

ベッドを軽くみだしてからハトナを呼んだ。


まず、驚いたのは兵士だ。

いつの間にといって驚かれたが、とりあえず芝居の途中で気分が悪くなって帰ってきてしばらく寝てしまったと伝えてハトナに来てもらう。


ハトナは私の突然の不自然な帰還よりも、連日の体調不良を心配した。


それが、嬉しくて、そして心配をかけてしまったことが申し訳なくて。何もはなせず、結果的に騙している。そんな複雑思いが胸にあふれた。


抱きついて「ごめんね」っていったら、おもった以上に声が湿って泣きそうになった。


ハトナは私の背中を優しくぽんぽんとたたいてベッドへ連れて行く。


「慣れない土地では誰でも気が張るものです。そのお疲れがでてるのでしょう」

表情も言葉も相変わらず冷静だ。でも、ベッドに座らされて手を優しく握ってくれる。


私より歳はずっと上であろう、この冷静に仕事こなすメイドが、他国の姫である私を大切に思ってくれている。

その事を私は知っている。


ただ──あと数日後にはいなくなる。

その可能性が、仕事のできる彼女の言葉に一線を引かせてきた。


言葉では表せない思いが、過保護な行動に出ている。


お風呂の準備をするまでお休みくださいといって歩き出す彼女がふりかえり

「明後日には魔物の討伐隊が帰ってきますよ。

 舞踏会で今までの成果が出せるよう、明日も一日しっかり休んで元気になって、朝稽古で鍛え直してもらってくださいませ。」

珍しく冗談口調で言った。

くすくす……自然と笑みがもれ心が軽くなった。


この人がいるこの国を私は


──壊されたくない。


そう強く強く心に刻んだ。

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